第26話 旅人と交流してみた


(ふぅ……たまには、雨音を聞きながら、お茶っていうのもおつだよね~)


 雨宿りのために廃教会を訪れたローナ。

 彼女はたまたま雨宿り先に置いてあった椅子がひとつ余っていたので、ラッキーとばかりに座らせてもらい、アイテムボックスから出した熱々のイプルティーをまったりと楽しんでいた。


(先客がいてくれたのも運がよかったね……なんかお化けとか出そうな雰囲気の場所だし、ひとりじゃ怖かったかも)


 同じ長卓に着いている黒ローブの集団を見る。

 なんか、ぼそぼそと小さなかすれ声で話しているため、話の内容はわからないが……。

 たぶん、この人たちも雨宿りに来たんだろう。雨合羽みたいな服を着ているし。


(それにしても……)


 と、ローナは廃教会の中を、きょろきょろと見回した。


(……インターネットに書いてあった通り、本当になにもないところだなぁ)


 やることもなくて退屈なので、あくびまじりにインターネットをいじる。

 その側では――。



「「「――っ!?」」」



 ローナが身じろぎするたびに、黒ローブ集団が、びくっ! びくくっ!! と身がまえていた。


(……お、おい、まさか……誰もあの少女のことを知らないのか?)


(……いや、なんか普通に入ってきたから、誰かが知っているものとばかり……)


(……我も、誰かが触れるのを待っていたというか……下手に名前を尋ねたら消されそうなオーラ出してるし)


 黒ローブ集団が、こそこそと謎すぎる“少女”について話し合う。

 彼女はまるで『なにも考えずに雨宿りに来ただけ』みたいな顔をしているが……そんなはずはない。この古代教会は、即死級の雷の結界に、雷獣エレオンを始めとした強力なモンスターたちに守られているのだから。


(……おそらく、上位の教団幹部だとは思うが)


(……ああ、あれだけの力を持っているうえに……この場所を知り、当たり前のように“上座”に着いたのだ……そういうことなのだろう)


 六魔司教の会議では、上座には誰も着かないことが慣例だった。

 それは、六魔司教内で序列づけをしないという理由ではあったが……それでも、六魔司教を差し置いて上座に着ける者など、教団内に数人もいないはずだ。


 しかし、このような“少女”の存在は聞いたことがない。

 ここまで力のある存在がいれば、噂ぐらい聞かなければおかしいはずなのに、だ。


(――い、いったい、この“少女”は何者なのだ?)


 わからない。なにもわからない。

 ともすれば、『つい最近いきなり世界最強クラスの力を手に入れた一般少女が、たまたまここに雨宿りに来ただけなのでは?』というありえない妄想すら浮かんでくる。

 と、そこで。


(……まだわからぬか、同胞たちよ)


 そう震え声を上げたのは、黒ローブ集団のひとりだった。

 それは、“角”の司教タクトス。この六魔司教の中で、もっとも頭の切れる者だった。


(……なにかわかったのか……“角”よ……)


(……うむ……あの“少女”が着ているローブを見よ)


(――っ!)


 そこで、黒ローブたちは気づく。


(あの模様に、あの秘められし力――まさか!?)


(ああ……我は一度だけ、古代遺跡ダンジョンの壁画で見たことがあるが……あれはまさに、“終末竜衣ラグナローブ”――“あのお方”が人間時代に愛用していたローブにほかなるまい)


 ――終末竜衣ラグナローブ。


 それは、あらゆる魔法を弾き、持ち主に翼を与えたといわれる神器だ。

 邪竜教団の者たちからすれば信仰の対象でもあるローブ。


(しかし……そのローブは“あのお方”とともに地底に封印されていたはずだが……)


(ま、まさか――っ!?)


 黒ローブたちがはっとして、ローナを見る。

 なぜ気づかなかったのだろう。ヒントならばいくらでもあったというのに。

 ごごごごごご……と、六魔司教をも震え上がらせるほどのオーラ。どこか気品を感じさせる所作。たとえ伝承とは違えど、間違えようもない。

 この少女こそ、まさに――。



(((――“あのお方”だ!!)))



 黒ローブたちの中で、今――全てがつながった。

“あのお方”の封印が解かれたという話は聞いていなかったが……封印されている竜の肉体を捨てて、別の肉体に魂を移したのだろう。


 そして、なにも言わずに近づいてきたのは、おそらく姿が変わっても自分に気づけるかどうか、そして変わらぬ信仰を捧げられるかどうかを試すためなのだ。

 そう考えると、全ての辻褄が合う。

 と、黒ローブたちが確信を得ていた一方で。


(……? なんか、さっきからすごい見られてるなぁ)


 ローナはインターネットをいじりつつ、不思議そうに小首をかしげていた。


『なにか知らないうちにマナー違反をしたのでは?』と、幼い頃から学んできた礼儀作法を意識してお茶を飲んだりしてみたのだが。

 むしろ、さらに視線を感じるようになった気もする。


(はっ! もしかして、この人たち――)


 と、そこで、ローナはひとつの可能性に思いいたった。

 とりあえず、可能性を検証するために……。


(――アイテムボックス!)


 ローナは虚空をぐにゃりと歪めて、そこからティーポットを取り出してみた。

 すると、ローナが思った通り、黒ローブ集団がびくっと反応する。


(……お、おい……なんか空間が歪んだぞ……)


(……え……なにそれ、怖い……)


(……い、いったいなにが……? スキルを発動した素振りもなかったぞ?)


(……わ、わからぬ。だが、我らは今、“あのお方”の力の一端に触れているのだっ!)


 全身を震わせながら、拝むように両手を合わせる六魔司教の面々。

 その様子を見て、ローナは確信する。


(やっぱり、そういうことか……)


 思えば、ヒントならたくさんあった。

 この黒ローブの人たちが、荷物を持っていなかったこともそうだ。

 おそらく、外の雷でほとんどの荷物が焼けてしまったのだろう。それからローナと同じように、慌ててこの廃教会に駆けこんできたに違いない。

 そして、最後の『お願いします』『ください』と言わんばかりに両手を合わせるポーズを見れば……さすがに、どれだけ察しが悪くてもわかるだろう。


(この人たち……喉がかわいてるんだ!)


 ローナの中で、今――全てがつながった。

 ずっとぼそぼそかすれ声で話していたのも、こちらをちらちら見てきたのも、喉が渇いてローナが飲んでいるお茶を気にしていたと考えれば……全ての辻褄が合う。


「あ、あのー、みなさんも飲みますか?」


 とりあえず、ローナがちょっと勇気を出して、ティーポットと予備のコップを差し出してみると――。


「……し、試練は、“合格”ということでよいのですか……?」


「……ああ、なんと慈悲深い……っ! 感服いたしましたっ!」


「……我ら一同、永遠にあなた様について行きますっ!」


「わっ」


 声を震わせながら、ひざまずいてくる黒ローブ集団。


(そ、そんなに喉がかわいてたのかな? とりあえず、怖そうな人たちじゃなくてよかったぁ)


 ローナは少しほっとする。

 すごく礼儀正しい人たちだし、これならもっと早く話しかけていればよかったかもしれない。


(うん! こういう雨宿り先での交流とかも、旅の醍醐味だよね! なんか今……すごくに旅をしてるって感じがする!)


 思えば、これまでの旅は、まともな旅とは程遠い感じになってしまっていたが……。

 ローナが本を読んで憧れた旅とは、そもそもこういうものなのだ。

 行く先々で、天変地異が起きたり、世界征服の陰謀が渦巻いていたり、救世主だと崇められたりする必要はない。


(そうそう……旅っていうのは、こういうのでいいんだよなぁ)


 と、ローナはにまにまとドヤ顔をするのだった。




――――――――――――――――――――

次回、「みんなで“まよねぇず”を作ってみた」

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