第63話 屋台の商品を考えてみた
商売ギルドに登録したあと。
ローナは作戦会議のため、コノハが取っていた宿にお邪魔することになった。
「というわけで――第1回、屋台作戦会議~っ!」
「わ、わ~っ!」
ローナがよくわからないまま、ぱちぱちと拍手をする。
「じゃ、まずはなんの屋台を出すか決めないとね」
「はいはい! それなら、私に考えがあって!」
と、ローナが手をあげて、スケッチブックにさらさらと絵を描いた。
「こんな感じの屋台を作りたいなって!」
「ふーん、どれどれ?」
コノハがスケッチブックを確認する。
そこに描かれていたのは――。
――――“闇”だった。
ぶくぶくぶくぶくぶく……と。
黒く泡立っている宇宙的な“なにか”が皿に盛られ、コップにも黒く泡立っている名状しがたい液体がなみなみと注がれている。
それを無心に頬張っている人々の顔に浮かんでいるのは、うつろな笑顔、笑顔、笑顔……。
「これは……邪神崇拝の宴かな?」
「? キャビアの屋台の絵ですが」
「あ、あー、なるほど。キャビアの屋台ね」
「はい!」
「……いや、どういうこと? なんでこの人たち、キャビアを山盛りで食べてるの?」
「えへへ! チート食材のキャビアを使えば、それだけでたくさん売れるみたいなので! あと単品価格を9999シルにして、“こーら”という飲み物をつけたセットメニューを適正価格にする“セットメニュー商法”をやりたいなって!」
「却下」
「えぇっ!?」
インターネットには、これが屋台コンテストの必勝法だと書いてあったのだが。
「ど、どうしよう。キャビアがダメだと、他にはなにも考えてない……」
「むしろ、なんで真っ先に思いついたのがキャビアなの?」
「えっと、神様からのお告げがあった、みたいな?」
「……邪神の眷属である疑いあり、と」
「?」
「あーいや、うん。とりあえず、まだ5日あるしさ。データを集めるとこから始めよっか」
「そ、そうですね……」
というわけで。
ひとまず近くの屋台で買ってきた料理を食べてみることにした。
串焼き肉、レインボーキャンディー、肉まんじゅう、豆クッキー、焼きマッシュルーム……。
「わぁ、どれもおいしい……」
「まー、力入ってるよね。もう屋台コンテストで売るものを売ってるんだろうし」
「え? まだコンテストまで5日はありますよね?」
「コンテスト前に、客の反応を確かめてるんだよ。それに、反応がよければ口コミで屋台の情報があらかじめ広まるしね」
「そ、そこまでするんですね」
「そりゃ、けっこうガチなコンテストだしねー。商品開発に、仕入れに、出店スペースの交渉に、宣伝に……って、商人としての総合力が求められるから、優勝すれば商人としての名前を売れるし」
「な、なるほど」
賞金額からしても、それなりに大きなコンテストだとは思っていたが……。
インターネットに『キャビア使うだけで楽に優勝できるんだがw』とたくさん書いてあったので、少し甘く見ていたのかもしれない。
「というか……もしかして、私たちってかなり出遅れてます?」
「ま、大丈夫でしょ、ローナがいれば」
「え? 私ですか?」
「たとえば、ローナの時間を止めて亜空間に収納できる力――あれだけでも、かなり優位に立てるよ。傷みやすい食材なんかは、みんなコンテスト直前に一斉に仕入れるから入手困難になるけど……ローナのその力があれば、今からでも仕入れることができるわけだし。それに、あらかじめ料理を作った状態で収納しておけば、提供時間をかなり短縮して回転率を上げられるでしょ? 他にも――」
と、コノハがアイテムボックスの活用法を次々とあげていく。
商人ならではの視点というか、ローナには思いつかなかった考えばかりだ。
思わず、ほへぇと感心してしまう。
「すごいですね! こんないろいろ使い方を思いつくなんて! コノハちゃんがいれば、本当に勝てる気がしてきました!」
「いやまー、これに関しては、ローナの収納能力がチートすぎるだけなんだけどね……これありで負けるほうが恥ずかしいっていうか」
と、ローナの不安も払拭されたところで。
「で、なんの屋台を出すかって話に戻すけど……ま、王道なとこだとサンドウィッチかな?」
「えっ、サンドウィッチって爆発するんじゃ」
「うん。ちょっと、そのサンドウィッチは知らないかもしれない」
そんなこんなで、しばらく屋台で出すものを考えてみたが、なかなか決まらず。
そこでふと、ローナは思いついた。
(あっ、そうだ! 神様たちの食べ物を屋台で売るっていうのはいいかも!)
以前に作った“まよねぇず”も港町アクアスで好評だったし、神々の食べ物を再現するというのは、いい考えかもしれない。
少なくとも他の屋台では食べられないものにはなるだろう。
(えっと、神様たちが屋台で作っている食べ物は……わっ、すごい数出てきた!)
さっそくインターネットで調べてみると。
検索結果に表示されたのは、聞いたことのない屋台グルメの数々。
(たこやき? やきそば? かき氷? どれも聞いたことがないけど……すごくおいしそう! これをマネすればかなり人気になるかも! えへへ、こういうのを“パクる”って言うんだよね!)
というわけで、さっそくコノハに相談してみた。
さすがに、神々の食べ物とは言えないので、“異国の食べ物”という説明をしたが。
「ふーん、“たこやき”に“やきそば”? あたしのデータにない食べ物だな……ただ、異国の食べ物を作ろうっていうのは面白いかもね。実物を見ないと再現が難しそうだけど」
「実物……あっ、それなら」
と、ローナがインターネットのプライベートモードを解除して、コノハに画像を見せた。
インターネットは、あまり他人には見せないようにしていたが。
(ま、いっか!)
最近はもう、いろいろな人にインターネット画面を見せているし。
そもそも、『インターネット=神々の書架』ということさえ知られなければ問題もないわけだし。
それに、インターネットに神々の言葉が書いてあると周りに言いふらしたところで、荒唐無稽すぎて信じてもらえないだろう。
というわけで。
「実物はこんな感じです。こっちが“たこやき”で、こっちが“やきそば”で……あっ、レシピもここに書いてありますね」
「待って待って待って……とんでもないもの見せつけながら、普通に話を進めないで。えっ、なにこれ? もしかして、ローナのスキル?」
「あ、はい。“インターネット”っていう古今東西の書物を読めるスキルです」
とりあえず、『神々の』という部分を省いて説明してみたが、それでも。
「………………」
コノハをぴしりと硬直させるには、充分な情報だった。
情報系のスキルというのはたしかにあるが……これは、あまりにも規格外すぎる。
やたら鮮明な写真がいくつも出てくるし、あきらかに『古今東西の書物』というレベルでもないし。
(……こ、これがローナ・ハーミットの秘密? なんか、すごいあっさり見せてきたけど……いやいやいや、やばくない? 商人が持ってたら、それだけで商売無双できちゃうし……こんなのもう、スパイいらないじゃん)
もしも、どこかの国がローナのスキルを利用すれば――。
世界の覇権なんて簡単に握れてしまうだろう。
さらに、ローナには亜空間に物を収納するスキルや、空を飛ぶスキルや、単騎で国を滅ぼせるようなステータスもあるのだ。
もしも、この情報が世界に知られたら、ローナ・ハーミットの保有をめぐって世界大戦が起きかねない。
コノハは一応、ローナの秘密を探るために近づいたわけだが……。
「こ……こ……」
「こ?」
「こ、こんなやばい秘密を、人にぽんぽん見せちゃダメでしょうが~っ!」
「え、えっと、ごめんなさい……?」
なにはともあれ。
コノハは、こほんと咳払いをして気を取り直した。
今はいろいろ考えず、とにかく屋台コンテストに集中しよう。そうしよう。
というわけで。
「とりあえず、これを見ればレシピもわかるんだっけ?」
「あっ、はい。えっと、たとえばこの“たこやき”の丸い部分は、小麦粉や卵があればできるみたいですね。それで、この黒いソースは……トマト、ニンジン、ニンニク、タマネギ、セロリ、リンゴ、生姜、唐辛子、シナモン、ナツメグ、クローブ、セージ、タイム、クミン、カルダモン、ローリエ、しょーゆ、砂糖、塩、酢を煮つめて、濾して、さらに煮つめてできた“ウスターソース”というものに、ケチャップと砂糖と魚の出汁を加えると作れるそうです!」
「……無理じゃん」
「で、ですね」
「うーん、再現できたとしても……これじゃあ、コスト的にキツいかなぁ。もはや宮廷晩餐会とかで出されるようなレベルだし。もっと簡単に作れそうなものはある?」
「えっと、それなら……あっ、この“かき氷”なんていいかもしれません!」
「かきごーり?」
「えっと、こんな感じで……氷を雪みたいにふわふわに削って、果汁系のシロップをかけて食べるスイーツみたいです」
と、コノハに“かき氷”の画像を見せてみる。
氷ならばプチアイスで簡単に作れるし、シロップも砂糖やフルーツがあればできる。
それに見た目も綺麗でわかりやすいし、なにも知らない人たちからすると、“たこやき”や“やきそば”よりも取っつきやすそうだ。
「へぇ……いや、氷を削って食べるってのは面白い発想だよ! こういう冷たいスイーツって今までありそうでなかったし! コンテスト当日は人混みができるだろうから、こういう冷たいものは需要もあるはず! 魔法で氷を作れば原価もけっこう安く済むだろうし……うん、これはいけるかも!」
と、コノハからも好感触を得られたところで。
ローナたちの屋台で出すものは、ひとまず“かき氷”に決定した。
「じゃあ、そうと決まれば、さっそく試作してみよっか。あっ、この氷の上にかけるシロップってレシピある?」
「えっと、このシロップは……“果糖ブドウ糖液糖”と“クエン酸”と“青色1号”と“黄色4号”と“香料”があればできるそうです!」
「な、なに、そのナントカ1号とかって」
「たぶん人造人間です!」
「うん、ちょっと再現できそうにないかな……ひとまずジャムを薄めて代用してみるか」
というわけで。
杖なしプチアイスで作った氷を袋につめて、ローナの拳でがんがんと粉砕し、清涼感のあるガラスの器にイン。その氷の上に、ジャムを水で溶いたものをかけて、アイテムボックスに入っていたイプルの実などを“映える”感じにトッピングすれば完成だ。
というわけで――いざ、実食。
「「いただきま~す!」」
細かく砕かれた氷を、ローナたちはスプーンですくって口に運んでみる。
見た目としては、ジャムをのせた氷でしかないが、はたしてそのお味は――。
「「こ、これは……っ」」
ローナたちは思わず、顔を見合わせて頷き合った。
「「――ジャムをのせた氷だ!」」
なんか普通にジャムをのせた氷だった。
「……氷、かったいなぁ」
「……ふわふわになる予定だったんですが」
うぐぐ、とうなる二人。
「ん~……まーでも、路線としては悪くなさそうかも? シロップがもっと甘くなれば……」
「あっ、『冷たいと味覚が甘みを感じにくくなる』って書いてありますね」
「へぇ。たしかに、常温でしか味見してなかったしね」
そんなこんなで。
氷をさらに細かく砕いたり、シロップに甘みをつけたり……と。
いろいろ試作してみること、しばし。
「あっ、今度のはおいしいです!」
「へぇ! 氷の大きさで、けっこう変わるもんだね! これはいけるかも!」
「なんだか楽しくなってきましたね! 次は氷にキャビアをかけてみましょう!」
「……キャビアへのその絶対の自信なんなの?」
そんなこんなで、試作も順調に進んでいき――。
「あとは専用の削り器があればって感じですね」
「うーん、祭りの時期だし、王都の鍛冶師はみんな忙しいだろうなぁ」
「あっ! それなら、鍛冶師の知り合いがいるので頼んでみますね! フルーツも知り合いのところから仕入れられるかもしれません!」
「へぇ? それじゃあ、その辺りはローナに任せるね。あたしは出店スペースと備品レンタルの手続きをしてくるから」
「はい! じゃあ、さっそく行ってきますね!」
ローナはそう言うなり、ぴょんっと宿の窓から飛び降りた。
「へ?」
慌ててコノハが窓枠に飛びつくと。
ちょうど外に飛び降りたローナが、光に包まれて消えるところであり――。
「……も、もしかして、転移した?」
ありえない。
そんなスキルが実在するなんて、コノハのデータにはない。
ただ、ローナなら普通に転移ぐらいはしそうでもあり……。
(こ、こんなのどう報告すればいいのぉ~っ!?)
次から次へと出し惜しみせずに見せつけられる国家機密以上にやばい情報に、コノハは無言で頭を抱えるのだった。
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