第34話 ノコギリを手に入れてみた(妖刀)
港町アクアスの北区――通称・職人街。
豊富な資源によって栄えていたその職人街は、今や見る影もなく寂れて静まり返っていたが……。
その中のひとつの店――『ドワーゴの日用品店』の奥からは、カンカンカンッ! と金属が叩かれる音が鳴り続けていた。
「――ドワーゴさん、どうか武器を打っていただけませんか? “水曜日”を乗り切るためには、ドワーゴさんの鍛治スキルが必要なんです!」
「ふん……何度来ても、オレは武器を打たんぞ」
槌を握ったドワーフの男は、頭を下げてくるアリエスには目もくれずに鉄を打ち続ける。
「お願いです! 今回は雷湿原の素材もたくさん手に入ったんです! これで雷の属性武器が作れたら、スタンピードの対処もかなり楽になるのですが……これを加工できる高ランクの鍛治スキル持ちは、ドワーゴさんしかいないんです!」
「…………」
――雷湿原の素材。
その言葉に、ドワーゴが一瞬、ぴくりと反応する。
それはめったに出回らないレア素材だ。
たしかに、そんなレア素材を加工できるのは、鍛冶士として名誉なことではあるが……。
「…………作業の邪魔だ。帰りな」
やがて、ドワーゴはそっけなくアリエスを追い払う。
アリエスも取りつく島もないと察してか、「……また来ます」とだけ言って去っていった。
ここ1年以上もくり返されたやり取りだ。
「…………ちっ」
ドワーゴは舌打ちまじりに槌を置き、完成した鍋を店の商品棚へと並べる。
その周りに並べられているのも、鍋や釘といった日用品ばかり。この店の棚には武器の類はいっさい置かれていなかった。
とはいえ、こんな緊急時に鍋なんて買いに来る者はいない。
(……わかってんだよ、オレだって。この町に必要なのは武具だってことぐらいは……)
ドワーゴもこの町には愛着もある。
それでも――。
(……打てねぇんだよ、もう)
店の棚に並べられた鍋の群れに映るのは、さえないドワーフの顔だ。
そこには、かつて地底王国ドンゴワで『天才鍛治士』とうたわれていた者の面影はない。
昔は、ただ剣を打つのが好きだった。
歴史に残るような最強の剣を打てると思っていた。
生まれながらにしてAランク鍛冶スキルを手に入れ、史上最年少にしてAランクの剣を作ることにも成功した。
それをたたえられ、ドワーフ王への献上品を作る栄誉にもあずかった。
しかし……それが転落の始まりだった。
ドワーゴは王のために最高の素材を使い、半年以上かけてひとつの剣を一心不乱に打ち続けた。そして――。
『――できた! できたぞぉっ! 最高傑作だっ!』
それは、自分の最高傑作で、今まで作ったAランクの剣よりも優れた最高の一品ができたという手応えもあった。
鑑定するまでもなく世界最高のAランクの剣だろう。
そう慢心して、そのまま王に献上し――。
『こ、この剣のランクは――“S”です』
『………………は?』
その鑑定士の言葉は、鍛冶士としては死の宣告だった。
Gランクよりも、はるかに下と思われるSランク。
自分の最高傑作は、神が作った“ランク”によって完全に否定されたのだ。
さらに、それだけではない。
この剣はあまりにも重くて、まともに振ることさえままならなかった。
それも振るだけで大量のMPを消費してしまい――試し斬りをしようとしたドワーフの騎士が、一瞬でMPがゼロになって気絶してしまった。
『――き、貴様ぁッ! なんというものを王に献上しようとしたのだッ!』
『ち、違っ……オレはただ最強の剣を……っ! 陛下! どうか、オレを信じて――』
『――そなたには失望したぞ、ドワーゴ』
こうして、天才の評判は地に堕ち、反逆者の汚名とともにドワーゴは国外追放となった。
それからだ、ドワーゴが剣を打てなくなったのは。
わざわざ、地底王国から遠く離れた町までやって来たというのに……。
また、Sランクの剣ができたらと思うと。
また、失望の目を向けられると思うと。
怖くて――手が震えてしまう。
今の自分には、他人の命を預かるような武具を打つ資格はない。
そう思って、ドワーゴは日用品だけを作るようになった。
彼の作った日用品は、どれも高品質で、たくさん感謝もされた。
そして、ドワーゴはそのことに――満足してしまった。
(……これでいいんだ。オレの鍛冶人生は)
だから、ドワーゴはいつまでも鍋を作り続ける。
もはや、その買い手がいないとしても。
それから、どれだけの時間が経っただろうか。
時計の針が昼過ぎをさした頃――からん、と扉のベルが鳴った。
「…………ふん」
おそらくは、アリエスがまた来たのだろう。
そう思って、ドワーゴは鼻を鳴らして。
「……しつこいぞ。何度言われても武具は打たな――」
その言葉は、そこで止まった。
入り口を見て、手にしていた槌をぽろりと落とす。
そこにいたのは――。
「……くくく……“お料理コーナー”はここか……」
「……ほぅ……この時代にしては、なかなかの“泡立て器”ではないか……」
「……この“ボウル”さえあれば」
「……“まよねぇず”を……もっと“あのお方”に捧げられるッ!」
ごごごごごぉおおお……っ!! と。
店に入ってきたのは、邪悪なオーラをまとった黒ローブの6人組だった。
なんか世界滅亡でも企んでそうな、あきらかにやばい集団だ。
(えっ、ちょっ……なに? え……? 待って……待って? ……え? いきなり……え? ど、どういう……こと? え? え?)
ドワーゴの動きがフリーズする。
しかし、まだこれで終わりではなかった。
その黒ローブの集団を割って、さらにやばい存在が店へと入ってきたのだ。
「――こんにちは~っ!」
それは、一見するとただの少女だった。
しかし、彼女が身に着けている神話級の杖とローブを見た瞬間――。
「……ぁ…………ぁあ…………あ……」
ドワーゴは即座に理解した。
――――――死ぬ。
ドワーゴの脳内に、その言葉が浮かび上がる。
一瞬遅れて、冷や汗がぶわぁっと流れ出る。
(えっ――なんで――待って――やばい――逃げ――無理――――死――――)
突然のことすぎて意味がわからない。
どうして、こんな店にこんな存在がいるのか。
店違いではないのか……そんな希望も芽生えたが。
「あのぉ……ドワーゴ・ニコドーさんですよね? Aランクの鍛治スキル持ちで、地底王国ドンゴワでSランクの魔剣を打ったっていう」
「……っ!?」
すでに素性まで調査されていた。
ずっと隠してきた過去が――たやすく暴かれた。
もはや、人違いということはありえない。
(や……やばいやばいやばいっ!? な……なんなんだよ、こいつは!? なんで、こんなやばいやつが、この店に……っ!?)
純粋に意味がわからなかった。
そうして、ドワーゴが混乱している間にも――。
こつ、こつ、こつ……と。
少女はドワーゴの余命を刻むように靴音を奏でながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、少女はドワーゴの前で立ち止まり――口を開いた。
「あのぉ……私がこれから『最強の剣』ってキーワードを言うと、会話の流れでドワーゴさんは『どれがオレの最高傑作か?』ってクイズを出してくると思うのですが、その答えは『傘立てにある朽ちた剣』で、その剣を復活させるために必要なアイテム『聖なる火種・高級炭×30・ミスリル砥石×10』も用意してきていますし、北のミスリル鉱山をこれから荒らす予定だったミスリルセンチピードの群れも退治してきたので、とりあえずSランク魔剣“殺刀・斬一文字”ください」
「……………………あ、はい」
というわけで、ローナは“殺刀・斬一文字”を手に入れたのだった。
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