第68話 接客してみた
屋台コンテストの開始――。
それと同時に、ローナたちのかき氷屋は、さっそく大盛況となっていた。
王都中にばらまいた広告の効果が絶大だったのだろう。
かき氷屋の前には、ずらぁぁぁ~~……っと、客たちが長い行列を作っていた。
とはいえ、行列ができることは、すでに想定済みだ。
「次の方たち、ご注文をどうぞ~!」
「え、えっと、私はこのかき氷のセットを……」
「じゃあ、わたしも――」
「はい、どうぞ! はい、どうぞ! はい、どうぞ!」
「「早っ!?」」
コノハがてきぱきと注文取りと会計をおこない、ローナがアイテムボックスから“完成したかき氷”をぽんぽんと出していく。
アイテムボックスに入れておけば時間も止まるため、かき氷みたいなものでも数日前から作り置きが可能なのだ。
そんなこんなで、行列こそ長いものの、猛スピードで列がさばけていき……。
「お、おおっ!? うまいぞぉおおっ!?」
「こ、こんなの食べたことないわ!?」
「まるで、食の宝石箱よっ!?」
「「「…………ごくっ」」」
テーブルでかき氷を食べる客たちの姿に、ただのぞきに来ただけの人々もふらふらと列に並んでいく。
そして――。
「次の方たち、ご注文をどうぞ~!」
コノハの問いに、並んでいた客たちは一斉に答えた。
「「「――私にも、あの“キャビアかき氷セット”を!」」」
「…………ローナ?」
「は、はい」
コノハから迫力のある笑顔を向けられ、ローナがびくっとする。
「なぜかさっきから、あたしの知らない謎メニューが飛ぶように売れてるんだけど……なにか説明はある?」
「ち、違うんです。ちょっとした出来心だったんです」
せっかくだから、攻略サイトの通り、“チート食材”キャビアをかけたかき氷をセットメニューで売ってみたら……。
なんか、思っていた10倍ぐらい爆売れしてしまったのだ。
「いや、好評みたいだしいいけどさ……うん、なんで売れるの、これ? あたしの感覚が間違ってるの?」
「ま、まあ、キャビアはもう在庫がなくなりますし、他のもたくさん売れてますから!」
実際、キャビア以外のかき氷もかなり好評で、キャビアかき氷セットを食べた人たちもまた列に並んでくれていた。
何度も並んでくれた。
何度も、何度も、何度も……。
並んで、並んで、並んで、並んで、並んで……。
さらに時間が経つにつれて、口コミで外からも次々と客が押し寄せ。
アイテムボックスにストックしていたかき氷も、すぐに底をつき……。
「――ひ、人手が足りないぃ……っ」
やがて、コノハが目を回しながら悲鳴を上げた。
もはや、屋台というレベルの繁盛具合ではなかった。
エルフたち(耳は魔法で隠している)にも列整理やテーブルの片付けを任せていたが、それでも間に合わない。
そもそも、接客や商売の経験がまともにあるのはコノハだけなので、人手のわりにもたついてしまっているのもあった。
「いや、予想以上っていうか、さすがにあたしのデータにもない繁盛具合だな……今から急いで、接客経験のある人を雇う? でも、あたしもここから離れられないし……かといって、裏で皿洗いしてる謎の黒ローブ集団は、やたら威圧感あるから使いたくないし……うぅ、こんなことしてる間にも機会損失が……」
「それなら、私が3人分になります! 水分身の舞い!」
「う、うわぁっ!? ローナが分裂したぁ!?」
いきなり、3人に分身するローナ。
これは、海底王国アトランで手に入れた“原初の水着”の装備スキル【水分身の舞い】の効果だ。
この分身効果は、戦闘をしなければ消えることがないようなので、こういう場面では役に立つだろう。
「まさか、分裂までするなんて……いや、ローナだし分裂ぐらいは普通にしそうか?」
「「「私をなんだと思ってるんですか?」」」
「とにかく、ローナ!」
「「「――はいっ!」」」
「あっ、いや……本物のローナ!」
「「「――はいっ!」」」
ローナ×3はふたたび一斉に頷いてから、顔を見合わせ――。
「「「…………あれ、どれが本物の私だっけ?」」」
「さ、さらに状況がカオスに……」
そんなこんなで、一瞬だけ混乱したものの。
「じゃあ、こっちのローナAは受付係! そっちのローナBは注文を取る係! で、そっちのローナCは裏でかき氷を受け取る係ね!」
「「「――はいっ!」」」
ローナの数が3倍になったことで効率は格段に上がった。
しかし、まだまだ人手は足りていない。
というわけで。
「召喚――ルルちゃん×2!」
手の空いていたローナ(C)が召喚石を空に掲げると。
「「――るっ! 呼んだか、ローナ!」」
光とともに、魚のような尻尾を生やした銀髪の少女×2が現れた。
以前に、ローナがガチャで召喚&複製してしまった水竜族の姫ルル・ル・リエーだ。
「えっと、ちょっとルルちゃんに手伝ってほしいことが――」
「るっ! ルルに任せるがよし!」
「る? ルルに任されたんだが?」
「は? ルルにだし」
「「――ルルが任されたんだもん!」」
「ああ、自分同士で争いを……っ」
あいかわらず、自分同士だと馬が合わないらしい。
ただ、ローナも分身できるようになったことで、なんとなくその気持ちがわかってきたが。
「い、いや、どっから出てきたの、この子たち? ていうか、あたしのデータにある“伝説の水竜族”みたいな見た目してるけど……」
「あっ、はい! この子たちは水竜族の姫のルルちゃんです!」
「……!? ……!?」
そんなこんなで。
目を白黒させているコノハを放置して、ローナがルル×2にかき氷を食べさせながら現状説明をすると。
「るっ! 店か! 楽しそう!」
「かき氷うまし! お礼に手伝ってやる!」
と、乗り気になってくれた。
そういうわけで、さっそくルル×2に給仕服を着てもらい、接客をしてもらうことに。
「でも大丈夫なの、ローナ? 水竜族の……それもお姫様に、接客なんてできるとは思えないけど」
「あ……たしかに」
仲良くなったため意識していなかったが、ルルたちは地上の常識を知らないうえに王族なのだ。
まともに接客ができなければ、むしろ余計に仕事が増えてしまう可能性すらあるわけで……。
と、ちょっと不安になってきたローナであったが。
「いらっしゃいませ!」「ご注文をどうぞ!」
「きゃあっ! かわいい~っ!」
「なに、この子たち~っ!」
(だ……誰っ!?)
ルル×2はめちゃくちゃ接客慣れしていた。
というか、いつもはちょっと野生児みたいな口調なのに、めちゃくちゃ普通に敬語で話していた。
てきぱきと接客をこなすルル×2の姿に、ローナは思わず何度も目をこすってしまう。
「え、えっと、ルルちゃん? 王族なのに、なんで接客がうまいんですか?」
「「る? 王族は接客業だぞ?」」
「なるほど」
ひとまず、ルルたちは客受けもいいので、そのまま注文を聞く係をやってもらうことに。
と、そこで。
「おう、ローナの嬢ちゃん! めちゃくちゃ繁盛してるな!」
「あの広告すごかったぜ!」
「応援に来たぞ!」
屋台の準備を手伝ってくれた商人たちが、差し入れを持って駆けつけてきた。
「「「あっ、商人のみなさん! 来てくれたんですね!」」」
「うおっ、ローナの嬢ちゃんが増えてる!?」
「いや、ローナちゃんだし分裂ぐらいするだろ」
「たしかに」
なぜか、すぐに納得する商人たち。
「あっ、そうだ。食器が足りなくなると思って、持ってきてやったぜ」
「「「わっ、ありがとうございます! ちょうど食器の数がギリギリで!」」」
商人たちは屋台の繁盛具合から、すぐに必要なものを察して用意してくれたらしい。
食器が足りなくなるというのは、繁盛店ではありがちだが致命的な問題だ。
そのため、コノハも食器数にかなり余裕を持たせていたし、『皿洗いが間に合わない』ということがないように皿洗い要員(黒ローブ集団)もちゃんと確保していたのだが……客入りが予想を上回りすぎた。
ローナが食器のお礼にと、商人たちにかき氷をサービスすると。
「! へぇ、削った氷がこんな味になんのか!」
「屋台の準備のときから、売れるだろうなとは思ってたが……」
「ただの氷から、ここまでのもんになるとはな……ふーむ」
と、なにやら商人としての刺激があったのか、そのまま商売談義を始めてしまった。
「ふぅ……かき氷ありがとな、ローナの嬢ちゃん」
「じゃあ、ちゃんと水分補給するんだぞ。忙しいと忘れがちになるからな」
「たまに様子見に来るから、また足りないもんがあったら言ってくれ!」
「「「はいっ! ありがとうございます!」」」
そうして、商人たちと別れたあと。
「――はぁ……はぁ……ローナちゃん、給仕服姿、かわいいネ……♡」
「ん? このおじさん臭い声は……やっぱり、アリエスさんだ!」
今度は、港町アクアスにいるはずのアリエスがやって来た。
冒険者ギルドマスターにして神官という、なにかと忙しい人のはずだが。
「うふふ♪ 忙しくても、娘の晴れ舞台には出ないとね!」
「娘? あっ、それより、お仕事は大丈――」
「それは聞かないで」
「え?」
「それは聞かないで」
「はい」
いきなり真顔になったアリエスに、それ以上のことを聞けなくなったローナであった。
それから、かき氷を出すと。
「あぁ~、この冷たさと甘さ! 仕事終わりに食べたくなるやつ~!」
と、これまた絶賛してくれた。
なんでも、港町アクアスはいつも日差しが強いので、冷たいものが食べたくなる頻度が多いらしい。
「これ、港町アクアスでも売ってみない? 海とかき氷ってかなり合うと思うのよね……というか、わたしが個人的に毎日食べたい!」
などと言ってきたあたり、かなり気に入ってくれたようだ。
それから、屋台についていろいろ話をしていると。
「――え、人手が足りない? それなら、わたしも手伝うわ。接客なら慣れてるし」
「いいんですか? って、慣れてる?」
「ええ。神官もギルドマスターも接客業だから」
「なるほど」
なにはともあれ。
こうして、会計係&クレーム処理係のアリエスが仲間になった。
アリエスの流れる水のようになめらかなクレーム処理によって、屋台周りの平和と秩序が保たれていく。
さらに、そこへ。
「――あれ? すごい繁盛具合だと思ったら、まさかローナさんの屋台だとは。固定客のいないアウェーの地の商売でも成果を出すだなんて、さすがはローナさんだなぁ」
「あっ、この長文セリフは……やっぱり、ラインハルテさん!」
イフォネの町の元衛兵ラインハルテもやって来た。
ローナにとっては、冒険者についていろいろと教えてくれた恩人だ。
話を聞くと、今は冒険者として王都に来ているらしい。
「へぇ、この“こーら味”というのは食べたことない味ですね! 僕、こういう新しいものに目がなくて! これは、他の味も制覇しなければ!」
かき氷の味に冒険心でもくすぐられたのか、ラインハルテはうきうきと何度も列に並んでいた。
それから、アリエスと同じように屋台の話題になり。
「――え、人手が足りない? それなら、僕も手伝いましょうか? 接客は慣れているので」
「いいんですか? って、慣れてる?」
「はい。衛兵って接客業なので」
「なるほど」
全ての職業は、究極的には接客業なのかもしれない。
なにはともあれ、こうして列整理&警備係のラインハルテが仲間になった。
さっそく彼が配置につくと、列にいた女性陣から、きゃあきゃあと黄色い歓声が上がる。
なんだか、客寄せの効果もありそうだった……肝心の列は乱れまくっていたが。
「あ、そうだ。ローナさん。そういえば、ギルドマスターのエリミナさんも王都に来ていますよ」
「えっ、エリミナさんが!?」
ローナが途端にそわそわしだす。
――焼滅の魔女エリミナ・マナフレイム。
それは、ローナが尊敬するエリート魔女の名だ。
権力に屈しない誇り高さや、聖女のような慈悲深さをかね備えた人物であり、ここ最近は『魔族を倒した英雄』としても名をはせていたが。
「ほら、前にあったイフォネの町の魔族襲撃事件……あのとき魔族を倒した英雄ってことで、国王から褒賞授与のために呼ばれたんですよ。というか、僕はその付き添いで来ていまして」
「わぁ、さすがエリミナさんだなぁ」
「……まあ、あの魔族を倒したのはローナさんだと思いますが」
「?」
「それより、この屋台にも来るかもしれませんね。彼女は見栄えがいいスイーツ……最近は“映える”スイーツって言うんでしたっけ? そういうものの写真を撮るのが趣味みたいですし」
「へぇ、そうなんですね!」
さりげなく、ローナのネット用語が、少しずつ世界に広まりつつあった。
なにはともあれ。
(よーし、エリミナさんが来たら、しっかり歓迎しないと!)
と、ローナはむんっと気合いを入れるのだった。
◇
一方、その頃――。
国王からの褒賞授与のために呼ばれていたエリミナは、赤髪を颯爽とたなびかせながら王都の通りを歩いていた。
道行く人々の見惚れたような視線を浴びながら、エリミナが内心でにやにやする。
(ふぅ……やっぱり、エリートは都会が似合っちゃうのよね。私ぐらいになると、都会のほうから合わせてきちゃうのかしら)
この機会に、長期休暇を取ったのは正解だった。
念のためマナサーチもしてみるが、天をつくようなオーラは見られない。
(ふっ。ここには、ローナ・ハーミットもいないようだし……ひさしぶりに平和でエリートな休暇を過ごせそうね)
と、そこで。
エリミナの目に、行列ができている屋台が目に入ってきた。
(やけに人が多いわね……ん? なにかしら、この光の板? かき氷? 学園時代には見なかったけど……エリートたる者、こういう流行についても熟知している必要があるわね……じゅるり)
というわけで、かき氷の屋台にやって来ると。
「「「――あっ、エリミナさん! こんにちは~っ!」」」
ローナ・ハーミット×3が現れた。
「………………」
「「「エリミナさん? エリミナさん!? どこ行くんですか!?」」」
エリミナは無言で逃げだした。
(な、なんで!? マナサーチには引っかからなかったのに!? というか、なんでローナ・ハーミットが増殖してるの!?)
混乱しながらも、とにかく人のいない方向へと逃げるエリミナ。
しかし、逃げこんだ場所がまずかった。
「あ……ぁあ……」
屋台の裏へと飛びこんだエリミナの目に入ってきたのは――。
「……なんだ、貴様は?」
「……ほぅ、まさか“焼滅”か?」
「……くくく」
人智を超えた凄まじいオーラを放っている黒ローブ集団が、皿を洗ったり大鍋をかき混ぜている光景だった。
あきらかに、ローナ・ハーミットが従えている魔族かなにかであった。
(……見てはいけないものを見てしまった)
エリミナの全身から、だらだらと冷や汗が流れ出てくる。
そうしている間にも、後ろからローナ×3が追いついてきて――。
「「「わーいわーい」」」
気づけば、エリミナは笑顔のローナ×3に取り囲まれていた。
さらに、そのローナ×3の周囲には、黒ローブ集団がひざまずき、「……我らが神」とローナを崇めている。
あきらかに、『邪神ローナと愉快な仲間たち(+その生贄)』みたいな構図であった。
(な……なんで、こうなるのよぉおっ!?)
もはや、呪いであった。
それから、エリミナは特製かき氷をたらふくごちそうされたあと。
「――人手が足りない? な、なら、私が手伝いましょうか? へへへ……」
「わぁっ、ありがとうございます! えへへ! ギルドマスターは接客業みたいなものですしね!」
「え? あ、そうですね……はい」
というわけで。
ローナたちのかき氷屋に、エリミナが仲間に加わった。
「い、いらっしゃいませー……うぅ……どうして、私がこんなエリートじゃないことを……ね、ねぇ、ちょっと早く注文言ってくれない?」
給仕服を着たエリミナが、もじもじしながら男性客を睨む。
さすがに、接客としてはまずい態度かとも思われたが――。
「おおっ! 今度の子もかわいいぞ!」
「エリートっぽさと初々しさの混ざり具合がとてもいい!」
「その嫌そうな目がたまらん! 踏まれたい!」
「な、なに……なんなのっ!?」
なぜか、わらわらと男性客が増え始めた。
「わぁっ! さすが、エリミナさんだなぁ!」
「……ねぇ、なんか違うお店みたいになってきてない?」
と、コノハが呆れたように顔を引きつらせる。
「てか、ローナの知り合い、みんなキャラ濃いなぁ……あれ? あたしってわりとキャラ薄い? いや、スパイだし薄いのは当たり前だし……まだ本気出してないだけだし……」
「?」
コノハがなにか、ぶつぶつ呟いていたが。
とりあえず、人手が増えたことで、にぎやかな屋台となった。
また、ようやくローナにも休憩する余裕ができ――。
(あっ、そうだ)
休憩のために屋台の裏手へと向かう途中。
ローナはふと思い立ってカメラを取り出すと、屋台に向けてぱしゃりとシャッターを切った。
(うん! いい写真が撮れたね!)
写真を確認してローナが微笑む。
そこには、客も、店員も、みんなが笑っている――そんな楽しそうな屋台が映っていたのだった。
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