第60話 王都を観光してみた
「ふ、ふわぁ……」
王都の大通りに入ったローナは、ぽけーっと立ち尽くしていた。
インターネットで王都の画像は見ていたが、やはり実際に来てみると全然違う。
通りには商魂たくましい売り子たちの声が飛び交い、屋台たちは宝石箱みたいに色とりどりの古今東西の品を並べており……。
そんな光景を見ながら、やがてローナはうんっと確信した。
(…………うん、迷った)
完全に迷子になっていた。
ローナは改めて、手元のインターネットで王都の情報を確認する。
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■マップ/【王都ウェブンヘイム】
オライン王国の首都にして、メインストーリーの中心地。
多くのダンジョンに囲まれており、世界各地から冒険者や商人が集まってきている。また、“金の都”ともいわれ、【カジノ】や【オークション】など商売や金にまつわる施設が多く見られる。
名物は【金塊カステラ】【金貨チョコ】
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(なるほど、名物はカステラとチョコかぁ……って、そうじゃなくて)
ローナはしばらく、王都の地図とにらめっこしてみるが、やっぱり複雑すぎて現在地がわからなかった。
まず道が多すぎるし、人や物も多すぎるのだ。
目印となるようなものも見つけられないし、人波に流されて曲がりたい道で曲がることもままならない。
そんなこんなで、地図を見ながら歩いていたはずが、思いっきり迷子になってしまったわけだ。
(ど、どうしよう。迷子になったときは……えっと、『迷子センターに行きましょう』? でも、そんな建物は見つからないし……)
とりあえず、道を尋ねるべく近くの屋台のおばさんに話しかけてみた。
「金塊カステラひとつください! あと、迷子センターってどこにありますか?」
「迷子センター? まあ、とりあえず迷子ってんなら、向こうにある中央広場に行けばいいんじゃないかい? 道案内の看板なんかもあるだろうしねぇ」
「あっ、たしかにそうですね! ありがとうございます!」
そうお礼を言いながら、ローナは紙に包まれた金塊カステラを頬張った。
「ん~♪ これは“飛べ”ますね!」
「飛べる? よくわからないけど、うまそうに食べてくれると作ったかいがあるねぇ。ほら、もう1個サービスしてあげるよ」
「え、いいんですか?」
「うんうん。嬢ちゃんはただそこで、うまそうに食べてくれればいいからねぇ」
「? わかりました」
よくわからないが、もらえるものはもらっておく。
そんなこんなで。
「ん~~♪」
と、幸せそうにカステラを頬張るローナ。
「ほらほら、もっとお食べよ!」
「わーい」
「おかわりもいいよ!」
「まだいいんですか!」
ぽんぽんっと餌付けをされるように、ローナがカステラを食べていき……。
「…………ごく」
「う、うまそうに食べるな、あの子……」
「私も買おっかな……」
気づけば、周囲にいる人たちが、そんなローナの食べっぷりに思わず足を止めていた。
その様子に、屋台のおばさんがキランと目を光らせる。
「おぉっと、嬢ちゃんにサービスしすぎて材料が少なくなっちまったねぇ! 今日はそろそろ売り切れそうだよ!」
「!?」
「お、俺にもそのカステラひとつ!」
「私も!」
と、またたく間に、屋台にお客さんが殺到してきた。
「ま、そういうわけさ」
ぽかんとしているローナに向けて、おばさんがウィンクをする。
(な、なるほど、これが“金の都”……)
さすがは商業都市と言ったところか。
この王都の人たちは、みんな商売上手なのかもしれない。
ローナはおばさんにぺこりと頭を下げてから、王都の中央広場に向けて歩きだした。
それから、しばらくして。
「ふぅ……ここまで来れば、あとは道がわかるかな」
あっぷあっぷと人波に溺れつつも、なんとか中央広場に到着したところで。
ふと、ローナの視界に女神像が入ってきた。
(神様かぁ……いつもインターネットでお世話になってるし、お祈りとかしたいなぁ。でも、お祈りって作法があるんだよね。“二礼二拍一礼”だっけ?)
そう、ローナは最近、インターネットを通して知ったのだ。
こういう作法を間違えると、“マナー厨”と呼ばれる神々がどこからともなく降臨して、マナー棒でボコボコに叩いてくると。
(えっと、女神像については……あっ、これかな?)
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■マップ/【光の女神像】
【王都ウェブンヘイム】の中央広場にある女神像。
【黄金郷エーテルニア】の封印の要であり、メインストーリー2部にて、キーワード【聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、その光は全地に満つ】を使用すると、イベントムービーに突入する。
ちなみに、一時期、このイベントムービーを利用したバグで話題となった。
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「よくわからないけど……とりあえず、お祈りするときは、この“聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、その光は全地に満つ”ってキーワードを言えばいいのかな――って、わっ!?」
ローナは女神像の前で、何気なくキーワードを呟いたとき。
――ぱぁあああああ……っ! と。
女神像がいきなり輝きだした。
「え? え? うわっ!?」
ローナは思わず目をつぶる。
それから、次に目を開けたとき……。
「…………ここは?」
気づけば、ローナは白い空間に立っていた。
上も、下も、左も、右も――全てが、白。
そんな不思議な白い空間の中で、ふいに光が集まりだし――。
そうして光とともに現れたのは、ゆったりとした白い衣に身を包んだ女性だった。
『――選ばれし人の子よ。よくぞ、ここまで来ましたね』
(……な、なんか出てきた)
『黄金郷の封印を解く“力ある言葉”を唱えたということは――ついにできたのですね。邪神テーラと戦い、この世界を救う覚悟が……』
「?」
なにを言っているのか、よくわからなかったが。
目の前にいるその存在を、ローナはインターネットで見たことがあった。
絵画が動きだしたかのような現実離れした美貌。
白い空間の中、ふわりと重力を無視したように浮かんでいる体。
デザインを凝らした特徴的な衣装。
その姿は、間違いない。
「ま、まさか、あなたは……」
『ええ。おそらくは、あなたが想像している通り――』
「――“ぶいちゅーばー”だっ!」
『……光の女神ラフィエールです』
人違いだった。
いや、この場合は“神違い”と言うべきかもしれないが。
「あ、えっと……もしかして、動画配信とかはしていないタイプの神様ですか?」
『なんで、ちょっとがっかりしているのですか? ぶいちゅーばー? というのはわかりませんが、神ですよ? もっとこう、なんかあるでしょう?』
「いえ、神様たちのことは、いつも見てますので」
『えっ、怖い』
神々の姿はインターネットでよく見るし、攻略サイトの掲示板で質問をすると『ローナですちゃん来た!』とみんな優しくいろいろ教えてくれるしで、神と話すことにだいぶ慣れていたローナであった。
『というか、あの……まさか、事情を知らずに“力ある言葉”を唱えたわけではありませんよね?』
「? 力ある言葉?」
『絶対にわかってない反応じゃん……えっ、なんで? 嘘でしょ? ど、どうしよう……黄金郷の封印解いちゃったんですが。いやでも、わりとバレないか……?』
「あっ、でも! いつもありがとうございます、神様! インターネットにはとても助けられてます!」
『はい……えっ? いんたあねっと?』
「あ、これ! 神様たちが大好きな“まよねぇず”です! 作ってみたのでどうぞ!」
『待って、なにこれ知らない……』
「他にもいろいろ屋台で買ってきたので、一緒に食べましょう!」
『いえ、あの、世界が危機におちいってる的な話をしたいのですが――』
というわけで。
ローナがアイテムボックスから取り出したティーセットで、なごやかなお茶会が始まった。
『……っ! 地上のものを食べたのは初めてですが、どれも美味ですね』
「えへへ、お口に合ってよかったです! あっ、そうだ! たまにお供え物しましょうか?」
『よ、よろしいので?』
「はい! インターネットでは、いつもお世話になっているので!」
『まったく身に覚えはありませんが……ま、まあ、そこまで言うのでしたら――って、そうじゃなくて!』
光の女神ラフィエールが、いきなり叫んだ。
『ともかく、事情を知らないというのなら、あなたに伝えなければなりませんね。あなたにもここへ来る資格があることは、確かなわけですし』
「事情? 資格?」
『はい。どうか、落ち着いて聞いてほしいのですが――』
その真剣な声音に、ローナもごくりと唾をのむ。
そして、女神はおごそかに告げた。
『…………この世界に、滅亡の危機が迫っているのです』
――と。
「あっ、またですか?」
『……めちゃくちゃ冷静じゃん』
「最近、世界滅亡の危機みたいなの何度かあったので、もう慣れちゃいました! えへへ!」
『“えへへ”じゃないですよ!? 何度もあったって、なんですか!?』
「えっと、先週ぐらいにも“原初の水クリスタル・イヴ”っていう神話の大怪物の封印が解けそうになったり」
『マジですか!? 世界滅ぶじゃん!?』
「あっ、大丈夫です。私がもう倒しておいたので」
『嘘でしょ!? って……うわっ、本当にあの怪物のマナ反応がなくなってる!? は、はぁあああっ!? ど、どうして!? 女神が束になってようやく封印できたやつなのに!? えっ、この子、あの怪物よりも強いの!? ど、ど、どういうこと!?』
「あ、あの、落ち着いてください」
『落ち着かせてくださいよ!?』
なぜか、女神がドン引きしたようにローナを見てきた。
『あ……あなたはいったい何者なんですか?』
「え? ただのフツーの一般人ですが」
『こんな一般人がいてたまるか!』
怒られた。
「あの、それより、今度はどんな危機が?」
『あっ、そうでした。それを話さなければ――』
と、女神がこほんと気を取り直したところで。
『黄金郷エーテルニアで――あっ、やばい――のんびりしすぎて時間制限が――待って待って待って――延長! 延長――』
なぜか、いきなり女神が慌てだした。
それと同時に、白い空間が光に包まれていく。
『ああっ、ダメだ、時間がない――とにかく、あれです! わたくしが伝えたいのは――』
そして、最後に光女神ラフィエールはローナに告げた。
『――次のお供えものは、スイーツ系でお願いします!』
そんな言葉とともに、ローナの目の前が白い光で包まれていき……。
「あいたっ!」
気づけば椅子の感触も消え、ローナは王都の広場で尻もちをついていた。
周囲を見るが、すでに女神の姿はなく。
ただ目の前に、女神像が鎮座しているだけであり。
『称号:【光女神の使徒】を獲得しました』
というメッセージが視界に表示された。
「……な、なんだったんだろう?」
ちょっと意味がわからなかった。
とりあえず、『女神がスイーツを求めている』ということだけはわかったが。
(もしかして、これが“オフ会”ってやつなのかな? いろいろよくわからなかったけど、うーん……ま、いっか!)
神々の言動がよくわからないのは、今に始まったことではない。
きっと、人間には想像もできない壮大なことを考えているのだろう。
というわけで、ローナは考えるのをやめた。
と、そこで。
「女神像が輝いただと!?」
「まさか、大預言者様がここに!?」
王宮騎士たちが慌ただしく広場に駆けこんできた。
ローナが「なんだろう?」と見ていると。
「すまない、人探しをしているのだが」
と、王宮騎士のひとりが近づいてきた。
「常にぽけーっと虚空を見ていて、不思議な言葉をしゃべり、未来を見通すような優れた知能を持ち、行く先々で世界を揺るがすようなトラブルを起こしていそうな少女を見なかったか?」
「……? 見てませんが」
まったく心当たりがなかった。
ただ、あまり関わり合いになりたくないタイプだなぁ、とローナは思った。
「む……そうか。いや、時間を取らせてすまない」
「いえ、騎士さんもお仕事頑張ってください! 私も探してみますね!」
「ああ、ご協力感謝する!」
王宮騎士はびしっと敬礼をすると、忙しそうに走り去っていく。
(なんだか大変そうだなぁ……あっ、そういえば、探し人の名前とかも聞いとけばよかったかな? まあ、いっか)
と、王宮騎士の背中を見送ったあと。
(とりあえず、カジノはこっちみたいだね。人も多いし、杖はアイテムボックスにしまって……あっ、そうだ! エンチャントウィング!)
ローナは光の翼を生やして、ぎょっとしている人々を背に、ぱたぱたと空からカジノへ向かった。
空を飛んでしまえば、いくら地上に人が多くても関係ない。
(もっと早くに思いつけばよかったなぁ)
一方、飛び去っていくローナの背後では――。
「くっ、もうここにはいないか……」
「し、神出鬼没な……やはり、空を飛べるという噂は本当なのか?」
「カジノ方面は探さなくていい! 大預言者ローナ様がカジノになんて行くはずないからな!」
あいかわらず、ばたばたと走り回っている王宮騎士たちの姿があったのだった。
――――――――――――――――――――
ちなみに、「ローナですちゃん来た!」の話は、2巻SS「掲示板に降臨してみた」(無料公開)より。
もともと本編に入れる予定だった回で、本作の世界観についても触れています。
https://magazine.jp.square-enix.com/sqexnovel/special/2023/sekaisaikyonomajo02_ss.html
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