第64話 仕入れをしてみた


 ローナたちが“かき氷”の試作をしていた頃。

 港町アクアスでは、冒険者ギルドマスターのアリエスが海の彼方を眺めていた。


(ローナちゃん、そろそろ王都についたかしら?)


 爽やかな潮風に髪を遊ばせながら、アリエスがふふっと微笑む。

 頭に思い浮かんでくるのは、やはり、つい昨日までこの町にいた少女のことだ。


 ふらりと現れたかと思えば、不思議な言動をくり返しながら、あっさりとこの町を救ってくれた少女。

 アリエスの友人にして――恩人だ。


(ローナちゃんがいなくなったのは寂しいけど、ローナちゃんに頼ってばかりじゃいられないしね。わたしも頑張らないと)


 やるべきことはたくさんあるが、今は忙しくても充実していた。

 頑張れば頑張るほど、町が活気づいていくのがわかるから。


(次に会えるのはいつになるかわからないけど……ローナちゃんが帰ってきたときにびっくりするぐらい、この町を盛り上げないと!)


 アリエスがそう決意を新たにしていたところで。

 ぱぁぁあっ! と、アリエスの眼前で光の柱が立ちのぼり――。



「――あっ、アリエスさん! こんにちは~っ!」



 光の中からいきなり現れたローナが、元気よく挨拶をしてきた。

 なんか、めちゃくちゃ普通に帰ってきた。


「………………」


「アリエスさん? どうしたんですか、頭を抱えて……もしかして、どこか怪我を? え、えっと、プチヒール!」


「い、いえ、大丈夫よ。だから、天から神聖な光の柱を降りそそがせるのやめて。騒ぎになるから」


「はい」


 ローナがきょとんとしながら頷く。

 いつも通りの、なにをするかわからないローナがそこにいた。


(え、えぇ……? なんか、めちゃくちゃ普通に帰ってきたんだけど。いえ、たしかにローナちゃんは当たり前のように瞬間移動とかしてたけど……昨日、わりと感動的なお別れをしたばかりよね? えっ、あの流れで帰ってくる?)


 ちなみに、ローナも昨日までは『気まずいから時間をあけて帰ろう』と考えていたのだが……。

 もう普通に忘れていた。


「それで、どうかしたの? 王都行きの船が沈没したとか?」


「いえ、船の沈没は回避できたんですが」


「……当たり前のように沈没しそうになってるじゃん」


「今回はちょっと、ドワーゴさんに用があって。ドワーゴさんは今、お店にいますか?」


「ええ、いると思うけど」


「そうですか! ありがとうございます!」


 こうして、ローナはアリエスと別れると。

 さっそく、ドワーゴの武具屋へとやって来た。

 カンカンカンッ! と、金属を叩く音と、炉の熱気が店の外まで漏れてくる。

 あいかわらず元気に鍛冶をしているらしい。


「ドワーゴさん、こんにちは~!」


「ああん? 誰だ、この忙し――どわっほい!?」


「どわっほい?」


 鍛冶場から不機嫌そうに出てきたドワーフが、ローナを見るなり飛び上がる。


「いや、あれ……ローナの嬢ちゃんか? 王都に行ってたはずじゃ……」


「はい、王都に行きました! これ、お土産です!」


「お、おう」


 目をぱちくりさせながら金塊カステラを受け取るドワーゴ。


「で、なんの用だ?」


「あの、ちょっと作ってほしいものがあるんですが」


「……はぁ。ったく、仕方ねぇなぁ。嬢ちゃんにはいろいろ恩もあるしな」


 ドワーゴがふっと笑う。


「で、なにを作ればいいんだ? 嬢ちゃんのためなら、なんでも作ってや――」


「えっと、なんかこう……くるくるってすると、がりがりがりってなって、ふわふわ~って雪ができるものを作ってください!」


「……その願いは、オレの力を超えている」


 ダメだった。


「いや、完成形の絵とか図面とか、そういうのはないのか?」


「図面? うーん、検索すれば出てくるかなぁ……『かき氷機 自作』……『かき氷機 図面』……あっ、こういうのかな?」


 さっそくインターネットでいくつか画像を探して、ドワーゴに見せてみる。


「えっと、図面っていうのは、こういうのですか? あとは“かき氷機”の完成形の写真がこっちで、これで作れる“かき氷”というのがこういう感じで」


「…………」


 ローナが説明するが、すでにドワーゴの耳には入っていなかった。


(な、なんだ、この精巧な図面は……こんなの簡単に見せていいもんじゃねぇだろ……商会や職人組合が金庫にしまっとくようなものじゃねぇのか? それに、なんだこの素材は? 金属をただ塗装してるだけか? いや、だが……)


 インターネットの画像――それがなんなのかドワーゴには理解ができなかった。

 あまりにも衝撃的だった。


 ……自分には作れない。


 一瞬、そう考えてしまったが。


「あ、あの、できないような無理しなくても大丈……」



「――できらぁ!」



「わっ」


 ――敗北感。

 それが、かえってドワーゴの職人魂に火をつけた。


 この“かき氷機”を作ったとき、自分が職人として数段成長することができるだろう。

 また、こんな図面は本来、簡単に見せられるものではないはずだ。

 恩人である少女が、自分を信頼して見せてくれた。

 ならば、職人のプライドにかけて、その期待に応えなければならない。


「3日後にまたここに来い……本物の“かき氷機”を見せてやる」


「あ、はい」


「あと……この図面は、ここに置いていってもらうことはできるか?」


「えっと、やったことはないですが……あっ、できた」


 どうやら、インターネット画面は自分の近くになくても問題はないらしい。

 というわけで、インターネット画面をいくつか店に置いて、ローナは外に出た。


(よし、これで“かき氷機”についてはなんとかなりそうだね!)


 ドワーゴができると言ったからには、大丈夫だろう。

 これで、課題のひとつをクリアしたところで。


 残る課題は――フルーツの仕入れだ。

 かき氷のシロップや盛りつけには、たくさんフルーツが必要になるが。

 しかし、仕入れのあてはある。


 というわけで、ローナは次にエルフの隠れ里へと転移した。


「ふむ、なるほど。“かき氷”という神々の料理を作るのに、フルーツが必要なのだな」


「それなら必要なだけ持っていってください!」


 さっそく、エルフの女王とエルナに話をしてみると、あっさりと色よい返事がもらえた。

 話が早いのは、ローナとしても助かるのだが。


「いいんですか、そんな簡単に?」


「ああ。ここのところ、ザリチェが“ローナ式農法”の実験といって大量生産しているからな」


「それに最近は、海底王国アトランから“しーふーど”もいっぱいもらったので、フルーツは森の獣たちに分け与えていたぐらいで」


「そうなんですね」


「必要な量を教えてもらえれば、すぐにザリチェに持ってこさせよう」


 というわけで。

 コノハが試算したフルーツの必要量を教えると。


「そんなものでいいのか?」


「もっと持っていってください!」


 と、さらに大量にフルーツをもらえることになった。


「ただ、代わりと言ってはなんだが、その……“かき氷”という神々の食べ物ができたのなら、少し分けてほしいのだが」


「わたしも“かき氷”っていうの、食べてみたいです!」


 少しよだれを垂らすエルフの母娘。

 やけにあっさりとフルーツをくれたが、わりとそれが目当てだったのかもしれない。


「もちろんいいですよ! あっ、そうだ、神々の食べ物といえば――」


 ローナはアイテムボックスから、白いものが入った瓶を取り出した。


「む、それは?」


「これは“まよねぇず”という神々の主食です! 野菜につけるとおいしいですよ!」



「「――神々の主食っ!?」」



「あっ、これは“まよねぇず”のレシピです! 卵がない場合、“豆乳”っていうのを使っても作れるそうです!」


「「――っ!?」」


 レシピとともに“まよねぇず”をわたすと、エルフの女王が震える手で受け取った。

 このとき、ローナはまだ軽く考えていた。


 神への信仰心が高い種族――エルフ。

 そんな彼女たちが神々の食べ物を手にするということの重大さを……。


「……こ、この“まよねぇず”は、エルフ族の秘宝として大切に祀らせていただこう」


「いえ、2週間以内に食べてくださいね?」


「つまり、2週間ごとに“まよねぇず”を作って神々へと捧げればいいのですね」


「うーん……まあ、それなら問題ないですね!」


「よしきた!」


「陛下ぁ、ザリチェですわぁ。言われた通り、フルーツを持ってき――」


「おおっ、ザリチェよ! よいところに来たな! 今から祭壇にこの“まよねぇず”を祀るぞ! そして、今日をもって、この日を“まよねぇず記念日”とする!」


「な、なんですの、この状況!? まさか、あの小娘がまた変なことを吹きこんで――!?」


 そんなこんなで。

 フルーツの仕入れも問題なく済み、ローナは王都へと戻った。


 ちなみにその後、“まよねぇず”はエルフたちの間で大ヒットし、エルフたちが“まよねぇず”なしでは生きていけない体になるのだが……それはまた別のお話。

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