第59話 王都に入ってみた

「ありがとな、嬢ちゃん! おかげで楽しい船旅になったぜ!」

「なにか困ったことがあったら、ぜひうちの商会に来てね!」


「はい!」


 王都に船がとまったあと。

 ローナは一緒に船に乗っていた人たちに手を振りながら、船からおり――。


「ぉ、おお……これが、王都ウェブンヘイムっ!」


 王都の街並みを見て、思わず歓声を上げた。

 立ち並んでいるのは、見上げんばかりに背の高い建物たち。

 通りを波のように流れていくのは、見たことないほどの数の人、人、人……。

 最近までずっと実家に引きこもっていたローナにとって、その光景はとても新鮮なもので。


「すごいですね、コノハちゃん! 私、王都を生で見たのは初めてで……って、あれ?」


 気づけば、ついさっきまで仲良く話していたコノハの姿が消えていた。


「……? 急ぎの用事でもあったのかな?」


 と、ローナが首をかしげていたところで。


「おうおう、驚いてるねぇ、嬢ちゃん」


 先ほど船で仲良くなった商人たちに声をかけられた。


「どうだい? 初めての王都は?」


「えへへ、すごいです! 町が滅亡の危機におちいってないなんて!」


「うんうん……ん、滅亡?」


「こんな平和な町、初めてで……私、すごく感動しました!」


「じょ、嬢ちゃんはどんな修羅の国から来たんだ?」


 と、なぜかドン引きされてしまった。


「でも、本当にすごい数の人ですね。なんだか、お祭りをやってるみたいです」


「まあ、祭りっていうのは、間違いじゃないかもな」


「え?」


「王都はもともと交易の中心地だから、世界中から人が集まってるというのもあるんだが……今はなんか“大預言者”って人がこの王都に来るんだとかで、お祭り騒ぎになってんのさ」


「大預言者?」


「ああ、たしか……おとぎ話に出てくるエルフたちから崇拝されていて、神々の言葉を人間に伝えるためにつかわされた使徒で、最近もこの国で悪徳貴族の野望を打ち砕いた救世主、だったかな?」


「へぇ……世の中にはすごい人もいるんですね!」


 と、ローナが感心していると。

 商人たちが思わずといったように笑いだした。


「はははっ! 嬢ちゃんはやっぱり面白いなぁ!」


「え? え?」


「さすがに、こんな人間いるわけないだろ? まさか真に受けるとは……はははっ!」


「う……」


 お腹を抱えて笑われて、ちょっと恥ずかしくなる。

 神々の知識を得られる【インターネット】という例もあるし、ローナもエルフたちから恩人だとちやほやされているしで、そういう人がいてもおかしくないなと思ったのだが。


「いや、でも……本当に気をつけろよ、嬢ちゃん。王都には嬢ちゃんみたいなピュアな子をだまそうとするやつらも、たくさんいるからな」


「えへへ、私は大丈夫ですよ!」


「すごく心配だ」


 と、なにやら不安そうな顔をされてしまったが。

 なにせ、ローナにはインターネットがあるのだ。

 インターネットに書いてあることに間違いはない。ゆえに――。


(ふふんっ! インターネットがあれば、だまされることはないもんね!)


 そんなこんなで、ローナはさっそくインターネットを開いて、この王都の地図を確認した。

 王都で行ってみたいところは、たくさんあるのだ。


 写真を撮るのにおすすめの“フォトスポット”という場所も回ってみたいし、百貨店やオークションで買い物もしてみたいし、王都の周りにあるダンジョンにも観光に行ってみたい。

 とはいえ、まずどこへ行くか、ローナはすでに心に決めていた。


「よし、それじゃあ――カジノに行こう!」


 というわけで。

 ローナはむんっと気合いを入れると、王都の街並みの中へと足を踏み出したのだった――。



      ◇



 一方、ローナが船着き場から去った、すぐあと。

 つい先ほどまでローナが乗っていた船のもとに、王宮騎士の鎧をまとった集団がぞろぞろと歩み寄ってきた。


「すまない、少しよろしいか?」


「へ? 王宮騎士様が、あっしらになんの用で?」


 声をかけられた商人たちが、困惑したように積荷をおろす手を止める。


「人探しをしているのだが……こちらの船に“ローナ”という名前の少女は乗っていなかったか?」


「ローナ?」


 思わず顔を見合わせる商人たち。

 そんな名前の少女に、心当たりは――もちろんあった。

 ありすぎるほどにあった。


 彼女自身は自分のことを一般人だと思っていたふしもあったが、あれほど目立つ少女を同じ船に乗っていた者たちが忘れるはずもない。

 それどころか、王宮騎士が話しかける直前までローナの話題で盛り上がっていたまである……が。


「いやぁ、わからないですねぇ」


「乗客なんてたくさんいますから」


 と、商人たちは示し合わせたようにシラを切った。

 この国の最高戦力のひとつでもある王宮騎士が動いているということは、なにか裏にやっかいな事情があるはずだ。

 この王宮騎士たちの目的がわからないうちは、下手に答えるべきではないだろう。


「ちなみに、なにかその少女の特徴とかは?」


「私も伝聞でしか知らないが……特徴的な杖を持ち、凄まじく強力な魔法を使うらしい」


(……やっぱり、ローナちゃんか?)


「それと、神々しいオーラをまとい、賢者のような知性を持っているとか」


(……あれ? ローナちゃんじゃない?)


「あと、猫のようにぽけーっと虚空を見つめてることが多く、『草』などという聞き慣れない言葉をよく話すらしいな」


「…………」


 その場にいた商人たちが顔を見合わせる。



(((――絶対にローナちゃんだ!!)))



 もはや、間違いはないだろう。

 そこまで特徴のある少女が何人もいるはずがない。


「……えっ、なんで王宮騎士に捜索されてるの、あの子?」

「……たしかに、いろんな意味でヤバい子ではあったが」

「……いや、あの力だ。国が最終兵器として利用しようとしてるんじゃ」



(((――それだッ!)))



 ここに今、“最終兵器ローナ説”が爆誕した。

 ローナにあれだけの力があるのも、その力がありながらどの組織に所属していないのも、王宮騎士がたったひとりの少女の捜索に動いているのも――国が秘密裏に作り出した人間兵器と考えれば、全て納得できる。


「……? どうかされたか?」


「い、いや、なんでもないですよ、王宮騎士様!」

「と、とにかく、そんな子は見ていませんねぇ! まったく、これっぽちも!」

「乗船記録にも載ってませんよ、そんな名前の子は!」


 商人たちが慌ててごまかす。

 王宮騎士の聞きこみで虚偽の発言をすると罰則もあったが。


(へへっ、あの子には恩があるからな!)

(ローナちゃんを最終兵器なんかにさせてたまるか!)

(あの子の笑顔は、あっしらが守るんだ!)


 商人たちにとってローナは恩人であるとともに、年齢的に孫や娘のように感じていた。

 それに、答えたところで1シルの利益にもならない王宮騎士より、今後仲良くなれば利益が出そうなローナの肩を持つのは、商人たちにとって自然な流れであり――。


「……!? そ、そうか。ご協力感謝する」


 そんな商人たちの謎の気迫に、王宮騎士たちがその場から逃げるように立ち去った。

 彼らはそれから、しばらく歩いたところで、他の王宮騎士たちと合流した。


「そっちはどうだった?」


「いや……あの船にも乗っていないようだ」


「そうか……」


 王宮騎士たちの間に、どんよりとした空気が流れる。



「いったい、どこにいるのだ――大預言者ローナ様は!?」


 事の発端は、半月ほど前――。

 エルフたちとともにググレカース家の当主たちを捕らえた王宮騎士たちは、そこでエルフの女王からとある話を聞いたのだ。

 そう、神々の言葉を聞くことができる救世主――大預言者ローナの話を。


 行く先々で、町を救っていく少女。

 その少女の話は、イフォネの町でも港町アクアスでも話題になっており。

 少し聞きこみをすれば、大預言者ローナが王都に向かっているということもわかった。


 そこで、慌てて歓迎祭の準備を始めたのはいいが……。

 肝心のローナ本人が見つからないのだ。


「大預言者様は、空を飛ぶスキルも使えると聞く。もしかしたら船に乗らずに来たのでは?」


「やはり、転移するスキルも持っているとしか……」


「こ、行動の予測がつかない……っ」


 最近は、イプルの森で天変地異が起きたり、怪しげな黒ローブ集団を引きつれた少女の姿がよく目撃されたり……と、不穏な噂もよく聞くようになった。

 民の間にも、じわじわと不安が広がってきている。


 こんな国が荒れているときこそ、人々に希望を与える“英雄”が必要なのだ。

 今、差し迫っている“王都の危機”に対処してもらうためにも……。


「なんとしてでも、大預言者ローナ様を見つけ出さなければ!」


 こうして、王宮騎士たちは胃がキリキリ痛むのを感じながら、ふたたび王都を駆け回るのだった。

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