第35話 お店を破壊してみた


「……剣の修復は終わったぞ。こいつがご所望の“殺刀・斬一文字キルイチモンジ”だ」


「わーい」


 ドワーゴの日用品店にて。

 ローナは店主のドワーフから、一振りの剣を受け取っていた。


「お、おいっ、その剣は重いから気をつけ――」


「……? なにか言いましたか?」


「あ、あれ? あれぇ……?」


 筋力自慢のドワーフの騎士でも持つのに苦労する剣を、小柄な少女がひょいっと片手で持ち上げていた。

 そのあまりにギャップのある光景に、ドワーゴが混乱している一方で。


 ローナは誕生日プレゼントをもらった子供のように、うきうきと剣を眺めていた。


「わぁ、かっこいい剣ですね! なんだか不思議な形……」


 妖気のようなものを感じさせる紅い刀身。

 その形状はよく見る剣とは違い、細長く反り返った片刃のもので。


(もしかしたら、芸術作品としての価値もありそうだなぁ)


 なんて感想を抱いた。

 料理コーナーに興味を持っていた黒ローブ集団も、この刀を見て、「ほぅ……この時代にこれほどの剣が……」と感嘆の吐息を漏らしている。


 本来どういう流れで剣を手に入れることになるのか知らないが……明日までにこの剣を手に入れたかったし、早いに越したことはないだろう。


(えっと、この剣について書いてあるのは……このページかな?)



――――――――――――――――――――

■武器/刀/【殺刀・斬一文字】

[ランク]S [種別]刀 [値段]111億シル

[効果]物攻+1111 速度-111

    この剣による攻撃は全て【一刀両断】になる。


◇装備スキル:【一刀両断】(S)

[効果]MPを消費し、隙の大きな防御無視攻撃を放つ。

    確定クリティカル。高確率で装備&部位破壊。


◇説明:高難易度クエスト【堕ちた名工】で手に入る刀。

 伝説の鉱石ヒヒイロカネを透き通るほど薄くなるまで打った一品であり、この刀に斬れぬものなどあんまりない。

 デメリットも大きく扱いが難しいが、使い方によってはSSSランク武器をも超える瞬間火力を叩き出すロマン武器。

――――――――――――――――――――



(ふーん、“刀”っていう剣なんだね。やっぱり、Sランクだけあって強いなぁ。というか、値段111億シルって……うわぁ、本当にタダでもらっちゃっていいのかなぁ?)


 と、ローナがインターネット画面を見ながら、ちょっとドン引き顔をしていると。

 その表情をどう解釈したのか、ドワーゴが不安そうな顔で尋ねてきた。


「……なぁ、嬢ちゃん。本当にその剣でいいのか?」


「え?」


「さっきも言ったが、その剣はSランクで……」


「はい! この剣だからいいんです!」


「……っ!」


 笑顔で答えるローナに、ドワーゴはそれ以上なにも言えなくなる。

 そのローナの言葉は本心からのものだった。

 よく切れるノコギリとして、この剣が欲しいというのもあったが。


(ふふん、この剣さえあれば……もう攻撃するたびに、天変地異を起こさなくて済むしね!)


 そう、レイドクエストへの対策としても、この剣が欲しかったのだ。

 今まで魔法を使うたびに天変地異みたいなってしまっていたせいで、町中や人がいるところでは戦いづらかったが……


 剣ならばいくら強くても『よく斬れるだけ』だろう。


(ふっ、“剣士ローナ”っていうのも悪くないかもね……え~いっ!)


 ローナが素人だと丸わかりの動きで、試しにその場で刀を軽く振ると。




 ざん――――――――――ッ!!




 と、目の前の景色が、両断された。


「……………………ほぇ?」


 その場にいた全員が、唖然として立ち尽くす先で――。

 がらがらがらがら……ッ!! と、ドワーゴの店が崩壊を始める。


「え……あれ? え……えぇええっ!? ちょっ、違……っ!? こんなつもりじゃっ!」


 ローナが慌てて、刀を持ったままふり返り――。



 ざん――――――――――ッ!!



 ずががががががががががが……ッ!! がらがらがらがらがら……ッ!! どどどどどどどどど……ッ!! ずぉおおおおおおおん……ッ!! 



 刀から放たれた剣閃が、周囲のもの全てを破壊していく。

 その威力は、まさに一刀両断。

 そして――。




『称号:【暴虐の破壊者】を獲得しました!』




(な……なんでぇえええっ!?)


 ローナがあたふたと刀を鞘へおさめた頃には、もう遅く……。

 店は完全に瓦礫の山と化していた。


(……凄まじい一撃だ……)

(……なんと無慈悲な……)

(……これこそが、我らが神……っ)


 と、黒ローブ集団がぞくぞく身を震わせていた一方で。



「…………は……ははは……っ」



 ドワーゴが膝から崩れ落ちながら、泣き笑いのように顔を歪めた。


「わ、わぁああああっ! ご、ごめんなさいぃっ! まさか、こんなことになるとは思わなくてっ!」


「いや、違うんだ……そうか……そうだったのか……」


 ドワーゴは、そこでようやく悟った。

 自分の剣に間違いはなかったのだと。


(ああ、まったく……いつから、オレは他人の評価のために剣を打つようになった? オレがオレの剣を信じてやれなくてどうすんだ、バカ野郎が)


 初めて会った少女が、自分の剣を信じてくれたというのに。

 SランクがAランクより下――そんな“常識”にとらわれて。

 他人の評価にとらわれて、失望を恐れて……。



 ――自分の打った最高の剣を、否定してしまった。



(ああ、そうだ……)


 ドワーゴは、自分の原点となった父の言葉を思い出す。


 ――持ち手が剣を選ぶんじゃねぇ。剣が持ち手を選ぶんだ。


 ――最高の剣を打て。


 ――そうすれば、お前の剣はいずれ……〝運命〟をつれて来るだろう。



「ほ、本当にごめんなさい! すぐに弁償しますので!」


「……いいんだ。ちょうど店がまえを変えたかったところだからな」


 切り刻まれた鉄の看板を見る。

 そこに書かれているのは、『ドワーゴ日用品店』の文字。

 この看板はもう使えないし――使うつもりもない。


 顔を上げると、青空と海が目に入ってくる。

 まるで、ドワーゴをとらえていた檻が取り払われたかのように、どこまでもすがすがしい気分だった。


「……ふっ……お前が、オレの“運命”だったか」


「……え?」


 ローナがきょとんとドワーゴを見つめ――。


(ど、どうしよう、いきなり変なこと言いだした……まさか、店を壊されたショックで、頭が……?)


 ちょっと心配して、おろおろする。


(と、とりあえず……この剣はあんまり使わないようにしとこっと)


 そう思って、アイテムボックスに剣をしまったところで。


「……おい、嬢ちゃん。名前は?」


「え? ローナですけど」


「ふんっ、覚えといてやる」


 ドワーゴが鼻を鳴らして、ローナに背中を向けた。


「……またいつでも来い。すぐに、もっと強い剣を打ってやる」


「え?」


「言いたいことはそれだけだ……その剣を持って、とっとと帰りな」


 ドワーゴはちょっと顔を赤らめながら、ぷいっとそっぽを向き――。



「………………ありがとよ」



 最後に口の中でもごもごと、そう呟いたのだった。

 それから、ローナたちが去っていったあと。


(……剣を……剣を打ちたいっ!)


 ドワーゴの体の奥で、燃えるような情動があった。

 胸をかきむしりたくなるような、なにかをしていないと抑えきれなくなってしまいそうな“熱”。


(ああ、そうだ……オレはただ、剣を打つのが大好きだったんだ)


 誰のためでもなく、自分のために大好きな剣を打ちたい。

 こんなふうに思うのは、いつぶりだろうか。


 崩れた店を確認すると、幸いにも鍛冶場は無事だった。

 店の修理をしなくてはならないが……。

 しかし、今はその時間が惜しい。


(ちっ……時間ならあんだけあったのに! オレは今までなにをしてたんだ、くそっ!)


 ドワーゴは炉の温度を調整し、槌を握ると――カンカンッ! と、赤熱した鉄板を叩きだす。



「――え、えぇっ! なにかすごい音がしたなと思いましたが……ど、どうしたんですか、この店は!?」



 やがて、音を聞きつけたのかアリエスがやって来た。


「いったい、なにがあったんですか!?」


「ふん……ただ、いいことがあっただけさ」


 ドワーゴはにやりと口をつり上げる。


「それと……雷の属性素材があるんだろ? とっとと持ってきな」


「……え?」


「今からじゃ新しく武具を打つ時間はないが……徹夜すりゃ、武器に属性を付与するぐらいはできんだろ」


「……っ! あ、ありがとうございますっ! さっそく持ってきます!」


「ふん……礼ならローナの嬢ちゃんに言え」


「えっ」


 アリエスは、「ま、またローナちゃんがなにかを……」とぶつぶつ呟きながら去っていく。


 それからも、店からはしばらくカンカンッと音が鳴り続け……。

 やがて、止まった。


「ふん……悪くない出来だ」


 完成したのは、新しい店の看板。

 そこには、『ドワーゴの武具屋』と書かれていた。



      ◇



 一方、その頃。ローナはというと。


(……もっと強い剣を打ってやる、かぁ)


 町を歩きながら、手に入れたばかりのノコギリ――もとい、“殺刀・斬一文字”を眺めていた。

 ただの一振りで店を破壊した剣。


 この剣よりも強い剣というのは想像もつかないが。

 もし、そんなものが完成したとしたら――。



(……それはちょっと、いらないかなぁ)



 と、ローナはしみじみと思ったのだった。




――――――――――――――――――――

というわけで、次回決戦です。

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