第24話 ググれカス


 ローナが町を出た頃。

 ググレカース家の屋敷にて――。


 ググレカース家の当主ブラウは、ひたすら混乱していた。



『――ググレカース卿……俺たち、もうこの仕事降ります』



「な、なに……?」


 執務机の通信水晶を通して届くのは、そんな言葉だった。

 それも相手は、ググレカース家が獲得のために手を尽くした高ランクスキル持ちたちだ。


「……ま、待て! どうしたんだ、いきなり!?」


『どうしたって……そんなの決まってるだろ!』

『偽情報わたして、あんな化け物にけしかけやがって!』

『俺たちの命をなんだと思ってるんだ!』


「ば、化け物……? 待て、化け物とはなんだ?」


『しらばっくれるな! ローナ・ハーミットのことだよ!』

『ば、バカ! “例のあの人”と呼べ!』

『やつに聞かれたらどうするんだ!?』


「は、はぁ……? なにを……?」


 ブラウの混乱に拍車がかかる。


 ――ローナ・ハーミット。


 それは“SSSランク”という最弱ランクのスキルを発現させたため、1週間前に追い出した娘の名前だ。


 今ではイフォネの町で有名人になっているようだが……。

 それはググレカース家の名を使ったためだろう。

 そうでなければ、ただの低ランクスキル持ちの浮浪者が話題に上がるはずもない。


 そのため、ググレカース家の名に傷がつく前に処理しようと、暗殺スキル持ちたちをけしかけたのだが――。


『くそっ! よくも、低ランクスキル持ちだなんてだましたなっ! 捨て駒にしやがって!』

『前々から気に入らなかったが、もう限界だっ! あんたらとはもうやってけねぇよっ!』

『あんたらが悪いんだからな! なにしたか知らないが、あんなのと敵対するなんて!』


「な、なんのことだ……? お、おい――っ!?」


 ブラウが止める間もなく、通信がぶつんっと途切れる。

 それから、彼はしばらく放心したあと。


「な……なにが起きているのだ……?」


 と、わなわな震えだした。


 このような通信を受け取るのが、今回が初めてではない。

 今日だけでも多くの高ランクスキル持ちたちが、ググレカース家から離反してしまった。


「ど、どうしてこうなった……?」


 つい1週間前までは全てが順調だったのだ。


 希少なAランクスキル持ちであるエリミナ・マナフレイムの獲得にも成功した。

 ザリチェ・ベノムガーデンと共謀することで、エルフの隠れ里を滅亡一歩手前まで追いつめることにも成功した。


 これから、ググレカース家が栄華を極める時代が来るはずだった。


 だというのに、1週間前……。

 娘のローナを追放してから全ての歯車が狂いだした。


 突然の大霊脈の消滅。

 イプルの森で次々と発生する天変地異。

 エリミナの裏切り。ザリチェの計画の失敗。

 高ランクスキル持ちたちの大量離反……。


 そして、その騒動の中で、いつも出てくる名前が――。


 ――ローナ・ハーミット。


 つい先日、家から追い出した娘の名だった。


(な、なぜだ……? やつは、SSSランクの最弱スキル持ちではないのか? やつには、なんの力もないはず……それなのに、どうして当家自慢の高ランクスキル持ちたちがやられているのだ……?)


 状況はわからないことだらけだ。

 しかし、ローナをこのまま放置していてはまずいことだけは理解できる。


 あきらかに、ローナはなにかしらの力を持っている。

 このまま敵対するのは得策ではないだろう。


(ならば……いっそのこと、家につれ戻すか? 『貴族の生活に戻れる』と餌をちらつかせれば、向こうから飛びついてくるだろうしな。それで有用なスキルを持っていることがわかれば、そのまま飼い殺せばいい)


 そう考えて、ブラウはさっそくイフォネの町にいる部下に通信をつないだ。


「おい! あの娘――ローナの暗殺はやめだ! 今すぐ我が屋敷へとつれて来い!」


『し、しかし、ググレカース卿……っ! それは困難かと……っ!』


「なぜだ!? 私がつれて来いと言っているのだぞ!?」


『い、いえ、それが……現在、ローナ・ハーミットは、口笛を吹きながら草原を爆走している模様! あまりにも速すぎて追跡は不可能です!』


「どういうことだ!?」


『わかりません! ――って、あぁっ!?』


「今度はどうした!?」


『ローナ・ハーミットが、翼を生やして空へと飛び立ちました!』


「ど、どういうことだ!?」


『わかりません!!』


 ダメだ、情報を聞いてもなにもわからない。

 あの娘がなんなのかもわからない。

 

(空を飛んだ、だと……? そんなスキルは聞いたことがないぞ……? もしそれが本当なら、それだけでもつれ戻す価値があるが……しかし、どうやって捕まえればいい? 領外に出られたら追跡はできなくなるぞ……?)


 と、ブラウが思考をめぐらせていたところで。



「――父上! 大変だ!」



 と、息子のラウザが慌てて執務室に飛びこんできた。


「今度はなんだ!?」


「こ、この屋敷に……王宮騎士とエルフたちが!」


「は……はぁあッ!?」


 ブラウが素っ頓狂な声を出しながら、窓へと飛びついた。

 窓の外を見ると、そこには――。


「……ひっ!?」


 無数のエルフたちが、ぞろぞろと屋敷を取り囲んでいた。

 さらに少数ではあるが、王国の紋章旗を掲げた王宮騎士の姿も見える。


 それはつまり、王家の意向によってググレカース家が襲撃されているということで――。


(な、なにが起きているのだ……!? まさか、エルフの隠れ里での計画がバレたのか!? それとも大霊脈の消滅の件がバレたのか!? くそっ、なんにしても早すぎる!?)


 想定外の急襲だ。

 あきらかに、ググレカース家を潰しにかかってきていた。


「ち、父上! 今この屋敷には、たいした戦力もない! ここは兵をおとりにして、地下から逃げるしか……っ!」


「う、うむ、そうだな……」


 ググレカース家は高ランクスキル持ちを抱えているとはいえ、常に屋敷を守らせているわけではない。有事のとき以外は、領内の町で要職につかせているのだ。


 今の状態でエルフや王宮騎士と戦うには、圧倒的に戦力不足だった。


(だが、まだエルフたちは動いておらん。今のうちに逃げれば、“あのお方”に庇護を求めることも――)


 ブラウがそう考えながら執務室の絨毯を剥がすと、地下へと続く石階段が現れた。


 ググレカースの血族でも、一部の者しか知らない秘密の隠し通路だ。


 ブラウとラウザは、そこからこっそり逃げようとし――。



「――ごぶぁっ!?」

 


「ラウザ!?」


 ラウザが地下通路に入った瞬間、暗闇から悲鳴が聞こえてきた。

 そうして、ラウザと入れ替わるように、誰も知らないはずの地下通路から出てきたのは――。




「――なるほど、これが救世主殿の言っていた『隠し通路』とやらか」




「……っ!? き、貴様は……っ!?」


 高貴なドレスと威厳をまとったエルフだった。


 ……見間違えるはずもない。

 多くの時代をわたり歩き、人類最高クラスのレベル70に到達しているという、偉大なるおとぎ話の英雄。


 そして20年前、エルフの隠れ里に侵攻しようとしたブラウを完膚なきまでに叩きのめした存在――。



 エルフの女王――エルハゥルだ。



「ふふふ……久しいな、ググレカースの小童こわっぱよ。いや、こんなとき神々は――『おひさ~♪』もしくは『おひさま☆』と言うのだったかな?」


「な……なぜ、貴様が……ここに!?」


 ザリチェからの情報では、毒花粉で確実に弱らせているとのことだったが……。

 エルフの女王の威厳には、一点のくもりさえも見受けられない。


 全てを見透かすような静かな目で射抜かれ、ブラウは思わずたじろいだ。


「ぐ……っ!?」


 ブラウがとっさに剣に手を伸ばしかけ――。



「――控えよ、わらわの御前ごぜんであるぞ」



 エルフの女王が杖を軽く振ると。

 しゅるるるる――ッ! と、屋敷の建材から枝やツタが伸びて、またたく間にブラウにからみついた。


「が――ッ!? ぐ、ぐふぅ――ッ!?」


 ブラウは床へと叩きつけられ、這いつくばるような姿勢で縛り上げられる。

 その凄まじい力に、もはや身動き1つ取ることができない。


「ば……化け物め……ッ!」


 ブラウもけっして、弱者ではない。

 武門のググレカース家の当主にして、Bランクスキル【剛剣術】を持ち、レベルも40に達している。


 世界的に見れば、かなりの強者だ。

 だが、それでも赤子と大人ほどの力の差がある。


「な、なぜ、こんなことを――ッ!?」


「ふふふ……なぜ? そなたは今、なぜと問うたか? それはまた、おかしなことを聞くではないか。そなたは、わらわの大切な民を傷つけたのだぞ?」


 エルフの女王は静かな怒りに満ちた目を、ブラウへと向けた。




「――わらわは今、“激おこぷんぷん丸”である」




 ずん――――ッ!!

 と、エルフの女王から重圧のような殺気が放たれた。


 ただの殺気。そのはずなのに、大気がびりびりと震え、ガラスや陶器が一斉に砕け散り、屋敷の壁や床に亀裂が走りだす。


「……ひ……ぃ、ぁッ!?」


 ブラウの全身から、ぶわぁっと冷や汗がふき出る。

 呼吸すらまともにできず、口をぱくぱくさせながら、ブラウはその場にへたりこんだ。


 あまりにも――格が違う。


 そこで、ブラウはようやく理解した。

 エルフは敵に回していい種族ではなかった、と。


「まあ、もっとも、ここへ来た一番の理由は――我らが救世主ローナ殿が、そなたらがいるせいで困っているからでな。ローナ殿がまたこの地に気がねなく戻ってこれるよう、そなたらをこの地から排除することに決めたのだ」


「ぐ、ぅ……っ!? な、なぜ!? なぜ、あの娘の名前がまた出てくるのだッ!? それも救世主だと!?  ええい、あの娘は、いったいなんなのだ……ッ!?」


「ふむ……やはり知らぬか。皮肉なものよ。そなたは世界最強の魔女を娘に持ったというのに……」


「な、なに……? ローナが、世界最強の魔女……?」


 エルフの女王が憐れみの視線を、ブラウへと向ける。


「まったく愚かな人間よ。ろくに調べもせず、勝手な思いこみだけでローナ殿を追い出さなければ……そなたはワンチャンわらわをフルボッコして、今頃テンションアゲアゲあげみざわだった可能性も微レ存だというものを」


「ど、どういうことだ……?」


「つまり、『ローナ殿しか勝たん』ということだ」


「どういうことだ!?」


 ……わからない。

 どうして、こうなってしまったのか。

 そして、このエルフの女王がなにを言っているのか。

 もはや、ブラウにはなにもわからなかった。


 おそらく、女王はいにしえの言葉をしゃべっているのだろう。

 そんな雰囲気だけは、どことなく伝わってくる。


「さて、長話がすぎたな。そろそろ、終わりにしようか」


「……ッ!? く、くそッ! くそくそくそくそが――ッ! 私の計画はずっとうまくいっていたのだ! なぜだ!? どうして、いきなりこんなことに――っ!? 私はこんなところで終わるはずでは――ッ!?」


「わからんか? ならば最後に、そなたにぴったりの言葉を教えてやろう」


 そして、エルフの女王は、ローナから聞いた神の言葉を口にする。




「――ググれカス、だ」




 その言葉とともに。

 ツタでぎりりと締め上げられたブラウは、そのまま泡を吹いて意識を失った。


「終わったぞ」


 それから、エルフの女王が背後にそう呼びかけると。


「ご、ご協力感謝します! 女王陛下!」


 やがて王宮騎士たちが部屋の外からやって来て、びくびくした様子でエルフの女王に敬礼する。


 この王宮騎士たちは、エルフの女王があらかじめ使い魔で国王から派遣を要請していたものだ。


 さすがに無断で攻め入れば領土侵犯になってしまうため、国王の後ろ盾のもとググレカース家を攻める運びとなった。


 ちなみに、このあとのググレカース家の処遇などについても、王宮騎士に一任しているが……犯した罪の大きさから、爵位剥奪は確実とのことだった。


「ま、まさか、伝説のエルフの女王とお会いできるとは。それも我が国の騒動にご助力までいただき、なんと感謝をお伝えすればよいか……」


「ふっ……覚えておくがよい。このようなときは、神々の言葉で『あざまる水産』もしくは『かたじけパーリナイ』と言うのだ」


「……っ! 神の言葉ですか!?」


「す、すごい……っ! そんなことまで知ってるなんて、さすがはエルフの女王……!」


「ふふふ、違うぞ。すごいのは、わらわではない。これを教えてくれたのは、ローナ・ハーミットという少女だ。今回のググレカース家の件も、感謝をするなら彼女にしてくれ」


「ローナ・ハーミット、ですか? エルフの女王がそこまでお認めになる人間がいるとは……いったい何者……?」


「そうだな……神々の言葉に触れることができる預言者にして救世主といったところか。そして、それ以上に――我らエルフの恩人だ」


「預言者ローナ・ハーミット……」


「ち、ちなみに、他にも神々の言葉を知っているのなら教えてもらっても……?」



「ふっ――了解道中膝栗毛だ」



「……っ!!」


 王宮騎士たちが慌ててメモを取る。


 こうして、ローナの知らないところで、インターネット用語が『大預言者ローナ・ハーミット』の名とともに広まっていくことになるのだが……それはまた別のお話。


 それから、エルフの女王は、王宮騎士たちがブラウとラウザを捕縛するのを横目に見ながら――。


(…………さて)


 執務机に置いてあった通信水晶に、ちらりと目を向けた。


(この魔道具……やはり古代技術か。ザリチェの女王薔薇クイーンズハートの種といい、どうもきな臭いな……ここのところ、闇の勢力の気配も増大している気がする。まるで……この世界の外から、次々と敵が送りこまれているかのようだ)


 エルフの女王は真面目に思案しかけて、ふふっと笑う。


(まあ、しかし……ローナ殿がいるなら大丈夫なのだろうな)


 神々の知識を手にした少女。

 彼女にかかれば、闇の組織だとか陰謀だとか全てがバカらしく思えてくる。


 とはいえ、ローナは戦いを好むような人間ではない。

 できれば、その手をわずらわせたくないものだ。

 ならば――。



「…………」



 女王がとんっと杖で床を叩くと。

 どこからともなく、しゅた――っと、エルフたちが現れて女王の前にひざまずいた。


「ローナ殿の願いは、自由に楽しく旅をすることだ。我らエルフたちは今後、世界に散り、その願いを陰から支えるために動く――よいな?」


「「「――はっ」」」


 エルフたちはそう答えると、ふたたびその場から姿を消した。


 彼らはレベル30~50の世界屈指の強者ぞろいだ。

 必ずや、ローナの役に立つことだろう。


 こうして、長らく歴史の表舞台から姿を消していたエルフたちが、ふたたび世界へと放たれたのだった――。






――――――――――――――――――――

これにて3章完結です! ここまで読んでいただきありがとうございました!


それと、次回更新まではいったん時間があくかと思います……。

あいかわらず書くのが遅くて申し訳ない……。


書きたいネタはまだたくさんありますし、まだまだ続けていくつもりですので、今後ともお付き合いいただけるとありがたいです……!


(※2022/12/29 あさって12/1の12時より連載再開します!)


それと、12/7にSQEXノベル様より書籍1巻発売予定です! カバーイラストが公開されていますので、こちらもぜひチェックしていただければ!

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