第61話 カジノに行ってみた


 ――――カジノ。

 そこは、欲望とコインが渦巻く、きらびやかな金世界。


 その黄金の宮殿に足を踏み入れると、人々を出迎えるのは宝石のシャンデリアに、ふわふわの赤絨毯に、じゃらららららららら……とこれ見よがしに積まれるコインの山、山、山……。

 そんな魅惑の空間の中で、ローナはというと――。



(――わぁあっ! ギャンブルって楽しい!)



 無垢な瞳をキラキラ輝かせながら、スロットに夢中になっていた。

 ボタンをぽちぽちするだけで、じゃらららら……と吐き出されてくるカジノコイン。


(えへへ! 遊んでるだけで短時間でこんなに稼げるなんて、働くのがバカみたい! うん! 私、ギャンブルの才能あるかも!)


 カジノコインがたまれば、いろいろな豪華景品と交換することができる。

 強力な装備、便利なアイテム、さらには家のようなものまで……。

 このカジノでしか手に入らないものもあるし、カジノを使えば簡単にお金も稼げるしで、『王都に着いたら、まずカジノへ行け』とインターネットの神々も口をそろえて言っていたほどであり。


「……ふふ……ふへへ……」


 次々と吐き出されてくるカジノコインに、ローナ史上経験したことのないほど脳汁がどばどばと出てくる。

 そう……スロットというのは、言わばエンターテイメントの究極形。

 人をハマらせるということにかけて、これほど計算し尽くされた娯楽は他にない。

 つい最近まで実家からほとんど出たことすらなかったローナが、その刺激に抗えるはずもなく……。



(も、もしかして……冒険とかより、カジノのほうが楽しいのでは?)



 ローナの旅が、今――終わろうとしていた。


 とはいえ、そんなに人生うまくいくはずもなく。


(あ、あれ? コインの残高が減ってきたな……で、でも、大丈夫! まだ期待値は稼げてるし……インターネットにも『スロットならボタン連打だけで稼げる』って書いてあったし……あ、あれぇ? 今日は台が当たりたがってないのかな? で、でも、私が回してここまで育ててきた台だし、うぅ……と、とにかく損失を取り戻さないと!)


 こうして、ローナは手持ちのお金をさらにカジノコインにかえていき――。


 ……それが転落の始まりだった。


 どんどん減っていく所持金の残高。所持金がなくなると、ローナは手持ちのアイテムや素材を換金して、さらにカジノコインを購入した。


(ま、まあ、トータルで勝てばいいし……ここまで外れたなら、そろそろ確率的に当たるよね?)


 しかし、そんなローナの期待とは裏腹に、損失は膨らんでいき……。


「あの、お客様? 大丈夫ですか?」


 やがて、バニーガールが救いの手を差しのべるように声をかけてきた。


「今ならこの“わくわくトイチプラン”に加入すると、実質無料でスロットを回せますよ?」


「――っ! 加入します!」


 そうして気づけば、ローナの手元には500万シルの借金だけが残っていた。


(な、なんでぇええっ!?)


 美しいほどに教科書通りの転落の仕方であった。



      ◇



「ママぁ、あれなにぃ?」

「ふふ、あれはカジノで有り金を全て溶かした人の顔よ」

「わぁ、実在したんだぁ!」


 カジノに入ってから1時間後。

 ローナはふらふらと王都を歩いていた。

 やがて、人目が少ないところまでやって来たところで。


「ああああ……あひゃはやや……」


 ローナは膝から崩れ落ちた。


 ――――破産。


 その2文字が、じわじわと実感をともなってローナの胸に突き刺さってくる。


(ど、どうしてこんなことに……)


 ただ所持金がゼロになっただけなら、まだよかった。

 問題は、手元に残った500万シルの借金だ。


 すでに手持ちの素材などは、ほとんど換金してカジノコインにかえてしまっている。

 一応、冒険者ギルドの口座には、港町アクアスで作った“ウォール・ローナ”や“トラップタワー”の使用料としてお金がたくさん入ってきてはいたが……。



『そのお金は町の復興費にあててください!(キリッ)』

『ローナちゃん、ありがとう!(目キラキラ)』



(…………うん、無理だね)


 アリエスと、あんなやり取りをした直後なのだ。

 このお金には手をつけられない。


(な、なんとか、自分でお金を稼がないと! こういうときは――インターネット!)


 もはや、なりふりかまっていられなかった。


(えっと、借金を返すには……マグロ漁船? 臓器売買? へぇ、内臓を売ればいっぱいお金がもらえるんだ……はっ、プチヒールと合わせれば……)


 そうして、いろいろと金策について調べること、しばし。


(ん……屋台コンテスト?)


 やがて、ローナはその言葉を見つけた。



――――――――――――――――――――

■ミニゲーム/【屋台コンテスト】

[開催場所]【王都ウェブンヘイム】

[開催時期]不定期

[参加条件]商業ギルド登録

[クリア報酬]順位に応じた賞金、商業ギルドEXP

◇説明:【王都ウェブンヘイム】にて、たまに期間限定で開催されるミニゲームイベント。

 店舗経営シミュレーションのように商品の作成・仕入れ・出品をおこない、1日の売上や人気度によって勝敗を決める。

 優勝すれば賞金1000万シルをもらえるほか、商業ギルドのランクを上げるのに役立つ。

――――――――――――――――――――



(なるほど、たまにやってるイベントなんだね。次の開催は5日後で、賞金は……1000万シル!?)


 ローナは思わず二度見する。

 この賞金があれば、ローナの抱えている借金も返せるだろう。

 もはや、神様がローナにこのコンテストに出ろと言っているようにしか思えず……。


「こ…………これだっ!」


 と、ローナの体に電流が走るのだった。



      ◇



 一方、その頃。

 行商人に変装していたスパイ少女コノハはというと。


(ぜぇ……はぁ……よ、ようやく見つけたよ、ローナ・ハーミット)


 カジノの前でげっそりしながら、監視対象であるローナを陰から観察していた。

 王都でローナを泳がせて、その行動をこっそり観察しようと思い立ったまではよかったが……。


(もぉ~っ! なんで、いきなり空飛ぶの!? 女神像が光ったと思ったら消えるし! どこに行ったかと思えばカジノだし! なんなの、もぉ~っ! 尾行してる人の気持ちも考えてよぉ~っ!)


 そんなこんなで、コノハは涙目になりながら王都を駆け回るハメになったわけだ。

 しかし、苦労のかいもあり、ようやくカジノから出てくるローナを発見することができた。

 コノハはとっさに隠密スキル【忍び足】を発動して、こっそりローナの後をつける。


(な、なんか、カジノで有り金を全て溶かしたような顔してるな……いや、ローナ・ハーミットは金を稼ぎまくってるってデータもあるし、それはないはず……ん? 今度は猫みたいに、ぽけーっと虚空を見つめて……あれ? なんか、にまにましだした? いったい、なにをしてるの……?)


 またしても、意味のわからないことを始めたローナ。

 しかし、コノハはそこで、はっとする。


(あの虚空を見つめる仕草……もしかして、ローナ・ハーミットの秘密はここにあるのかも!)


 と、コノハがさらによく見ようと、ローナにこそこそ近づいたところで。


「あっ」


「うげっ」


 ローナとばっちり目が合ってしまった。

 コノハは反射的に逃げようとするが――。



「コノハちゃん! こんにちは~っ!」



(――ッ!? 速い――ッ!?)


 ばしゅッ! と、一瞬で距離をつめられてしまった。


「奇遇ですね! コノハちゃんもカジノですか?」


「え? あー、うん。そんなとこかな」


「? なんか、汗がすごいですが大丈夫ですか?」


「ま、まー、商売は体力使うからね。重い荷物背負って歩き回らないとだし」


 と、コノハがごまかすように言うと。

 ローナが、「商売……あっ!」と声を上げた。


「コノハちゃんって、商売についてくわしいんですよね?」


「え? ま、まあ」


「そうですよね! 商人の格好してますもんね!」


(す、素性を疑われてる!?)


「あの、もしよければなんですが……」


 そして、ローナはちょっと緊張したように言葉を続けた。


「一緒に、屋台コンテストに出てみませんか?」


「……へ?」


 想定していなかった言葉に、思わずきょとんとするコノハ。


 ――屋台コンテスト。


 そのイベントについて、コノハはもちろんデータを持っている。

 開催は5日後。屋台を出して1日の売上や人気投票をもとに順位を決め、優勝すれば1000万シルの賞金を手にすることができるというイベントだ。


 商人としての総合力を試されるため、優勝すれば王都での商人としての地位が確立されると言われている。うまく利用できればスパイ活動にとってプラスになるかもしれないため、興味を持っていたイベントでもあったが……。


「あたしと一緒に? 屋台コンテストに?」


「はい! あの、私は商売のこととかくわしくなくて。コノハちゃんはこういうのくわしそうなので。それに……」


 ローナが少し照れたように、はにかみながら言う。


「えへへ、友達と一緒にこういうイベントに出るの、楽しそうだなって」


「……トモ……ダチ……?」


「? なんで、愛を知らない悲しきモンスターみたいな口調に?」


「い、いや……友達……そ、そだね! 友達だよね、あたしたち!」


 コノハは慌てて取りつくろう。

 ひとまず、ローナはコノハがスパイであることに気づいていないらしい。

 それどころか。


「えへへ、よかったぁ。私だけが友達だと思ってるのかと思いました」


(な、なんで、こんなに懐かれてるの、あたし……?)


 正直、今のコノハは自分から見てもそこそこ怪しいと思うのだが。

 なにはともあれ、コノハにとって都合がいい状況ではある。


 屋台コンテストへの参加についても、ローナと一緒に屋台作りをすれば、行動の予測がつかないローナを監視しやすくなるだろうし、結果を出せばローナからさらなる信頼も得られるだろう。

 それに――。


(たしか、今度の屋台コンテストは“彼女”も参加するんだっけ?)


 ローナ・ハーミットと並ぶ、重要監視対象のひとり。


 ――人形姫メルチェ・ドールランド。


 幼くして王国随一の商会――ドールランド商会をまとめ上げ、この王都を裏で支配しているともされる少女だ。

 なにやら、闇の勢力とのつながりがあるとも聞くが……ローナと競わせることで面白いデータが得られるかもしれない。


(……にしし。考えれば考えるほど、メリットしかないね)


「?」


 というわけで。

 コノハは不敵に笑ってから、ローナのほうに向き直り。


「じゃ、一緒にやろっか――屋台コンテスト!」


「っ! ありがとうございます! これで内臓を売らなくても済みます!」


「内臓?」


 こうして、ローナとコノハはそれぞれの目的のために、屋台コンテストに参加することを決めたのだった。

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