第69話 天才少女と仲良くなってみた


「これにて、屋台コンテスト終了で~す!」

「ありがとうございました!」


 夕方、屋台コンテスト終了の鐘とともに。

 ローナたちがそう宣言すると、集まっていた客たちから健闘をたたえる拍手が送られた。


「あー、ここまでかぁ」

「おねーちゃん! かき氷、おいしかった!」

「わたし、この屋台に投票するから! 優勝してね!」


「はい!」


 そうして、客もはけていったところで。


「ローナちゃん、楽しかったわ!」

「今度、一緒に依頼を受けましょう!」

「……つ、疲れた」

「「る~っ! また呼ぶがいい!」」


「みなさんも、ありがとうございました!」


 手伝いに来てくれた人たちも帰っていき……。

 先ほどまでにぎやかだった屋台は、一気に静かになった。


「いやぁ……疲れたね」


「はいぃ……」


 ローナとコノハが、ぐったりとテーブルに突っ伏す。

 慣れない接客仕事+大繁盛だったので、さすがのローナでも疲れが大きかったのだ。

 それに、商人たちに心配されたように水分補給のタイミングがつかめず、ほとんど水を飲まずに働きっぱなしだったせいで、少し喉もかれてしまっていた。


 ただ、疲れてはいたものの、それ以上に心地いい充足感もあり――。


「ふぅ、あとは売上をまとめて……」


「結果発表を待つだけですね。なんだか、終わっちゃうのは寂しい気もしますが」


「にはは……同感。あたしも、ひさしぶりに楽しんじゃったよ」


「あとは優勝してたらいいんですが」


「ま、ドールランド商会がどれだけ稼いだかによるよねー。あっちも商会長が陣頭指揮をとって、かなりうまいことやってたみたいだし」


 と、ローナたちが話していたところで。



「…………結果なんて、わかりきってるでしょ?」



 そんな声とともに、近くにとまった馬車から少女がおりてきた。

 ぬいぐるみを抱えたお人形さんみたいな少女。

 その姿は、間違いない。


「メルチェちゃん?」


「メルチェ・ドールランド……!」


 ちょうど話に出ていた人物。

 ライバル屋台を出店した王都一のドールランド商会の神童。

 コンテスト開始前に、ローナたちの屋台をダメ出ししてきた少女だ。


「……今日1日、この屋台をずっと監視させていたわ。そのうえで言わせてもらうけど」


「な、なに? また、なにか小言でも言うつもり?」


 と、コノハが少し警戒するが。

 メルチェはあいかわらず人形みたいな無表情を崩さずに――。


「……とてもいい屋台だったわ。コンテストの域を超えていた。わたしの完敗よ」


 と、抱えていたぬいぐるみの手で、ぽふぽふと拍手を送ってきた。


「え?」


「は、はへ?」


 予想していなかった言葉に、ローナとコノハがぽかんとしている中。

 メルチェは感情のない瞳で、ローナをじぃぃ~っと見上げてきた。


「……ローナ・ハーミット」


「は、はい」


「……あなたの発想力には何度も驚かされたわ。すごいスキルもあるようだけど、それだけに頼っていなかった……あなたの周りにはたくさんの笑顔があった。わたしが同じ商品を売っても、同じことはできなかったわ。あなたは素晴らしい商人よ」


「あ、ありがとうございます? でも、あの……私、商人じゃないですよ?」


「……え?」


「え?」


 しばらく、メルチェとローナがきょとんと見つめ合い――。


「……まあ、いいわ。それから、あなた」


 と、今度はコノハのほうを見る。


「……この屋台の成功は、あなたの戦略性があったからこそ。既存のデータにはない新しいアイディアをうまく商売に昇華させたのは見事だった。今朝、思いこみだけで低く評価したことを謝るわ。あれは完全にわたしの判断ミスだった」


「す、すごく褒めてくれるじゃん」


「……? わたしは、いい商人に対して適正な評価をしてるだけ」


「あー、うん。えっと、なんか……」


「この子のことわかってきましたね」


 表情に乏しいせいで、冷たい印象があったものの……。

 おそらく、子供らしく思ったことを素直に口に出しているだけなのだろう。

 ダメだと思えばダメだと言い、いいと思えばいいと言う。

 本人からしたら、ただそれだけのことなのかもしれない。


「でも、わざわざそれだけを言いに来たんですか?」


「……いえ、もうひとつ」


 と、メルチェが顔を少し赤らめると、もじもじしながら口を開いた。



「…………“かき氷”っていうの、まだ残ってる?」


 というわけで――。

 その後は、メルチェもまじえて、ちょっとした打ち上げをすることになった。

 余ったかき氷やフルーツ飴をテーブルに並べ、シロップ作りの最中で生まれた“炭酸なしこーら”という飲み物で乾杯する。この“こーら”というのは、神々の世界で一番売れているから一番おいしくて、マラソン前に愛飲したくなる飲み物らしい。


「……なるほど。とても興味深い」


 メルチェが心なし目をキラキラさせながら、もきゅもきゅとかき氷を頬張る。


「あの、慌てて食べると頭が痛くなりま――」


「……っ! ~~っ!」


「にはは、遅かったみたいだねー」


 メルチェに最初に会ったときは、少しオーラに気圧されたものの……。

 こうしてみると、ローナたちと同年代の少女という感じだった。


「……他のも食べたいわ。一番人気のメニューはどれ?」


「一番人気ですか? それなら――」


 ローナはアイテムボックスから、とあるメニューを取り出す。

 あとで食べようと自分用に取っておいたものだ。


「……こ、これは?」


 かき氷の上でキラキラと輝いている黒緑の魚卵たち。

 その側には“フルーツ飴”と“こーら”を添えてある。

 そう、このメニューの名は――。



「――“キャビアかき氷セット”です!」



 その名前を聞いた瞬間――。

 メルチェは目をまん丸に見開いて、からんとスプーンを取り落とした。



「……こ、こんな商品……わたしには思いつけなかった……っ」



「それが正常だと思う」


 そんなこんなで、にぎやかに打ち上げは進み――。

 かき氷の器がいくつか空になったところで、メルチェが話を切り出した。


「……それで、この屋台はこれからどうするの?」


「え? すぐに解体する予定ですが」


「ま、この出店スペースを使っていいのも今日までだしねー」


「……ふーん。なら」


 メルチェがぬいぐるみの背中をごそごそとあさって、中から金貨のつまった袋をどんっと取り出した。


「……この屋台を1000万シルで買うわ」


「え、えぇっ!?」


 いきなり現れた大金に目をぱちくりするローナ。


「……? どうして驚いてるの? 1000万シルなんて子供のおこづかいでしょ? この屋台の価値に比べたら、むしろ安い気もするわ」


「いや、即金で1000万シルって……さすがドールランド商会」


「き、金銭感覚が違う……」


「ま、まー、とりあえず売っちゃっていいんじゃない?」


「で、ですね。解体するのも、もったいないですし」


 なんだかんだで、思い出のある屋台なのだ。

 壊してしまうのも気が引けていたし、使ってもらえるのならローナとしてもうれしかった。


「……ん、ありがとう。この屋台の商品は、わたしが責任をもって大切に売るわ。それでローナみたいに……いっぱい、みんなを笑顔にしてみせるから」


 メルチェがそう言ったとき。


「あっ」


 と、ローナは思わず声を出した。


「……どうかしたの?」


「あっ、いえ。メルチェちゃん。やっと笑ってくれたなって」


「…………え?」


 メルチェがきょとんとして、ぺたぺたと自分のほっぺたをさわる。


「……わたし、今……笑ってた?」


「はい! とてもいい笑顔でしたよ!」


「…………そう」


 メルチェはちょっと恥ずかしがるように、ぬいぐるみに顔を埋めてから。


「……やっぱり、ローナはすごいね」


 と、ふたたび満面の笑みを作るのだった。

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