第70話 屋台めぐりをしてみた
メルチェと仲良くなったあと。
屋台コンテストの結果発表までの間、せっかくなのでメルチェと一緒に屋台を回ろうという話になった。
とはいえ、屋台コンテストの時間も終わったし、もうほとんどの屋台が片付けに入っているかとも思ったが……。
「あれ? まだ屋台がたくさんありますね」
「まー、コンテストの前からあった屋台もあるしね。『コンテストはあくまで稼ぎ時』って考えてる屋台も多いんじゃないかな。今日限りの屋台も、出店スペース使えるうちに余った在庫をさばいときたいだろうし」
「……わたしの屋台は、限定感を出すために、あえて閉店時間をはっきりさせてたけど」
「な、なるほど」
屋台コンテストひとつ取っても、いろいろな参加の形があるようだ。
ただ、屋台の多くが残っていてくれたのは、ローナにとってはラッキーだった。
昼間は忙しすぎて屋台を回れなかったのが、唯一の心残りだったのだ。
「んじゃ、あたしは商業ギルドに売上報告に行ってくるから。2人は楽しんできて」
「あっ、お願いします!」
というわけで、いったんコノハと別れ、メルチェと2人で屋台を回ることに。
昼間と比べて通りにいる人もまばらになっており、だいぶ屋台めぐりがしやすくなっていた。
「……ふーん。商品の情報はチェックしてたけど、実際に回ってみると印象が違うものね」
「あっ、クレーンゲームの屋台なんてあるんですね」
「……へぇ? ぬいぐるみを売ってるの?」
と、メルチェがぬいぐるみに興味を示す。
心なしか目がキラキラしているあたり、ぬいぐるみが好きらしい。
もちろん、その様子に、屋台の店主が気づかないはずもなく。
「おっ、嬢ちゃんたちもやってみるかい?」
と、張り切った様子で、店主がローナたちに声をかけてきた。
時間帯的にメインターゲットである子供たちが家に帰ってしまい、暇になっていたのだろう。
しかし、メルチェは無言で、すっと金貨袋を取り出した。
「……ここにあるぬいぐるみ、全部買うわ」
「へ?」
「……聞こえなかったの? 全部買うと言ったの」
「い、いやいやいや! ここは、そういう屋台じゃないんだが!」
「……なら」
メルチェが、ぱちんっと指を鳴らすと。
がらららら――っ! と。
いきなり馬車がやって来て、秘書らしき人たちが金貨袋を、ずしんっと置いていった。
「……この屋台を言い値で買うわ。これで文句はないでしょう?」
「ま、まあ……たしかにそれなら……?」
と、あっけなく心を動かされかける店主。
お金の力は偉大であった。
「って、違いますよ、メルチェちゃん! ここは、遊ぶための屋台なんです!」
「……? 知ってるわ。ただ買ったほうが効率がいいから……」
「おれの屋台、全否定されてるじゃん」
「なら、私がぬいぐるみを取ってあげますね!」
「おっ、そっちの子はまともそうだな」
「あっ、でも、ちょっと待ってくださいね」
ローナはそう言うなり。
だだだだだだ――ッ! と、超高速で反復横跳びを始めた。
「……ローナ、なにしてるの?」
「景品リセマラです! こうやって屋台の前を行ったり来たりして、目当ての形の景品の山が出てきたところでプレイするのが、正しいクレーンゲームの遊び方なんですよ!」
「……ローナは物知り」
「あっ、いい形の山が出てきました! ここでアームを最大まで右に動かすと……こんな感じで、ぬいぐるみが取れるんです!」
「……すごい。5個もいっぺんに取れたわ」
「は、はは……最近の子はすごいなぁ」
気づけば、店主が思いっきり苦笑を浮かべていた。
「あっ、ごめんなさい。取りすぎた分は返します」
と、ローナがはっとして、ぺこぺこ頭を下げるが。
「……その必要はないわ」
「え?」
メルチェがローナの袖を引いて、ちょいちょいと背後を指差す。
それにつられてローナがふり返ると、周囲にけっこうな人だかりができていた。
いつの間にか、かなり目立っていたらしい。
それもそのはず。少女がいきなり反復横跳び(それも超高速)をしただけでも「何事だ!?」と注目が集まっていたのに、そこからクレーンゲームで奇跡の大量ゲットを見せてきたのだ。
「……いい宣伝になった、でしょ?」
「ああ、そうだな。ありがとよ、反復横跳びの嬢ちゃん」
これを『得した』と思えない商人は、そもそも王都で商売をやっていない。
店主はローナにぐっと親指を立てると、さっそく呼びこみの声を上げるのだった。
ちなみにその後、クレーンゲームをやる客が、みんな願掛けに反復横跳びをするようになったのだが……それは、また別のお話。
それから、ぬいぐるみをメルチェにあげたあと(ぱちんっと指を鳴らして秘書に持ち帰らせていた)。
ローナたちが、ふたたび屋台めぐりを再開したところで。
「あっ」
ふと、宙に浮いている光の板が目に入ってきた。
屋台の呼びこみ用に、インターネット画面で作った広告だ。
「これ、ちゃんと消しとかないと」
「……消しちゃうの? もったいないわ」
「でも、いつまでも残しておくのは迷惑ですし」
コノハいわく、広告を出しても怒られにくい場所を選んだというし、「合法だから大丈夫!」とのことだったが……まあ、迷惑なものは迷惑だろう。
今日も屋台コンテストというお祭りだから許されていたところもあるだろうし。
というわけで。
ローナが街中に設置した広告の×印を、ちまちま押していると。
「そ、その広告、君が作ったのか!?」
「へ?」
と、商人らしき人たちがつめ寄ってきた。
「うちにもその広告を出してくれ! お金なら払う!」
「それより、うちの専属にならないか?」
「君がいれば王都一の商会も夢じゃない!」
「え? え?」
いきなりのことで戸惑うローナ。
ちなみに、ローナは知らないことだったが……。
インターネット画面を使った広告は、王都の商人たちにかなりの衝撃を与えていた。
広告というものがなかったわけではないが、ローナの出した広告ほどの洗練されたものはなかったからだ。
商人たちがローナをスカウトしようと考えるのも当然であり――。
「え、えっと、ちょっとだけなら……?」
と、ローナが商人たちの勢いにのまれて、首を縦に振りかけたところで。
「……ダメ」
と、メルチェがローナの前に進み出た。
「……ローナはわたしのもの。ローナへの話はわたしを通して」
「あ、あなたはドールランド商会の!?」
商人たちがメルチェを見て、ぎょっとする。
「そ、そうか、もうドールランド商会の専属に……」
「出遅れたか。まあ、あれだけのインパクトがあったしな」
「お騒がせしてしまい申し訳ない、ローナ殿。またいつか機会がありましたらぜひ……」
商人たちはローナに丁寧に頭を下げると、いさぎよく去っていく。
どうやら、メルチェが露払いをしてくれたらしい。
「……はぁ。ローナはこの広告の価値について自覚がなさすぎるわ」
「え? ただの素人が作った広告ですよ?」
「……いえ、ローナの作った広告は革命的よ。そのうえ、ローナは自分の手で、その広告の効果を証明したわけだし。将来的には、あらゆる商品に“ローナ式広告”がつけられ、広告のために億単位のお金が動くような時代が来てもおかしくないわ」
「そ、そんなにですか!?」
なにやら、知らないところで大事になっていたらしい。
「……今回の屋台コンテストで、ローナは自分の価値を、王都中の商人に知らしめたわ。このままだと、あなたを囲いこもうと商会同士の戦争が起きるでしょうね」
「せ、戦争……」
「……そういう面で、うちの専属になるのは悪くない話だと思うわ。商人たちからの勧誘もなくなるし。ローナもそのほうがいいでしょう?」
「うーん、たしかに……」
ローナはべつに本格的に商売がやりたいわけではないのだ。
商人たちに今後もつめ寄られ続けるのは大変だし、どこかの商会につくのならメルチェのところについたほうが安心もできるだろう。
「じゃあ、メルチェちゃんのところの専属になります!」
「……そ、そんなに、あっさり決めていいの?」
「? だって、メルチェちゃんは友達ですし」
「……!? えっ……ぁ、あぅ……」
と、メルチェの挙動がおかしくなる。
いつも商人たちと化かし合いのような交渉ばかりしているせいか、ローナみたいな素直なタイプが相手だと調子がくるうらしい。
やがて耳を赤くしながら、こほんっと咳払いをした。
「……わ、わかったわ。わたしが責任を持って、ローナの面倒を見てあげる。ちょっとローナのことが心配になってきたし」
「? とりあえず、これからよろしくお願いしますね、メルチェちゃん」
「……ん。これからよろしくね、ローナ」
そう言って、ローナはメルチェと握手をかわすのだった。
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