第67話 開店してみた

 一方、その頃――。

 ローナと別れた天才少女メルチェは、つまらなそうな顔で馬車に揺られていた。


「――メルチェ商会長。このあと午前中に商談の予定が4つ、昼からは財務大臣との会食の予定がありますが……屋台コンテストのほうはいかがされますか?」


「……興味ないわ」


 秘書からの問いに、メルチェはぬいぐるみに顔を埋めながら冷ややかに答える。


「……ライバルになるような屋台なんてなかったし。あとは適当に優勝しておいて」


「はっ」


 メルチェはふぅっと溜息をついて、窓の外を見る。

 屋台コンテストを前に、通りにいる人々もその話題でもちきりだった。


「今日の屋台コンテスト、どこ行く?」


「んー。とりあえず、いつもみたいにドールランド商会の屋台だろ」


「あそこ、朝から行列がすごいんだってな」


 広場にある屋台のほうへと、人々が波となって動いていく。

 町はお祭り騒ぎで――だからこそ、その熱気とは反対に、メルチェの表情はどんどん冷めていく。


(……全部、わたしが考えたシナリオ通りね)


 そう、すでに売る前から勝負は決まっているのだ。

 人脈力・仕入力・交渉力・宣伝力……商人としての総合力を試される屋台コンテストにおいて、メルチェに勝てる者など、この王都にいるはずもない。

 全てがメルチェの思い通り。それなのに――。


「…………つまんない」


 メルチェは、どこかすねたように呟く。


 ……いつから、こうなったのだろうか。

 最初は、ただ両親を笑顔にしたいだけだった。


 実家のドールランド商店は、子供向けの小さなおもちゃ屋だった。

 かわいいぬいぐるみ、楽しいおもちゃ、甘いお菓子……。

 メルチェはそこで売っているものが大好きだったけど――売れなくて。

 家は貧乏で、両親はいつも喧嘩ばかりしていた。


 いい商品でも、ちゃんと売らなければ売れない。

 そして――売れなければ誰も幸せになれない。

 作り手も、売り手も、買い手も、商品も……。

 5歳のときにそう悟ったメルチェは、両親に笑顔になってほしくて。


『――ねぇ、パパ』


 と、無邪気に父に声をかけた。


『――こうすれば売れるのに、どうしてやらないの?』


 商品の選別、コストカット、陳列の工夫、宣伝の仕方……。

 メルチェが口出しを始めると、店はどんどん儲かっていった。


 最初は売れれば売れるほど、両親も喜んで笑ってくれて。

 それが、うれしくて、楽しくて……メルチェは商売が大好きになって。


『――ねぇ、パパ。これからも、わたしがパパの代わりに、いっぱい売ってあげるね!』


 もっとお金を稼いだら、もっとみんなが笑顔になってくれると思って。

 もっと、もっと、自分も楽しくなれると思って。


『――ねぇ、パパ。ちゃんと売ってあげないと、商品がかわいそうだよ?』


 メルチェが口を出すたびに、帳簿の数字はどんどん増えていって。


『――ねぇ、パパ。どうして、こんな簡単なこともできないの?』


 いつしか、父が部下になって。優秀な部下がたくさんできて。

 優秀じゃない部下パパは隅っこに追いやられて。


『――ねぇ、パパ。これからは大量生産・大量消費の時代が来ると思うの。わたしが考えた新しい分業生産方式の工場をいっぱい作って、パパにもいっぱいお仕事させてあげるね』


 いつしか、メルチェは王都随一の商人とまで言われるようになった。

 それなのに……メルチェの周りからは、どんどん笑顔が消えていって。


(…………つまんない)


 メルチェもいつしか、笑い方を忘れてしまった。

 自分の思い通りに、帳簿の数字が増えていっても……。

 どうしてか、メルチェの心は冷えきっていくばかりで。

 幼い頃、商売に感じたあのわくわくは、もうどこにもなくて。


 そんなとき、とある少女の話を聞いたのだ。

 自分と同じぐらいの年齢で、滅亡寸前の町を商売の力で救った天才。

 自分と同じ――そう思ったのに。

 その少女は、商売のことなんて全然知らなくて。

 たくさんの人に囲まれて、たくさんの笑顔に囲まれて――。


『――楽しみましょうね!』


 そんな言葉をメルチェに投げかけてきた。


(…………わからないよ)


 そんなこと言われても、わからない。

 どうしたら、また商売を好きになれるのかも。

 どうしたら、またみんなが笑えるようになるのかも……。


「……っ!」


 と、そこで。

 ききぃっ! と、馬車が急に停止した。


「……なにかあったの?」


「いえ、なにやら外が騒ぎになっているようで」


 秘書が戸惑ったように、馬車の外の様子を確認している。

 それにつられて、メルチェも何気なく窓の外を見て――。


「…………え?」


 と、思わず目を見開いた。

 そのまん丸の瞳に飛びこんできたのは――。



 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ――――――っ!



 と、街の宙空に次々と浮かび上がってくる、カラフルな光の板の群れ。

 そこには、ふわふわの雪のようなお菓子の絵が描かれていて。

 キラキラと綺麗な宝石のように、色とりどりに王都を照らしだす。


「な、なんだ!?」

「かき氷? なにそれ?」

「よくわからないけど……おいしそう!」


 人々が立ち止まり、騒ぎだす。 

 そして――。



『……あー、マイクテス、マイクテス……わっ、もう録音始まってる!?』



 その光の板からは、少女の声が聞こえてきた。


『え、えっと、私たち北区で“かき氷”ってお菓子の屋台をやっています! ぜひ、来てください!』


 それは、先ほど聞いた少女の声だった。


『あの、正直、私は商売のことはわからなくて……どうすれば売れるのかとか、よくわかってないんですが』


 商売の基本もわかっていない素人――そのはずなのに。



『――みんなを笑顔にできる屋台にできたらいいな、って思います!』



 その声とともに、道案内するような矢印が浮かび上がり、そして――。


「ママ、あれ食べたい!」

「ねぇ、まずあっちに行ってみない? なんか楽しそうだし!」

「まあ、ドールランド商会の屋台は、何度も行ったしな」


 人々の波の向きが――変わる。

 メルチェの屋台がある方向とは、逆の方向へと。

 それは、メルチェが思い描いたシナリオにはない光景だった。


「…………」


「幻術を使った悪戯でしょうか? なんと迷惑な……メルチェ商会長はスケジュールがつまっているというのに――」


「……キャンセルして」


「へ?」


「……今日の予定、全部キャンセルして。すぐにわたしの屋台に向かって」


「は、はいっ!?」


 メルチェは、一瞬で計算をした。

 あのローナという少女は、油断をして勝てる相手ではない、と。


 完全に慢心していた。相手を見誤っていた。

 情報が基本だと説いておきながら、自分のほうが実践できていないとは。

 このままでは負けるかもしれない。

 こんな屋台コンテストの勝ち負けなんて、正直どうでもいいはずなのに……。


「…………勝つわ」


 どうしてか、メルチェはひさしぶりにわくわくしていた。



      ◇



「い、いやぁ……これは、思ってた以上かも」


「えへへ、うまくいきましたね!」


 一方、ローナたちがいる屋台も、謎の光の板こと――インターネット画面で明るく彩られていた。


 画像検索で見つけたかき氷の写真を並べ、お絵描きサイトで作った看板やメニュー表を宙に浮かべ、録音サイトを使って呼びこみや列整理の音声を流し、動画サイトの“フリー音源”の音楽を流す……。


 これは、ローナがいつも見ている“ネット広告”から着想を得たものだ。

 そのうえで、コノハが宣伝戦略や広告デザインを考えて、今のような形となった。


 今や、ローナたちの屋台に先ほどまでの薄暗さはない。

 インターネット画面によって屋台やテーブルは華やかに照らし出され、店先に並べられた“かき氷”や“フルーツ飴”もキラキラと輝いている。


「張り紙と違って場所を選ばないし、カラフルだし、暗いところでも見やすいし……こんなのもう革命だよ。ま、ローナの力がないとできないことだけど」


 と、そんな話をしていたところで。


「かき氷の屋台っていうのは、ここかな?」


「わっ、すごい! 空中にたくさん絵が浮かんでる!」


 さっそく、広告を見たらしき客たちがやって来た。

 その数はどんどん増えていき、開店前から店先に行列ができ始める。


「わ、わっ……まだコンテストの時間前なのに」


「まー、これぐらいの反応はあるでしょ。ただ……目立つだけじゃダメだからね。商売は人目についてようやくスタートライン。ここからは、あたしたちの頑張り次第だよ」


「はい! 楽しんでいきましょう!」


 そうして、ローナたちはエプロンのリボンをぎゅっと結ぶと。

 屋台コンテスト開始の鐘とともに、店先へと出て――。



「「――いらっしゃいませ!」」



 と、声をそろえたのだった。


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