第23話 旅立ち



「ろ、ローナ様……こちら、マボロリーフ100個分で――500万シルになりますぅ……」


「わーい」


 ローナがエルフの隠れ里から戻った3日後。


 冒険者ギルドの集会場にて。

 なんだかんだでギルドマスターに復帰したエリミナから、ローナは金貨のつまった袋を受け取っていた。


 改めて無限採集したマボロリーフを3日前にギルドに提出したのだが、額が大きかったこともあって換金に時間がかかってしまったのだ。


(でも、ちゃんと売れてよかったぁ……)


 ローナは金貨袋を受け取りながら、ちょっとだけほっとする。


 額が大きいこともあり、どれだけ買い取ってくれるのかは不安だったが……。


 とくに市場に出回らない幻の薬草ということもあり、ギルド側からは思ったよりも感謝され、「あるだけ全て、言い値で買い取ります!」と言ってくれたので助かった。


 とはいえ、その直後に手持ちのマボロリーフ1000個を出したら、「そ、それは無理」と言われてしまったが……。



(――なにはともあれ、これで旅の資金がたまったね)



 このイフォネの町は、ググレカース家の影響力が強い地だ。

 そのため、ググレカース家から追放された身としては、あまり長居したい場所ではない。


 旅の資金もたまったことだし、すぐにでも出ていったほうがいいだろう。


(それじゃあ、この町ともお別れかな……)


 というわけで。

 受付にいるエリミナにも、軽く別れの挨拶をすることにした。


「エリミナさん。私、この町から出ることにしました」


「……へ? そ、そうなんですか?」


「はい。だから、お別れの挨拶をと思って……エリミナさん、今日まで本当にお世話になりました! エリミナさんのことは忘れません!」


「………………」


 エリミナはぽかんとする。

 それもそのはず。


(……え? お世話とかしたっけ?)


 そんな覚えは、エリミナの中にはなかった。

 むしろ、ローナの妨害しかしていないはずだ。

 だとすれば、この言葉の意味は1つ――。



「……わ、私はもう……用済みってこと、ですか?」



「へ?」


 ローナもぽかんとする。

 エリミナの言葉の意味がよくわからなかったが……。


(聞き返したほうがいいのかな? でも、後ろに列もできてるし……とりあえず、なにか答えないと失礼だよね)


 というわけで。



「えへへ、そうかもしれませんねー」



 と、無難な返事を残して、ローナはその場を後にした。


「………………」


 一方、残されたエリミナはしばらく放心したあと――。



「…………やっぱ、消されるんだ、私……」



「エリミナ様……? エリミナ様!? お気を確かに!?」


 とか背後で一騒動が起きていたが、ローナはとくに気づくことはなかった。


(さて、と……お金も手に入ったことだし、これでようやく旅道具もそろえられるね)


 最低限の旅支度を整えるだけでも3万シルはかかる。

 これは、今までのローナには厳しい額だったが……。


 今の所持金は、500万シルもあるのだ。

 さらに、まだアイテムボックスの中には、マボロリーフが900個ほど――4500万シル分もある。


 これで、しばらくお金に困ることはないだろう。

 それどころか、家を買うこともできる額だ。


(せっかくお金もあるんだし、この町のグルメも制覇しないとね)


 むんっと気合いを入れつつ、ローナは買い物を始めた。

 インターネットの地図を頼りに、道具屋や食料品店を回っていき――。



「へっへっへ……お前がローナ・ハーミットか」

「悪いが、ググレカース家からの依頼でな」

「――死んでもらうぞ」



(えっと、まだ回ってないお店は……)



「死ねぇええッ! ――って、剣が折れた!?」

「なっ……魔法も矢も弾かれてるだと!?」

「お、落ち着けっ! 相手は1人だ! 全員でかかるぞ!」



(食料は一応、多めに持っておいたほうがいいよね。アイテムボックスに入れておけば腐らないみたいだし……せっかくだし、この町の名物とか全部買ってこっかな。移動中の楽しみができるし)



「うぎぃぃぁああっ!? 手が、手がぁああッ!!」

「くそっ、硬すぎる! 状態異常で攻めろ!」

「だ、ダメだ! 毒も暗闇も睡眠も効かねぇッ!?」



(う、うわ、また広告ってのが出てきた……うぐぐ、×印が小さくて押しづらい……って、ん? この広告って遊ぶこともできるんだ、ちょっと面白いかも……)



「こ、この状況で笑ってやがる……っ!?」

「ひっ……!? なんなんだよ、こいつ……っ!?」

「ちっ、化け物がっ! 行かせるかよ――って、ぐべらぁあっ!?」



「――わっ」



 と、前から歩いてきた人とぶつかり、ローナは慌てて立ち止まった。


 思いっきりぶつかってしまったせいか、相手の男は尻もちをつき、がくがくと震えたままローナを見上げている。


「ご、ごめんなさい。いたことに気づかなくて……」


「き、気づかなかった……だと?」


 男はなぜか、わなわなと震えたあと――。



「む、無理だっ、こんな化け物! 俺は降りる!」

「ま、待て! 1人だけずるいぞ!」

「ひっ……ひぃいいいッ!? ググレカース家なんざ知るかッ!」



 とか騒ぎながら走り去っていく。

 それを、ローナはぽかんと見送ってから。


「……? 急いでたのかな……?」


 きょとんと首をかしげた。

 なにはともあれ、1つ教訓を得た。


「歩きインターネットは危ないね。気をつけないと」


 そんなこともあったが、旅の準備は問題なく整った。

 買ったものをぽいぽいとアイテムボックスにしまっていけば、これだけで旅の支度は完了だ。


 もしかしたら、この町でググレカース家がなにかしてくるかとも思ったが……。



(……平和だったなぁ)



 滞在したのは1週間ぐらいだったけれど、素朴でいい町だった。

 初めて訪れた町ということもあり、それなりに愛着もわいていたのかもしれない。


 しばらくはググレカース領から離れておきたいものの……。


(またいつか……いろいろ落ち着いたら来ようかな)


 ひそかに、そう決心したのだった。




   ◇




「……そうですか、もう行ってしまうのですね」


 それから、町の入り口にて。

 衛兵のラインハルテにも別れの挨拶をすると、どこか置いてけぼりにされる犬みたいな顔をされてしまった。


「門番としてたくさんの旅立ちを見送ってきましたが、やっぱり寂しいものですね……」


「まあ、といっても、またこの町にも来ると思いますが」


「ちなみに、目的地はどちらへ?」


「王都です」


 ここ3日間でいろいろ考えたすえに、ローナは王都へ行くことに決めた。


 王都の周辺には、たくさんダンジョンもあるし、冒険者の仕事やダンジョン観光には困らないだろう。


 それに、『全ての道は王都に続く』と言われるように、街道もたくさんあって他の町への行き来もしやすい。

 そのため――。


「まずは王都に行って、旅の拠点を作りたいなー、と」


 あてもない気まま旅ではあるが、とりあえず王都に行って失敗ということもないだろう。


「なるほど。たしかに、それがよさそうですね。王都の辺りはモンスターも強いですが、ローナさんなら問題ないと思いますし」


「ですね。あと王都の近くには、親戚の家もあるので……」


 母方の実家であるハーミット家とは、あまり付き合いはなかったし、やっかい者扱いされるかもしれないが……一応、血のつながりもある相手なのだ。

 一度、挨拶はしておきたい。


 それから、しばらく会話をかわしてから。

 別れ際――。


「あ、そうだ。そういえば、今度また冒険者試験を受けることにしたんです」


 ラインハルテがそんな報告をしてきた。


「5年のブランクがあるのでアイアンランクからの再スタートとなりますが……同じ冒険者になれば、またどこかでお会いすることもあるでしょう」


「はい! また会えたら、草ですね!」


「…………草?」


 と、つい長話をしてしまったが。


「それじゃあ、そろそろ出発しますね」


「はい。ローナさんの旅路に幸があらんことを――」


 ラインハルテはこの町に入ってきてくれたときと同じように、爽やかな笑顔で見送ってくれた。



「………………さて」



 そうして、ローナは草原に立つ。


 どうしてか、最初にこの草原に立ったときよりも、心が軽くなったような気がした。


(思えば、ずいぶん強くなったもんなぁ……)


 と、久しぶりにステータスを確認すると――。



――――――――――――――――――――

■ローナ・ハーミット Lv44

[HP:468/468]

[MP:99999/288]

[物攻:46(+360)]

[防御:94(+833)]

[魔攻:181(+3600)]

[精神:181(+1753)]

[速度:92(+300)]

[幸運:94(+487)]


◆装備

[武器:世界樹杖ワンド・オブ・ワールド(SSS)]

[防具:女王薔薇の冠(B)]

[防具:終末竜衣ラグナローブ(S)]

[防具:猪突のブーツ(B)]

[装飾:エルフ女王のお守り(A)]

[装飾:身代わり人形(F)]


◆スキル

[インターネット(SSS)]

星命吸収テラ・ドレイン(SSS)]

[エンチャント・ウィング(S)]

[猪突猛進(B)]

[女王の威厳(B)]

[魔法の心得Ⅷ(D)]

[大物食いⅢ(D)]

[殺戮の心得Ⅱ(E)]

[竜殺しⅠ(C)]

[錬金術の心得Ⅴ(D)]

[プラントキラーⅠ(F)]


◆称号

[追放されし者][世界樹に選ばれし者][厄災の魔女][ヌシを討滅せし者][終末の覇者][女王薔薇を討滅せし者]

――――――――――――――――――――



「………………うん」


 とりあえず、なんか思ったより強くなっていた。

 もはや、自分のステータスじゃない感がすごい。

 つい1週間前には、スライムに苦戦してたとは思えない強さだ。


 たった1週間でこれだとすると、1年後にはどれほどのステータスになっているだろうか。


(なんかもう、人間をやめてる気がする……)


 未来の自分を想像して、ローナはちょっと遠い目をしつつも。

 ほんの少しだけ、どんな未来になるのか楽しみでもあった。


「……さて」


 ステータス画面を閉じて、ローナは改めて前を向く。


 見わたすかぎりの草原。

 爽やかな風が吹くと、さぁぁぁ……と白光が波を打つ。


 旅の資金もあるし、ググレカース家からの束縛からも解放された。

 ローナはもう、この見えている世界のどこにでも行けるのだ。


「すぅ……はぁ……」


 ローナは一度、ゆっくりと深呼吸をし。

 そして――。




「――猪突猛進!」




 移動速度倍加のスキルを発動。

 それから、いきなり指をくわえて口笛を吹きながら走りだした。


「…………へぁっ!?」


 背後にいたラインハルテが、びくっとして変な声を出す。

 はたから見ると、正気を失ったようにしか見えない奇行。


 しかし、これはインターネットに書かれていた『口笛無限ダッシュ』という由緒正しき小技だ。


(よし、インターネットに書いてあった通り! 口笛を吹きながらなら、いくら走っても疲れない! これならエンチャント・ウィングみたいに酔う必要もないし、すごくいいかも!)


 というわけで。



「ぴゅぅぃ~……ひゅふぅ~……ぴゅぷ~ぅッ!!」



 ずどどどどどどぉおおォオオ――ッ!!

 と、ローナは盛大に土煙を上げながら、草原を爆走する。


 ただでなくても常人をはるかに超えた速度値を持っているローナが、移動速度を倍加しながら全力疾走し続けているのだ。


 人間とは思えぬ気持ち悪い爆走っぷりに、草原にいた冒険者たちが、ぎょっと目をむいた。



「な、なんだ!? 奇行種のモンスターか!?」

「いや、あれだろ……例の新人だろ……」

「ああ、ローナ・ハーミットか。それなら普通だな」



 冒険者たちはすぐに納得すると、いろいろ慣れたように元の作業へと戻っていく。


「……な、なんか、最後の最後まで変な人だったなぁ」


 ラインハルテは思わず、呆れたように呟いた。


 1週間しかいなかったとは思えないほど、この町に爪痕を残していった少女。

 ラインハルテの人生を変えてくれた少女。


 その後ろ姿をラインハルテは見送り、やがて――。


「ぷっ……あははっ! あはははははっ!!」


 と、久しぶりに大口を開けて笑うのだった――。


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