第65話 屋台を作ってみた
フルーツの仕入れを済ませたあと、ローナは王都にいるコノハと合流した。
「とりあえず、かき氷機は2日で作ってもらえるそうです! それとフルーツもたくさんもらってきました!」
「早っ!?」
「あっ、フルーツはここに出しちゃいますね」
ローナがそう言うが早いか、虚空からどさどさ出てくるフルーツ。
それを見て、コノハはいろいろあきらめた顔をする。
「あいかわらず、チートだなぁ。しかも、なにこの量と品質。どこで仕入れたの?」
「エルフの隠れ里です」
「……頭痛くなってきた」
「だ、大丈夫ですか? エルフの秘薬飲みますか?」
「……やめて。症状が悪化しそうだから」
そんなこんなで、コノハにフルーツの確認をしてもらったが、全て問題はなしとのこと。
「むしろ、品質よすぎてシロップにしちゃうのもったいない気もするけど」
「たしかに、そのまま食べてもおいしそうですね」
「ま、とくに質がよさそうなやつはトッピング用にするか」
そうして、フルーツの仕分けをしたあと。
「あっ、そうだ。あたしのほうも、ローナがいない間に、いろいろ手続きを進めといたよ。出店スペースも決まったから、さっそく見に行ってみる?」
「はい!」
というわけで、ローナはわくわくしながら自分たちの出店スペースに向かい――。
「ふわぁ……ここが私たちの出店スペース!」
ローナはそのスペースを見て、思わず声を上げた。
他の屋台から、だいぶ離れた場所にぽつんとある空き地。
なんとなく薄暗いし、雑草も生え放題であり――。
「……ここが私たちの……出店スペース」
「うん」
「………………」
「い、いや、他の屋台が近くにないほうが、のびのびスペースを使えるじゃん? 大繁盛させるなら、やっぱりスペースは広いほうがいいよね!」
「た、たしかに。すごいですね、そこまで考えてたなんて」
「……ま、いい場所がもう残ってなかっただけだけど」
「え?」
「ん~ん、なんでもない♪」
いい笑顔でごまかされた。
「まー、雑草は抜けばいいとして……問題はどうやって客を呼ぶかだよね。あとは昼間に日陰ができて薄暗くなるのもなんとかしないと。これじゃあメニュー表も読みにくいし、かき氷もおいしそうに見えなくなるし……照明もレンタルしないとかなぁ」
「あっ、それなんですけど、私にちょっと考えがあって――」
ローナが先ほど思いついた“秘策”を、コノハに話してみると。
「うん……いいよ、それ! たしかに、それなら宣伝も照明も解決するね!」
「それと、“すてま”と“さくられびゅー”をたくさんすると、お客さんが増えるそうです!」
「……なんて?」
そんなこんなで、“すてま”と“さくられびゅー”については却下されたが。
宣伝や照明についての問題は、ローナの“秘策”で解決の目処が立ち
それからしばらくすると、コノハが注文していたレンタルの備品や資材が運びこまれてきた。
「んじゃ、組み立て用の資材も運ばれてきたし、さっそく屋台を作ろっか」
「はい!」
「「「――了解道中膝栗毛ぇぇえッ!!」」」
こうして、ローナとコノハとエルフたちは屋台作りを開始し――。
「……うん、待って」
「はい?」
「なんかさりげなく混ざってきたけど、誰この人たち?」
「エルフの人たちです! 私が困ってると、どこからともなく現れるんですよ!」
「ふふふ……そう、我らはいつもローナ殿を見守っている」
「ローナ殿の側でエルフをひとり見かけたら、100人いると思え」
「衛兵さん、ストーカーです」
なにはともあれ、人手も増え。
コノハの指示のもと、ローナが殺刀・斬一文字でくるくる回転しながら雑草を刈り、木材の扱いに長けているエルフたちが、ひょいひょいと屋台を組み立てていき――。
「「「くくく……話は聞かせていただきました」」」
「うわ、なんかまた変なのがわいてきた」
その翌日には、とくに召喚していないのに、黒ローブ集団がやって来た。
最近、“まよねぇず”作りを通してローナと仲良くなった、黄昏の邪竜教団の六魔司教たちだ。
「……我らをお使いください、神よ」
「……エルフごときには負けられん」
「わぁ、ありがとうございます! えっと、今は……この絵みたいな屋台を作ろうと思っていまして。あっ、これはキャビアの屋台の絵なんですが」
「……こ、これは……邪竜崇拝の宴!?」
「……なるほど、ついに来るのですね……闇の時代がッ!」
「い、いや、この人たち大丈夫なの? なんか、『世界征服をたくらんでる邪教団の幹部たち』みたいな空気出してるけど」
「? 親切な人たちですよ?」
というわけで、黒ローブの人たちにはシロップ作りを担当してもらうことに。
「「「…………くくく」」」
エプロン姿の怪しげな集団が大鍋をかき混ぜる光景に、側を通りかかった人々が、ぎょっとしたように二度見していく。
それから、さらに翌日――。
「ローナの嬢ちゃん、屋台コンテストに出るんだってな!」
「おれたちも協力するぞ!」
「食器は足りてるか? 椅子や机も必要なら、うちのを貸してやるぞ!」
「わぁ、ありがとうございます!」
船で知り合った商人たちも手伝いにきてくれて、さらに大所帯となった。
「いやぁ……ローナの人望すっごいなぁ」
「えへへ、みんなで屋台作りをするのって楽しいですね!」
「ま……あたしはいつもひとりだったから、ちょっと新鮮かな。こういうの」
ローナに笑いかけられ、コノハもつられて笑ってしまう。
そのことに、コノハ自身が少し驚いた。
(あ、あれ? あたし……今、普通に笑ってた?)
屋台コンテストに参加したのは、スパイとしてローナの情報を得るためだったはずなのに。
商売なんて、あくまでスパイ活動のための手段でしかないはずなのに。
気づけば、普通に楽しんでしまっている自分がいた。
ローナの言動は予測がつかなくて、次になにをするのか見てみたいと思ってしまって……。
しかし、そんな思考を現実に引き戻すように。
(――っ!)
鞄に忍ばせていた通信水晶が、ぶるるっと小刻みに震えだした。
コノハの顔が、さぁっと青ざめる。
(あっ、定時連絡、忘れて……やばいやばいやばい!? もうこんな時間じゃん!? 思いっきり忘れてた! どどど、どうしよう!?)
声を出せないときも、定期的に信号を送るのが鉄則だ。
それを、ただ忘れたなんて……スパイとしてありえない失態だった。
大切なスパイの仕事を忘れるほど、自分は屋台作りに没頭していたらしい。
「どうかしましたか、コノハちゃん? 顔色が悪いですが……」
「え、いや……なんでもないよ、にははは」
だらだらと冷や汗が流しているコノハを、ローナが心配そうに見てくる。
(……監視対象――ローナ・ハーミット)
彼女について報告できることは……たくさんある。
これ以上、屋台コンテストに付き合わずとも、すでに報告できるだけの情報は充分に集まっている。
ローナも持っているスキルも、ステータスも、人脈も……。
彼女はコノハを信頼して、たくさん手の内を見せてくれた。
これはスパイとして大きな手柄だ。これほどの成果があれば、情報収集のための使い捨ての道具からも卒業できるかもしれない。
それは、ずっと求めていたことで。
コノハはずっとそのために頑張ってきて。
それなのに、通信に出ることを――ためらった。
(な、なにしてるの、あたし……早く通信に出ないと)
そう迷っている間にも。
「あれ、コノハちゃん? なにか音が……あっ、もしかして!」
(――っ! しまった!)
通信水晶が震動している音に、ローナも気づいたらしい。
(だ、大丈夫。落ち着こう。これで、スパイだとバレるわけもないし……)
「――もしかして、スパイとしての定時連絡の時間ですか!」
「え?」
「え?」
ローナの何気ない一言で、時間が凍りついた。
コノハがぎぎぎっと首を動かし、なぜか目をキラキラさせているローナを見る。
「え、えっと、ローナ……今、“スパイ”って言ったのかな?」
「? はい。コノハちゃんは帝国のスパイなので忙しいのかなぁ、と」
「…………」
どうやら、聞き間違いではなかったらしい。
コノハは、ふっと目を閉じると。
(――ば……バレてたぁあああっ!? なんでぇええっ!?)
心の中で絶叫した。
なんか、めちゃくちゃ普通にバレていた。
――バレたら自害。
そんな言葉が脳裏に浮かび、コノハの全身から冷や汗がどばぁっと出てくる。
「い、いや、あの……いつから? いつから、あたしのこと知ってたの?」
「えっと、たぶん1週間ぐらい前からですかね」
(会う前から!?)
「あっ、いえ! “ぷらいばしー”もあるので、自分から調べたわけじゃないですよ! ただ、前に掲示板でコノハちゃんのことが話題になってて」
(公共の場で話題に!?)
「あと、コノハちゃんは人気者なので、顔の絵画なんかもたくさん見かけますし」
(人相書きがたくさん!?)
「王都ではコノハちゃん関連のイベントが多いとも聞いていたので……会えたら友達になれないかなと、ちょっと思ってまして。えへへ」
(イベント!? なにその、アイドル扱い!?)
コノハが、がっくりと地面に両手をついた。
(も、もしかして、あたしってスパイに向いてない……?)
最近、ローナの監視をしていたせいで自信が砕かれかけていたが。
これがとどめの一撃となった。
いや、それよりも気になることは。
「でも、知ってたなら、なんで……あたしをそんなに信頼してくれたの?」
それが、どうしてもわからなかった。
ローナはコノハを信頼して、自分の情報をたくさん見せてくれたのだ。
「あたしがスパイだって知ってたんでしょ? それなのに、なんで……」
……わからない。なにもわからない。
それに対する答えは、コノハのデータにはなくて。
今までの監視対象にも、そんな人間はいなくて。
それなのに。
「え? だって――」
ローナはなんでもないことのように、あっさりと答えた。
「――『この世界の美少女はみんな、なんだかんだで善人』って、インターネットに書いてあったので!」
「…………」
世界の真理であった。
ただ、そこは『友達なので!』とか言ってほしかったなぁ、と思うコノハであった。
「それに、スパイってかっこいいですよね! 国のために悪者をやっつけるヒーローなんですよね! 最近、流行ってますよね!」
「え、いやぁ……それは、どうなんだろ」
「えへへ、お友達がスパイだなんて、みんなに自慢できますね!」
「…………くくっ」
「? コノハちゃん?」
「ぷっ……ははははっ! ほんっと、ローナってバカだよね!」
「え? え?」
「友達がスパイだと自慢って! もうどこからツッコめばいいか!」
コノハのことをスパイだと知りながら、なにも考えずに友達扱いをしてくるローナを見ていると……なんだか、自分の悩みが全てバカみたいに思えてきて。
思わず、笑いがこみ上げてきた。
「でも……うん! なんか元気出てきた!」
コノハはひとしきり笑うと、目尻をぬぐった。
「あっ、そういえば、通信には出なくていいんですか?」
「ん? あー、大丈夫大丈夫。もうスパイはやめたからさ」
「え?」
コノハは鞄から通信水晶を取り出すと、「どっせーい!」と地面に叩きつけた。
それから、目を点にしているローナに向けて、内緒話をするように唇に指を当てる。
「実はあたし、
「は……はいっ! あっ、でも……女友達同士の内緒話は、むしろ全力で広めるのが常識なんでしたっけ?」
「それはけっこうガチめにやめてほしい」
なにはともあれ。
(あ~あ、やっちゃったなぁ……)
コノハは苦笑しながら、砕け散った通信水晶を眺める。
とはいえ、どこか気持ちがすっきりしていた。
もともと愛国心があったわけでもない。
ただ子供のときから、使い捨ての
個人で国に逆らうことなんてできないし、それ以外の生き方を知らなかったから……せめて待遇をよくするために手柄を上げようと努力していたが。
ローナを見ていたら、なんか全てがどうでもよくなってきた。
どのみち、監視対象に正体がバレたからには、自害するしか道がなかったのだ。
ならば、スパイとしてのコノハは、ここで死んだということでいいだろう。
「ふぅ……よしっ!」
コノハはすっきりしたような顔をすると。
改めて気合いを入れるように、ぱちんと自分の両頬を叩いた。
「んじゃ、絶対に勝つよ――屋台コンテスト!」
「はい!」
こうして、ローナとコノハは、屋台コンテストの準備を再開し――。
「あっ、そういえば、コノハちゃんって……なんの調査をしてたんですか?」
「? ローナの調査だけど」
「え? ……えぇっ、私の調査!?」
「いや、気づいてなかったんかい!」
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