第5章 レイドクエストに参加してみた

第28話 港町を観光してみた


「――わぁ、海だぁっ!」


 エレクの雷湿原を、とくに何事もなく抜けたあと。

 ローナが丘の上から眼下を見わたすと、そこには宝石を散りばめたようなスカイブルーの海が広がっていた。

 その海沿いに立ち並ぶのは、眩しいほどの白亜の街並み。

 その光景は、まさに――。


(――さっき、インターネットで見たやつと同じだ!)


 予習は基本だった。

 むしろインターネットで見たときのほうが、もっと綺麗だった気もするが……。

 それでも、ローナは目をキラキラさせたまま、改めて手元のインターネット画面に視線を落とす。



――――――――――――――――――――

■地名/【港町アクアス】

 メインストーリー序盤に訪れる町。

 港町だけあって店売りのアイテムの種類が多く、砂浜では【釣り大会】や【ビーチバレー】などのミニゲームを楽しむことができる。

 また、この町から船に乗れるようになり移動先が一気に増える。

 名物は【かにかにランチ】【アクアスパッツァ】【シーソルトソーダ】など。

――――――――――――――――――――



(とりあえず、『王都行きの船が出る』って聞いて来たけど……シーフードも食べられるし、遊ぶところも多いみたいだし、本当に来てよかったぁ! やっぱり、一度は海も見てみたかったしね)


 しみじみと深呼吸をすると、海から吹いてくる風が肺いっぱいに流れこんでくる。


(お、おぉぉ……これが“潮の香り”っ! たしか、海の生き物の死骸のにおいで、人の口臭と同じにおいなんだよねっ!)


 インターネットで変な知識をつけ始めたローナであった。

 とはいえ、海を初めて見たローナには、目に映るもの全てが新鮮で。

 インターネットではわからない空気感のようなものも体感できて、ローナのテンションはいつもより上がっていた。


(おぉお……すごいっ! 海! 広いっ! うわっ、あんな大きい船が浮かんでる! すごいっ! 海! すごいっ!)


 ローナはもっと遠くまで見ようとぴょんぴょん飛び跳ねるが、海の果てはまったく見えず。


「ははっ。元気だなぁ、嬢ちゃん」


「……っ!」


 やがて、後ろを馬車で通った商人(美少女)にくすくすと笑われて、はっと我に返る。


「こ、こほん……とにかく、町に入らないとね」


 ローナは少し顔を赤らめながら、わざとらしく咳払いすると。

 さっそく町へと足を向け――。



「それじゃあ――猪突猛進っ!」



「ぬわっ!?」


 ずどどどどどどどどどォオオ――ッ!!

 と、土煙を盛大にまき上げながら、街道を爆走し始めた。


「な、なんだったんだ……あの子……?」


 先ほどすれ違った商人が、目をぱちぱちさせている間にも、ローナは港町アクアスの市門前まで到達し――。



「――こんにちは~っ!」



「な、何者だっ!? それ以上、近づくな……っ!」


「う……うわああぁああぁあああ――っ!?」


「襲撃! 襲撃ぃッ! 退くな! 私たちの町を守れぇえッ!」


 そんなこんなで、なぜか衛兵たち(美少女)に槍や弓を向けられながら。

 ローナは冒険者カードを見せて入市のための手続きをした。


「あ、ああ、冒険者だったのね。しかも……シルバーランク!? その歳で!?」


「す、すまないね、武器を向けて。ここのところモンスターが多いから、つい……」


「そうなんですか? 大変そうですね」


 たしかに、衛兵たちは疲れた顔をしているし、武器や鎧もボロボロになっていた。なにかトラブルでも起きているのだろうか。


「もしかして、この子……この町の状況を知らずに……?」


「……でも、シルバーランクなら、この町を……」


「やめなって……さすがに、こんなかわいらしい子を巻きこむのは……」


「……? どうかしたんですか?」


 なにやらひそひそ話しだした衛兵たちを見て、ローナが首をかしげると。

 衛兵たちは、なぜかローナを気の毒そうに眺めた。


「いえ、そのね……? あなたは腕に自信があるかもしれないけど……悪いことは言わないわ。明日になる前に出ていったほうがいいわよ」


「明日?」


「……ええ」


 衛兵がなぜか重々しく頷くと。

 その言葉を発することさえ恐れるように、震えた声で言った。



「明日は――“水曜日”だからね」



「……? そうですね?」


 と、よくわからない言葉に首をかしげつつ、ローナは町へと入った。

 それから、インターネットの地図を頼りに宿屋へと向かうと。

 やつれた顔をした宿屋の娘(美少女)に出迎えられた。


「……こんな時期にお客さんなんて珍しいね。この町になんの用?」


「観光です。急ぐ旅でもないので、とりあえず1週間ほど滞在したいなー、と」



「……正気? 明日は……“水曜日”だよ?」



「はい?」


 なにやら、ここでも変な目で見られてしまった。


(……なんだろう? 水曜日?)


 謎めいた言葉に、少しだけ気になるも……。

 べつに水曜日が来たからって、なにが起こるとも思えない。


(まあ、あとでゆっくり“ぐぐる”すればいっか! それより、今は観光だね! ふへへ……お金もけっこうあるし、1週間ぐらいバカンスしても誰にも文句言われないもんね~)


 新鮮な海産物に、砂浜でのミニゲームに、遊覧船……。

 見たいものや食べたいものが、たくさんある町だ。

 観光しないなんて、とんでもない。

 そういうわけで、ローナは宿で軽く休憩したあと、さっそく魚市場へと向かってみた。


(新鮮なシーフードかぁ……どんな味するのかなぁ。楽しみだなぁ)


 魚の干物や塩漬けは内陸部でもよく食べたが……新鮮な海産物というのは、めったに出回らない高級品だった。屋敷にいたときも食べさせてもらえなかったし。


「えっと、魚市場はここかな?」


 と、ローナはわくわくしながら魚市場へと入る。

 インターネットによると、そこには色とりどりの魚や貝が並べられ、活気のある売り子たちの声が飛びかい、屋台からはハイパーサザエをあぶる煙が立ちのぼっている……はずだったが。


「あ、あれぇ……うーん?」


 思わず、ローナはインターネットの地図と、周りの建物を確認した。

 やはり、ここが魚市場で間違いないはずだ。

 しかし――。


(……な、なにこれ? 店が……全部、閉まってる?)


 魚市場はがらんとしていた。

 店主や客の姿はなく、どこもかしこも無人。

 魚を並べるための棚は何者かに壊されている。


 もはや、寂れているというレベルではない。

 事件性を感じさせる閑散具合だった。

 お腹をすかせているらしい猫たちが、にゃあにゃあとローナの側へと集まってくる。


「な、なにかあったのかな……?」


 猫に尋ねるも、にゃあっと首をかしげられるだけだった。

 とりあえず、ローナはきょろきょろしながら市場通りを進んでみるが……行けども行けども、人の姿は見えず。


(し……シーフード……)


 さすがに、これでは観光どころではない。

 この町の人たちはどこへ消えたのか……と思っていたところで。


「……ん? あれ、こっちから声が?」


 遠くから、かすかに喧騒が聞こえてくる。

 そちらへと足を向けてみると、やがて市場通りを抜けて、船着き場へと出た。

 そこで目に入ってきたのは――。



「お願いだぁあっ! 船に乗せてくれぇえっ!」


「うわぁああっ! 逃げろぉおおおっ!」


「この町はもうおしまいだぁああっ!」



 世界の終わりみたいにパニックになった住民たちが、船着き場へと押し寄せている光景だった。


(……うん……なんか、最近こんなのばっかだなぁ)


 ちょっと慣れてきたローナであった。

 というか、自分が町に入るたびに、こんな光景と出くわしているような気がする。

 それに思い返せば、ただ町を歩いているだけでも、やたらと困っている人や事件に遭遇してきたような……。


(……あ、あれ? 常識的に考えて、事件に遭遇しすぎじゃない? もしかして呪われてるのかな、私……?)


 なんだか少し怖くなってきた。


(で、でも、今回はまだなにもやってないし……私は悪くないよね?)


 記憶をたどってみるが……ローナがやったことはといえば、ちょっと雷湿原を氷の大地に変えたり、雨宿り先で黒ローブの集団と仲良くなったり、超高速で町へと接近して衛兵たちを驚かせたぐらいだ。

 とくに騒がれるようなことをした覚えはない。


(とりあえず、考えていてもわからないし……)


 というわけで、近くにいた人(美少女)に事情を聞いてみることにした。


「あのぉ、騒がしいですが、どうしたんですか?」


 そう尋ねてみると。



「き……決まってるでしょ! 逃げるのよ――“水曜日”から!」



「水曜日?」


 また“水曜日”だった。

 ローナがきょとんと首をかしげていると、その町民はなぜか弁明するようにまくし立ててくる。


「す、“水曜日”が悪いんだ……っ! あたしたちだって故郷の町を捨てたくなんかない! だけど、この世に“水曜日”なんてものがあるからっ!」


「なるほど」


 ちょっと意味がわからない。

 なにを言っているんだろう、この人。

 しかし、他の人の声にも耳をすませてみれば――。



「い、いやだぁああっ! “水曜日”は、もう嫌なんだぁああっ!」


「俺から全てを奪った“水曜日”が――――憎い」


「おのれ、“水曜日”めぇえ……ッ!!」



(…………水曜日への憎しみがすごい)


 意味はわからないが、本人たちは真面目なようで。

 さすがのローナもなにかあると気づき始める。


(いったいなにが……いや、考えるの面倒臭いし、とっととインターネットで調べよっと)


 攻略サイトの検索欄にとりあえず『水曜日』と入れてみると、すぐにそのページを発見した。


「こ……これは……っ!」


 思わず、ローナは目を見開く。

 そこに書かれていたのは――。



――――――――――――――――――――

■曜日クエスト/【水魔侵攻レイド】

【開催場所】:【港町アクアス】

【開催日時】:水曜日6:00~23:59

【参加条件】:冒険者ランク・ブロンズ以上

【参加報酬】:クリアランクに応じた報酬

【推奨レベル】:20~50

◇説明:水曜日は【港町アクアス】でモンスターが大量発生♪

 水属性素材ドロップ確率2倍&経験値2倍!!

 スコアに応じて豪華報酬もゲットできるお得なチャンス♪

 フレンドと一緒に参加しよう☆(※公式SNSより抜粋)

――――――――――――――――――――



(うん……なんかノリが軽いけど……たぶん、これだね)


 こうして、ローナは知る。

 特定の曜日になると起こる、謎のモンスター大量発生。

 それを、神々の言葉でこう呼ぶらしい。



 ――――『曜日クエスト』、と。


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