第27話 みんなで“まよねぇず”を作ってみた
ローナが廃教会に入ってから、しばらく経った頃。
ローナは黒ローブ集団とともに、廃教会の台所にいた。
「えっと、まず卵と酢を混ぜて……あっ、オリーブオイルは少しずつ入れるのがポイントみたいです」
「……う、ぐ……うぉおおお……ッ!」
「……くっ……はっ……はぁ……っ」
「……信仰を……信仰を、捧げよ……ッ」
そんなふうに、みんなで楽しくボウルの中の“卵と酢と油の混合物”をかき混ぜていく。
今、作っているものは――“まよねぇず”という料理だ。
インターネットによると、これは“神々が愛する
なんでも、神々はこの“まよねぇず”を吸引しなければ生きていけず、異世界に行くときはとりあえず“まよねぇず”を作るのが基本であり、さらにはエネルギーが豊富に含まれているため非常食・携帯食としても優れているのだとか。
イフォネの町にいたとき、たまたま神々が話をしていて気になっていたのだが……。
(材料を買っておいてよかったね。ちょうどいい暇潰しにもなったし)
それに、黒ローブの人たちもお腹をすかせていたのか、積極的に協力してくれていた。
(……なるほど、あの忌まわしき“エルフの薄焼き菓子”みたいなものか)
(……たしかに、神々の携帯食なんてものが完成すれば、補給の概念が……戦争そのものが変わるぞ)
(……なんという深遠なお考えだ)
黒ローブ集団がぼそぼそと話し合う。
(……だ、だが……この卵と酢と油の混合物が、本当に固まるのか……?)
(……おい、貴様……“あのお方”への疑いは、死を意味すると思え)
(……これは試練だ……今こそ信仰心を、見せるときッ)
(……あっ、ぁあぁああ――ッ!! も、もう嫌だぁあ……もう“まよねぇず”など作りたくな――ッ)
(――当て身ッ!)
(ぐはぁッ!)
一方、ローナは、黒ローブ集団の様子など、つゆ知らず。
「えへへ」
と、にこにこ笑っていた。
「なんだか、こういう“みんなでやる作業”って楽しいですね!」
「「「…………はい」」」
しかし、それからしばらく経っても、ボウルの中の液体は固まらず――。
(うーん……なかなか、うまく固まらないなぁ。黒ローブの人たちもできてないっぽいし、なにかテクニックみたいなのが必要なのかなぁ――あっ、そうだ! いいこと思いついた!)
ローナは手元にあるインターネット画面を見る。
そこに表示されているのは、“レシピ動画”なるものだ。
インターネットの力を知られるのはまずいが……思えば、このレシピ動画を見せただけでは、『インターネットが神々の知識を得られるスキル』ということまではわからないだろう。
(えっと、“プライベートモード”をいったん切って、と)
みんなに見えるようにインターネット画面をできるだけ大きくして、音量も最大にする。
「みなさん、これを見てください!」
「……それは?」
「これは、“レシピ動画”というものです! えっと、説明は難しいんですが、これはいろんなものの作り方を教えてくれるもので……ともかく、見ればわかると思います!」
「……ほぅ?」
そして、黒ローブ集団が見守る中、ローナが再生ボタンを押し――。
それは、始まった。
『――そ……そんなとこ“育成”しちゃダメだよ♡ お兄ちゃん♡』
再生したはずの動画とは違う、謎の動画。
それは――えっちな感じの動画広告だった。
(……えっ、あれ!? な、なんでぇえっ!?)
頭が真っ白になってわたわたするローナ。
動画タイトルを確認するが間違えてるわけではない、
(あっ、これも広告!? でも、いつもの×印がない!? ど、どうすれば……あっ、この『広告スキップ』ってとこをさわればいいのかな……って、広告スキップまで、あと13秒!?)
地獄のような空気の中、無慈悲にも音量MAXで広告は流れていく。
『にぃに♡ わたしを“育成”してほしいの♡』
(……な、なんだ、これは……絵が動いてるのか!? し、しかし――)
『ふ、ふんっ♡ べつに、にいさんに“育成”してほしいだなんて……ちょっとしか思ってないんですからね♡』
(……こ、これが“あのお方”が見せたかったもの……?)
『“育成”は……不要……でも、この気持ちは……なに? あたた……かい……♡』
(……“あのお方”が見ればわかるとおっしゃったのだ……深淵な意味があるはず、だが)
『おにーさまのためなら、わたしはまだ――羽ばたけるっ♡』
(わ、わからぬ……“お兄ちゃん”とは……“にぃに”とは、なんなのだ!?)
(((――我らは今、なにを見せられているのだ!?)))
『さあ、君だけのえっちな妹を作り上げろ!』
『リリース記念キャンペーン開催中! 今すぐ「シスマス」で検索!』
「「「………………………………」」」
広告が終わり、地獄のような沈黙が部屋を包みこんだ。
(う、うぅ……き、気まずい……)
ローナも動画再生ボタンを押すことを忘れて、無言で顔を覆っていた。
それから、どれだけの時間が経っただろうか。
「……これが、見せたかったもの……そうか……」
「……皆の者、“なすべきこと”は、わかったな?」
「ああ……では、始めようか、同胞たちよ」
「「「――我らだけの“えっちな妹”を作り上げるのだ!!」」」
「やめてください」
そんなこともあったが、改めて再生した“レシピ動画”によってマヨネーズ作りは順調に進み。そして、ついに――。
「で、できた……できたぞぉおおお――ッ!!」
やがて、黒ローブのひとりが、歓声を上げながらボウルを高々と掲げる。
その中には、べちゃっとした白いものがあった。
「わぁ! それです! これが“まよねぇず”です!」
ローナも歓声を上げて、「いぇ~い!」と黒ローブ集団とハイタッチをしていく。
「……これぞ……我らの信仰の証……」
「……ふっ……“やり遂げた”、な」
「……だが、なぜ……固まるのだ? 魔法もスキルもなしに……」
「……これは錬金術の深奥……“スキル”や“魔法”といった世界のシステムから逸脱した叡智の結晶だ」
「……っ! “あのお方”は、その存在を伝えるために……」
よほどうれしかったのか、黒ローブの人たちのテンションも上がっているようだった。
(“まよねぇず”作りを楽しんでもらえたみたいでよかった)
と、ローナまで少しうれしくなってくる。
「そうだ! “まよねぇず”完成記念に、みんなで記念撮影をしましょう!」
「「「――っ!?」」」
そう、ローナはこんなときのために、イフォネの町で“カメラ”を買っておいたのだ。
貴重な
というわけで――。
「撮りま~す! 1+1は~?」
「……2だ」「……愚かな、引っかけだ」「……そう、全ての条件下で『1+1=2』は成立しない……」「……万物の理は、ひとつにあらず……」
「……ゆえに、答えは“沈黙”」
――カシャッ!
『祝☆まよねぇず完成記念!』『我らの絆は永遠だよ☆』と書かれた垂れ幕の前で、みんなで思い思いのポーズを取り、たくさん写真を撮っていく。
「わぁ、“エモい”感じに撮れてますよ!」
「……“エモい”」
「……くくく……“
「……貴様ら、気を抜くなっ……まだ“盛れる”はずだっ」
さっそく黒ローブの人たちも、ローナから教わった“神々の言葉”を使いながら、皿に盛った“まよねぇず”の山を、飾り切りしたフルーツなどでデコっていく。
そんなこんなで、“まよねぇず”の撮影会も終わり。
「――いただきま~す!」
いざ、実食。
みんなでテーブルを囲んで、スプーンで白いべちゃべちゃの塊をすくい上げて、口に運ぶ。
神々が愛する料理――“まよねぇず”。
はたして、そのお味は……。
「…………うん」
7人分のスプーンが、ことりとテーブルに置かれた。
ローナも含めて、みんなの気持ちがひとつになる。
(((…………調味料だ、これ)))
◇
黒ローブ集団との“まよねぇず”作りを終えたあと。
ちょうど雨もやんだようなので、ローナはみんなに写真と“まよねぇず”を配っていた。
「――というわけで、“まよねぇず”は冷暗所で2週間ほど保存が効くそうなので、それまでに食べてくださいね。あっ、失敗したやつもドレッシングにするとおいしいらしいです」
「……ありがたき幸せ」
「……大切に神殿に
「まつる?」
「……それと、我らからはこれを」
と、黒ローブ集団が荒削りの水晶のようなものをわたしてきた。
「これは?」
「……“召喚石”といわれる
「……これに登録された者を“召喚”することができます」
「……もしも、我らの助力が必要なときは、これを使ってお呼びください……いつでも駆けつけましょう」
「わぁ! ありがとうございます! これで、私たちは“ズッ友”ですね!」
「…………“ズッ友”?」
なんだか、すごく価値のありそうなものをもらってしまった。
ローナとしては、ただ水を分け与えただけなので悪いなと思いつつも、せっかくの厚意なので受け取っておく。
ちなみに、インターネットで〝召喚石〟について調べてみると。
――――――――――――――――――――
■アイテム/【召喚石】
ソロプレイ時に一緒に戦ってくれるNPCを呼ぶための水晶石。基本的には【召喚】で手に入るが、クエスト報酬やNPCの好感度報酬で入手できることもある。
――――――――――――――――――――
とのことだった。
インターネットの説明はよくわからない部分も多いが、とりあえず〝仲良しの証〟みたいなものらしい。
「それじゃあ、いろいろとありがとうございました! またお会いしましょう!」
ローナは満面の笑みで手を振ると。
【エンチャント・ウィング】を発動して、背中から白い光の翼を生やして飛び立った。
それを見送った六魔司教の面々は、ようやく緊張が解けて、「……ふぅ」と一斉に肩から力を抜く。
「……嵐のようなお方だったな……」
「……ああ……だが、最高の時間だった」
「……このような気持ちを抱いたのは、いつ以来か……」
「……滅ぼすことしか知らぬ我らが……なにかを作りだすことになるとはな」
「…………ふん」
それから、彼らは目の前に視線を向け――。
「……それより、なぜ雷湿原が凍っているのだ?」
「…………知らん」
一方、ローナは次の町へ向けて飛びながら。
(なんだか、すごく親切な人たちだったなぁ……)
と、しみじみと思い返していた。
なんだかんだで、こういう旅先の一期一会も悪くない。
(やっぱり、旅って楽しいなぁ……本当に、旅に出てよかった)
たくさん綺麗な景色を見られるし、たくさんおいしいものを食べられるし、今日みたいにいろいろな人と出会うことができる。
そのきっかけをくれたインターネットには感謝しかない。
(それはそうと、次の町――『港町アクアス』はこっちか)
ローナはインターネットの地図を改めて確認する。
近道をするつもりが、けっこう時間をかけてしまったが……。
休憩もできたし、英気も養えた。
――港町アクアス。
そこから船に乗れば、目的地の王都まですぐそこだ。
――――――――――――――――――――
というわけで、短めですが4章終了です! ここまで読んでいただきありがとうございました!
※2024-04-09 修正:「シスロワ」→「シスマス」
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