第36話 秘密兵器を作ってみた


 よく切れるノコギリ――もとい、Sランク魔剣“殺刀・斬一文字”を手に入れたあと。

 夕日に照らされたウルス海岸にて。

 ローナは“水曜日”対策のための作業をしていた。


「プチウォール!」


 ごごごごごぉおおお……ッ!! と。

 ローナの一声で、砂浜から巨大な城壁がせり上がり……。


「からのぉ……一刀両断!」


 すぱん――――ッ!! と。


 ローナが刀を適当に振るたびに、巨大な城壁がバターのように切られていく。


「おぉっ、よく切れる! これなら、あの“秘密兵器”も作れるね!」


 というわけで、ローナはブロック状に切られた岩をいったんアイテムボックスに収納すると。


「――エンチャント・ウィング!」


 空を飛びながら、ずしんずしん……と、その岩を積み上げていった。

 積み上げた岩のブロックは、なぜかぴったりとくっつくため、岩の建築物を作るのは思ったよりも簡単だった。


「お、おい……誰だ、あのやばい子? すごいことしてるぞ」


「知らないのか? 新入りのローナ様だ」


「くそっ、接待しなくちゃならねぇのに……どこから褒めていいのかわからねぇ!」


 ローナは無邪気な子供が積み木遊びをするように、地形を組みかえていく。

 その異常な光景に、だんだん唖然としたような見物人も増え始め――。



(うわ……また、なんかやってる……)



 それを見かけた冒険者ギルドマスターのアリエスは、スルーしようか迷ったすえに声をかけることにした。

 1日にも満たない付き合いだが、すでにアリエスは理解していた。


(ローナちゃんを野放しにしたら、絶対にやばい!)


 ――と。

 アリエスは慌ててローナに歩み寄る。


「え、えっと、ローナちゃん? 今度はなにをしているの? 衝動的に地形を変えたくなっちゃった、みたいな?」


「あっ、アリエスさん! これは“DIY”です!」


「でぃーあいわい?」


「あれ、これもインターネットだけの言葉なのかな……? とりあえず、“水曜日”のための、すっごい秘密兵器を作ってます!」


「な、なるほど、すっごい秘密兵器を」


「はい! 完成を楽しみにしててくださいね!」


「わ、わぁ……楽しみぃ……」


 ローナ基準での“すごい秘密兵器”。

 なんだか、もう嫌な予感しかしなかったが……。


 とはいえ、ローナの作っているものは、ただの長細い岩の塔にしか見えない。

 強いて特徴を言えば、てっぺんが少しとがっているぐらいか。


「あっ、もしかして……避雷針? ここに雷を落として、水場にいるモンスターをまとめて感電させようという作戦なの?」


「え? ああいえ、えっと……説明が難しくて。それに失敗するかもしれませんし、とりあえず明日になればわかるかなー、と」


「……?」


 アリエスには、ローナのしたいことがわからなかったが……。

 ただ、ローナがこの町のために頑張ってくれているのは、よくわかった。


「なにかわたしにもお手伝いできることは……ありそうにないわね。とりあえず、作業が終わったら休んでね。明日は朝早くから決戦だから」


「はい! もう少ししたら作業も終わると思いますので!」


「ふふ……本当にありがとね、ローナちゃん」



 そうして、アリエスが去っていってから、しばらくして。

 ローナはついに完成した岩の塔――もとい“秘密兵器”の最終確認をしていた。


「えっと……場所はここで間違いないよね?」


 手元のインターネット画面に視線を落とす。

 そこに映っているのは、水曜日イベントの攻略動画なるものだった。


 映像の中で、モンスターは無尽蔵にわき続ける。

 倒しても、倒しても、倒しても……水曜日が終わるまでモンスターの発生は止まらない。


 そして、モンスターをどれだけ倒そうと――。

 次の水曜日になれば、ふたたび同じようにモンスターはわき続ける。

 それはおそらく、神々が“サ終”と呼ぶ、世界の終わりの日まで……。


(……こんなこと、言えるわけないよなぁ)


 正直、“水曜日”のスタンピードにただ対処するだけなら簡単だ。

 しかし、この町に一生とどまって、モンスターを倒し続けるわけにもいかない。

 だからこそ、ローナは少し頑張ってでも、この“秘密兵器”を作ることにしたのだ。


 ――この秘密兵器がうまく機能するかどうか。


 それに、この町の命運がかかっていた。



         ◇



 それから、ローナも宿に帰って眠りにつき――早朝。

 まだ日も出ていない時間帯に、冒険者たちはウルス海岸に集合した。


「さて……みんな、また“水曜日”が始まるわ」


 先頭に立ったアリエスが、静かに口を開く。


「今日もまた、モンスターの大群がこの町を襲撃するでしょう。みんなも知っての通り、これまでこの“水曜日”に多くの冒険者が挑み、敗れ……そして、逃げていったわ。“水曜日”とは、名誉も報酬も得られない、終わりのない死に戦みたいなもの。それでも、ここに残ってくれたみんなを……私は誇りに思うわ」


 その言葉に、ふっと冒険者たちは笑みを返す。

 ここにいる全員が、知っていた。

 誰よりも町のことを思い、誰よりも頑張っていたのは、アリエスであることを。

 だからこそ、彼らは今日までアリエスについて来たのだ。


「それじゃあ、最後にローナちゃんが提案してくれた作戦をおさらいするわ! まず盾役が海までモンスターをノックバックさせ、その隙にアタッカーは海に向かって雷属性攻撃を連発! そうすれば、モンスターたちは連続で麻痺になり――“麻痺ハメ”という状態になるはずよ! 打ち漏らしが出ても防壁部隊が対処するから、みんなは後ろは気にせず――攻めて攻めて攻めまくりなさい!」



「「「――おうッ!!」」」



 冒険者たちが威勢のいい返事とともに、それぞれの雷属性の武器を掲げてみせた。

 その後ろでは――。


「……ふんっ、装備が壊れたら持ってきな。『ドワーゴの鍛冶屋』の出張サービスだ」


「腹が減ったら来な! 今日は飯をタダで食わしてやるわよ!」


「オレたち漁師も、できるだけ魚をとってくる! これぐらいしかできないが……あとは任せたぞ、冒険者ども!」


 町から逃げようとしていた人々の中にも、「ただ守られているだけなのは嫌だ!」と参加してくれた人もいた。


(…………ああ)


 じわり、とアリエスの目頭が熱くなる。

 それは、彼女が夢にまで見た光景だった。


 今、この瞬間――町全体が初めて力を合わせたのだ。


 それは、ローナという、ひとりの少女のおかげだろう。

 もはや、ローナがここに来たときのような絶望しきった顔は、誰もしていない。


「……今日こそ、“水曜日”に勝つぞ」


「ああ、さすがにモンスターの数にだって限界はあるはずだしな」


「私たちの町を……“水曜日”から取り戻しましょう」


「俺たちならできる。だって――」


「ふっ……お前の言いたいことなら、みんな思ってるさ」


 人々がその瞳に希望の光を灯す。

 その瞬間、ここにいる人々の気持ちはひとつになっていた。




(((――ローナ様がいれば、なんか普通になんとかなりそう!!)))




 全員の視線がローナへと向けられる。


(……? なんか、やけに見られてるような……?)


 一方、ローナは首をひねりつつ、どこか不安げにインターネット画面を何度も確認していた。


(うぅ……緊張するぅ……うまくいかなかったらどうしよう)


 ちゃんと“秘密兵器”の準備もしたが、絶対に成功するとはかぎらない。

 もし、失敗した場合どうなるか……そんなのは決まっている。



『なんでローナさん、プチサンダーばっか撃ってたの?』


『……え?』


『なにMPケチってるの? 普通にギガサンダー連発だから。プチサンダーなら78回かかるけどギガサンダーなら52回。常識でしょ?』


『ケチんなよwww』


『しかも、最初は全員で星命吸収テラ・ドレインだから。理解者のみって言ったのに』


『アタッカーは星命吸収テラ・ドレインからギガサンダー18回撃ったあと、エルフの秘薬飲んでギガサンダー連発。基本だから』


『常識だな……』


『まあ、知ってたんだろうけど』


『MPケチってんじゃねーよ、カス』


『す、すいません、次からはやりま……』


『――ローナさんがギルドから追放されました』



(ひ、ひぃぃ……)


 ローナは思わず、その想像にぶるりと身を震わせた。


 そう、ローナは知っているのだ。

 大人数での戦闘の場合、誰かがミスをしたら――。


 ――すごくギスギスしてしまうということを。


 ミスをした人に対しては、今まで礼儀正しかった人もいきなり暴言を吐きまくるようになり、そのあげくにギルドやパーティーから追放されてしまうということを。


(せっかく仲良くなれた人たちとギスギスしたくないし、頑張らないと……っ!)


 ローナは頬をぱちんっと叩いて、気合いを入れ直す。

 なにせ、ローナはレイドクエスト初参加の初心者なのだ。

 個人戦闘力はあっても、作戦を理解できずに迷惑をかけてしまっては意味がない。


(で、でも……“基本的な攻略法”はちゃんと勉強はしたし、攻略サイト通りにやれば大丈夫だよね?)


 と、ローナが不安そうにしていたところで。


(…………あ)


 海の彼方から、ゆっくりと朝日がのぼり始めた。

 白光が闇を切り裂くように、新たな1日の始まりを告げる。


 そして、インターネット画面に表示させていた時刻が――。



 ――6時00分になった。



 水曜日クエスト開始時刻。

 それと同時に、攻略サイトを更新したローナは見た。



――――――――――――――――――――

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――――――――――――――――――――



「……は……始まった」


 ごくり、とローナが唾をのむ。

 しかし――ウルス海岸のどこにも変化は見られない。


「……出て……こない?」


「な、なんだ? モンスターが来ないぞ?」


 と、冒険者たちが警戒したように、辺りに目を走らせたところで。



「い、いや、違う……上だっ」



 誰かが、かすれた悲鳴のような声を漏らした。




「――上から来るぞッ!! 気をつけろッ!!」




 その声に反応して、ばっと冒険者たちが上を見ると――。

 上空に、禍々しい黒い穴がぽっかりと開いていた。

 そこから、ずずずずず……と、モンスターの体が産み落とされていく。


「……な、なんだ、これ……? 聞いてないぞ……?」


「今までと違う……?」


「嘘、だろ……おい、まさか」


 その場にいる人々の顔に、ふたたび絶望の陰がさす。

 それは、指揮官であるアリエスも同じだった。


(そ、そんな…………なんで……なんでなの!?)


 この日のために準備をしてきたのに。作戦も立てたのに。頑張ったのに。

 今回こそ“水曜日”を終わらせられるかと希望を持ったのに。

 まるで、それを嘲笑うかのように――。



 ――パターンが、変わった。



 1年以上ずっと変わってこなかったモンスターの出現パターンが、このタイミングで。


 …………ぎょろり、と。


 黒い穴から生えてきたモンスターたちの赤い目が、はるか高みから見下ろすように人間たちへと向けられる。

 その口が、無様に地を這っている人間を嘲笑うかのように、にちゃあ……とつり上げられる。


(ま、まさか……対策を、された?)


 アリエスが、はっとする。

 どうして、『モンスター側が対策をしない』と考えてしまったのだろう。


 ただ、わかることはといえば。

 今、この瞬間――あらゆる作戦が、計画が、準備が……無駄になったということだけだ。


(そ、それでも……っ!)


 アリエスは震える膝を叱咤して、立ち上がる。

 絶望している暇はない。自分はこの港町アクアスのリーダーなのだ。


 まだ終わってはいない。まだ始まってすらいない。

 あきらめるには――まだ早い。

 アリエスは自らをそう奮い立たせて、すぅっと息を吸いこんだ。




「総員かまえっ! 始まるわよ――“水曜日”がっ!!」




「「「――ッ!!」」」



 その声で、冒険者たちが我に返ったように、一斉に武器をかまえ直す。


 そして……朝日がのぼりきった。

 それと同時に、上空の黒い穴から産み落とされたモンスターたちが、冒険者たちへ向けて一斉に降りそそぎ――。




 ひゅううううぅぅ~……ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! ぼとっ! ぽふんっ! 





 モンスターが次々と――落下死した。


「「「……………………は?」」」


 ぽふんっ! ぽふんっ! と煙が上がり、モンスターたちが次々とドロップアイテムへと変わっていく。


 そんな光景を、その場にいた誰もが固まったまま眺め続けていた。

 しかし、ただひとり――。



「――うん、インターネットに書いてある通り♪」



 ローナだけは、そんな上機嫌な声を上げていた。

 冒険者たちの顔が、ぎぎぎ……とローナのほうへと向けられる。


「…………あっ」


 ローナは説明を求めるような視線が、自分に集まっていることに気づくと。

 少し言葉を選ぶように、頭をかいてから。




「えっと――たぶん、これが一番早いと思いますっ!」




 にこっと無邪気な笑顔で、そう告げたのだった。


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