第62話 商業ギルドに登録してみた


 行商人(?)の少女コノハとともに、屋台コンテストに出ることを決めたあと。

 ローナたちはコンテスト参加手続きのため、商業ギルドの王都支部まで来ていた。


「ふ、ふわぁ……ここが商業ギルド。冒険者ギルドより、ずっと大きい!」


「ま、羽振りがいいんだろうねー」


「えっと、まずはここで商業ギルド登録をするんでしたよね」


「そそ」


 屋台コンテストに出場するためには、商業ギルド登録が条件となる。

 それは屋台コンテストが商業ギルドが主催するイベントということもあるが、そもそもこの王都では商業ギルドを経由しないと商売をしてはいけないらしい。


「まー、あたしのデータによれば、商業ギルドに登録しておくメリットは大きいと思うよ。冒険者ランクよりも商業ランクが高いほうが信頼も得やすいし、廃業したときも商業ギルド支部や他商会への就職を斡旋してもらえたりするし。あとは商業ギルドの共済制度を使うと、節税や借り入れなんかでメリットもあって」


「ほへぇ、コノハちゃんは物知りですね」


「ま、商人やってるし、これぐらいはね」


「えへへ。やっぱり、コノハちゃんを誘ってよかったです」


「……よしよし、信頼度が上がってるな」


「? どうかしましたか?」


「ん~ん、なんでもない♪」


 いい笑顔でごまかされた。


「ま、とりあえず、入ろっか」


「うぅ……なんだか緊張してきました」


「ま、本当に緊張するのは中にいる人たちじゃないかな」


「?」


 そんなこんなで。

 ローナはコノハの陰に隠れながら、おそるおそる建物の中へと入った。

 商業ギルドの支部の中は、多くの商人でにぎわっていたが。

 ローナが足を踏み入れた瞬間――。



「「「………………」」」



 ぴたりと会話がやみ、一斉に値踏みするような視線がローナへと向けられる。


(うぅ、すごい見られてる……やっぱり、こんな格好じゃ場違いだったかな)


 辺りを見ると、商人たちは飾り気こそは抑えているものの、仕立てのいい服であることが一目でわかるような格好をしている。

 一方、ローナの今の格好は、冒険用の装備だ。

 商業ギルドに入るには、やはり目立つ格好だろう。


 実際、ローナの格好はかなり目立っていた。

 ここにいる商人たちは一流の者ばかりであり、アイテムの価値をオーラとして見ることができる【目利き】スキルを持っている者も多い。

 そんな商人たちから、もの装備を平然とまとったローナがどう見えているかというと。



(あぎゃあああっ!? 眩しすぎるっ!?)

(目が、目がぁああ――っ!?)

(歩く国家予算かよ!? 正気じゃねぇ!?)



 そう、全身ものすごく光り輝いて見えるのである。

 もちろん、その驚きを口に出すような商人はいなかったものの……。



(((――な、なんかヤバいやつが入ってきた!?)))



 その場にいる商人たちの気持ちは今、ひとつになっていた。

 数百万シルの服やアクセサリーを見せびらかしていた成金商人たちが恥じ入るように顔を伏せ、実力のある商人たちが「ほぅ……」とローナの一挙手一投足をさりげなく注視する。


「あーらら……やっぱり、こうなったかー」


「?」


「ま、とりあえず受付に行こっか」


「は、はい」


 というわけで、ローナたちは注目を浴びながら受付へと向かった。


「ほ、本日はどのようなご用件で? 商業ギルドの敵対的買収とか……?」


「? いえ、あの、屋台コンテストに参加を……」


「待って、ローナ。その前に商業ギルドに登録しないと」


「あ、ああっ、そうでしたっ」


「そ、そうですか。商業ギルドの登録ですね。でしたら、他の組合員からの推薦と、過去の実績の提示が必要となります。こちらがない場合は、試験に合格して見習い期間を経てからの登録という形になりますが」


「あー、推薦はあたしがするから」


 と、コノハが金色のギルドカードを提示すると、受付嬢が目を丸くした。


「……ゴールドランク。その年齢で……」


 受付嬢の声は小さめだったものの、聞き耳を立てていた商人たちがわずかにどよめいた。


「あっ。も、申し訳ございません。つい……」


「いいよいいよ。商人ならどうせすぐに嗅ぎつけてくるだろうし」


「え? え? あの……もしかして、コノハちゃんってすごい商人だったんですか?」


「あー、うん。ま、データさえあれば商売なんて楽勝だしね」


 スパイとして潜伏や情報収集をしやすくするために、商人としての実績と地位を獲得したが。

 多くの情報を持っているコノハにとって、商売はかなり相性がよかった。


「それより、これで推薦については問題ないよね?」


「は、はい。もちろんです。あとは、そちらの方の実績を教えていただければ」


「えっと、実績なんてありませんが……」


「なに言ってんの、ローナ? 実績ならあるでしょ? それもたくさんね」


「へ?」


 なんのことかわからず、ローナがぽかんとする中。

 コノハが受付嬢に対して言葉を続ける。


「ねぇ、受付嬢さん。“アクアスの奇跡”の話は知ってるでしょ?」


「……? それは、もちろん。謎の天才商人によって、港町アクアスが奇跡の復興をとげたという話ですよね」


 それは、商人たちにとって、今もっともホットな話題だった。

 “水曜日の悪夢”といわれたモンスターのスタンピード。

 それによって、商人たちが港町アクアスから手を引いている中――。

 謎の商人が、ふらりと港町アクアスに現れたのだ。


 定期船の運行が再開されたばかりで、まだ情報はかなり少なかったが……。

 なんでもその商人は、モンスターの自動討伐装置を売ってスタンピードを解決に導き、さらに大量に手に入ったドロップアイテムの大口取引先を見つけたことで、港町アクアスを一気に復興させたという。


 今や、港町アクアスは――そして、その謎の商人は、この王都の全商人に注目されているといっても過言ではなかった。


「んで、この子の名前は、ローナ・ハーミット。その謎の商人の正体ってわけ」


「!? まさか、あの“大天使ローナちゃん”というのはっ!?」


「そ、この子のこと。隠されてる情報でもないし、冒険者ギルドに問い合わせればすぐにわかると思うよ。ローナが港町アクアスでどれだけ稼いだのかもね」



「「「――っ!」」」



 商業ギルドにいた人々が絶句するとともに。

 商人たちのローナに向ける目の色が、一気に変わった。

 まだ不確かな情報ではあるものの、ゴールドランクの商人からの情報だし、ローナが謎の天才商人の正体だというのなら高価な装備をまとっているのも納得ができる。


「で、他にも実績が必要?」


「へ? あ……だ、大丈夫です! すぐに確認を取ってきます!」


「あー、それと屋台コンテストへの登録もよろしく。あたしたち、屋台コンテストで優勝するつもりだから」


「は、はい! すぐに手続きをいたします!」


 受付嬢がばたばたと慌ただしく、受付の奥へと引っこんでいく。

 一方、話を聞いていた商人たちは顔を見合わせて、ひそひそ会話を始めた。


「……俺、今回の出店はやめよっかな」

「……あのドールランド商会の令嬢も出るんだろ? 強豪が多すぎだろ」

「……屋台出したら、むしろ赤字になるぞ」


 そんな会話を盗み聞きしながら、コノハが悪い笑みを浮かべる。


「ふふふ……よしよし、これでライバルは減らせたね」


「? あっ、もしかして、これを計算してわざと聞こえるように話を?」


「当たり前じゃん。もう勝負は始まってるんだから」


「す、すごいですね、もうそこまで考えてたなんて。なんだか、コノハちゃん、すごく頼もしいです!」


「そうでしょうとも」


 コノハがむふんっと胸を張る。

 もともとコノハは凄腕スパイであり、仮の姿でもある行商人としても若くしてゴールドランクの実力を有しているのだ。

 ローナと関わったときにポンコツ化するのは、全てローナが悪い。そうに違いない。


「ローナ様! コノハ様! 手続きが完了いたしました! こちら、ローナ様のギルドカードと、屋台コンテストの参加証です!」


「わーい」


 なにはともあれ。

 こうして、ローナたちは無事に屋台コンテスト参加手続きを済ませたのだった。

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