第19話 ザリチェの野望


『――首尾はどうだ、ザリチェ?』


「ええ、ググレカース卿のおかげで稼がせてもらってますわ。計画のほうも順調でしてよ」


 エルフの隠れ里の一角にそびえ立つ、ガラスの宮殿のような巨大温室。

 毒々しい植物に囲まれたティーテーブルにて。


 紫髪のエルフの薬師ザリチェ・ベノムガーデンは、通信水晶を前に、優雅に紫色のハーブティーに口をつけていた。


『……しかし、恐ろしいものだな。貴様の操る花粉というものは』


 通信相手であるググレカース辺境伯が、わずかに警戒をはらんだ声を出す。


「ええ、わたくしの花粉には誰も抗えませんわ。飛散してしまえば無色無臭――空気に混じり、回避は不可能。それでいて、花粉は条件さえ整えば、数百キロメートル先にまで飛ばすことができますもの」


 ちらりと目を向ければ、温室の中には紫色の花粉が毒霧のように漂っている。

 相手をじわじわと弱らせるための毒花粉だ。

 まずは実験もかねて、この弱い毒花粉をまいてみたのだが……。


(大成功ですわぁ♡)


 うっとりした顔で、じゃらじゃらと宝石を抱えるザリチェ。


 毒花粉の症状を一時的にでも緩和するには、ザリチェの薬を使うしかない。

 そのため、この里のエルフたちは、もはやザリチェの薬がなければまともに生活することはできなくなっていた。


 今やエルフたちは薬を得るために働き、全財産をザリチェへと献上する日々を送っている。

 その資金が、毒花粉をさらに増やすために使われているとも知らずに――。


「全てはググレカース卿からの資金とマナの援助のおかげですわ。この花粉の力があれば、必ずやググレカース家の繁栄につながることでしょう」


『そ、そうか。いや……うむ……そういえばだな、そのマナについてだが……』


「……? どうかしまして?」


『い、いや、なんでもない……引き続き、励むがいい。もはやお前の計画だけが頼り……げふんげふんっ! とにかく、そういうことなのだ』


「は、はぁ……?」


 なぜか、ググレカース辺境伯の歯切れが悪くなったのは気になったが。


「――承知しましたわ。全てはググレカース家のために」


 計画はこれだけ順調に進んでいるのだ。

 なんの問題もないだろう。


 そうして、通信が切れたあと。



「……らふ……らふふ♡ らーッふふふふふふふッ♡♡♡」



 ザリチェがおかしくてたまらないというように笑いだした。

 これまでの冷静な薬師の仮面をかなぐり捨て――。

 にぃぃい……と、毒々しく世界を嘲笑う。


「あぁ~、どいつもこいつも愛おしいぐらいに愚かですわぁ♡ あの家もまだ自分たちに主導権があると思ってるのかしらぁ♡ 花粉を操れるのはわたくしだけだというのに♡」


 ザリチェは温室の中央にある、巨大な茨に目を向ける。 

 その塔のような茨のてっぺんについているのは、紫の蕾。


 これは、ググレカース家にも秘密にしている最強の花――。



 ――女王薔薇クイーンズハート。



 この花が開いたとき、ザリチェはこの世界の女王になるだろう。


 あの偉大なエルフの女王も、今はえらそうに命令してきているググレカース家の者たちも、すぐにザリチェにかしずくことになるはずだ。


「らふふ♡ でも、わたくしは、その程度じゃ終わりませんわぁ♡ まずはエルフの女王の座を手に入れ、次は――この世界の女王になりますわぁ♡」



 ――世界征服。


 それこそが、ザリチェの長年の野望だった。


 そのためなら里の外の人間とも手を組んだ。

 里のエルフたちを苦しめることもいとわなかった。


 そして、そのかいもあり準備は整った。

 もうすぐ、クイーンズハートの花も開く頃合いだろう。


 だが、今はその前に――。


「おっとですわ。そろそろお薬の時間でしたわね。まったく、“救世主”は忙しくてたまりませんわ」


 ザリチェはにまにまと笑ったまま、薬箱を抱えて温室を後にした。


 そこには、いつものように薬を求める人たちであふれ返っていることだろう。

 なにも知らず、ザリチェを救世主のように崇めることだろう。


 そうして、ザリチェのために働いて稼いだ財産を、全てザリチェに献上することだろう。


 その光景を見るのが、ザリチェにはなによりも至福の時間だった。

 そして、今日もそんな光景を見られるはずだった。

 しかし――。




「……………………へ?」




 温室から出たザリチェは、その先に広がっている光景に思わず目を疑う。



「かんぱ~い!」

「ありがとうございます、救世主様!」

「本物の救世主だ!」

「飲め飲め! もう、あんなクソ高い薬を買わなくていいんだ!」



 里中でお祭り騒ぎをしているエルフたち。

 なにかの液体が注がれた木杯を持って、宴会のように浮かれ騒いでいる。


(は………………はぁああですわぁっ!?)


 あの毒花粉を吸った者は、そんなに元気よく動くことはできないはずだ。

 それは毒花粉を作ったザリチェが一番よく知っている。


(い、いったい、なにが……っ!?)


 なにがあったのか確認すべく、ザリチェは人波をかきわけて進んでいく。

 その人波の中心にいたのは――。



(…………あの小娘っ!?)



 先ほど女王の寝室で見かけた、ぽけーっとした感じの少女だ。

 『救世主様』と書かれたタスキをかけて、「いやー」と照れたように頭をかきながら周囲からちやほやされている。


 その少女の前にあるのは、ぐつぐつと緑色の液体を煮立たせている鍋。

 そして――。


「薬はまだまだありますよ! 全員分ありますので、みなさん遠慮なさらずに!」


「我らの快癒と、救世主殿の来訪を祝して! 大いにハメを外せ、我が民たちよ!」



「「「うおおおお――ッ!!」」」



 人々のコップに液体を注いでいくエルナ姫と、すっかり元気になっているエルハゥル女王の姿が、そこにあった。


(薬って……まさかっ!?)


 そこで、ザリチェはようやく気づいた。

 人々が持っている飲み物。

 それ全てが――エルフの秘薬だということに。



(は………………はぁああですわぁっ!?)



 まがりなりにもザリチェは薬師だ。

 エルフの秘薬が量産できないことは、誰よりもよく知っている。


 そもそも、材料となるマボロリーフがめったに採れるものではないのだ。

 こんなのは――ありえない。


(なぜ……なぜなぜなぜですのぉッ!? あ……ありえないですわっ!? わ、わたくしの計画は完璧だったはず!? 実際についさっきまでは、誰もが毒で弱っていて、わたくしは救世主みたいに崇められていたのに……っ!?)


 たった数時間で、なにがあればこうなるのか。

 意味がわからなすぎて、悪い夢を見ているとしか思えない。


(まさか、あの救世主だとかいう小娘がなにかを……? い、いえ、あの小娘にはたいした力はありませんわ。救世主の証の“世界樹の杖”も持ってないですし、ただエルナ姫が人間の薬師をつれて来ただけのはず……)


 と、ザリチェがそんなことを考えていると。

 気づけば、ザリチェにエルフたちの視線が集まっていた。


(な……なんですの?)


 その視線はいつものように敬意のこもったものではない。

 ザリチェに向けられるのは――無数の敵意の目だった。



「おい……あいつが毒をまいてたんだってな」

「体調を悪くする花粉だって?」

「よく考えたらおかしいよな」

「自分で毒をばらまいて自分で薬を売って……」

「俺たちの財産を、よくも……」



 ひそひそとエルフたちがささやき合う。

 秘薬を作られただけではなく、ザリチェの企みまでバレれている。


(ど、どうして!? どうしてですのっ!?)


 わけがわからないことが多すぎて、頭がパンクしそうだった。

 ただ、混乱している余裕はない。


 見れば、弓や杖を手にしようとしているエルフたちもいる。

 このままここにいたら――まずい。


「くっ、ですわぁ!」


 ザリチェはとっさに薬瓶を地面に叩きつけて、ぼふんっと煙幕を発生させた。

 麻痺花粉が入った煙幕を浴びて、エルフたちがその場に膝をつく。


「ぐっ……体が痺れ……ッ!」

「やっぱり、救世主様の言う通りだ! やつが病気をばらまいてたんだっ!」

「くそっ、どこに行った……っ!」

「探せ! 逃がすな!」


「……ひっ……ひぃいっ!?」


 顔を恐怖で引きつらせながら、ザリチェは慌てて温室へと逃げる。

 手にした薬箱を放り投げ、みっともなく高価な服を振り乱し――。



      ◇



 一方、そんな様子を見ていたローナはというと。


「……ザリチェが逃げてしまったが、本当によいのか?」


「はい。まだ、ザリチェさんの対策ができていませんしね」


 戸惑ったような女王の問いに、のん気に答えるローナ。


 エルフたちがザリチェを捕まえてくれるなら、それでもいいが……。 

 インターネット情報を見た感じ、状態異常対策なしでザリチェに勝つのは難しいだろう。それに、ザリチェを下手に刺激して、奥の手を出されるのも危険そうだ。


 そのため、エルフたちには深追いしないように伝え、ローナはローナで対策のための準備をしていた。


「対策というと、その秘薬か?」


「まあ、そんなところです」


 ローナは答えながらも、エルフの秘薬が入った大鍋をかき混ぜていく。


「しかし、秘薬はもう充分にあるが……そんなに作って、MPは大丈夫なのか?」


「はい、MPはたくさんあるので。それに、もうそろそろ終わりますよ」


「……?」


 と、ちょうどそのタイミングで――。



『SKILL UP! 【錬金術の心得Ⅳ】→【錬金術の心得Ⅴ】』

『錬金カテゴリ:『装備|(アクセサリー)』が追加されました!』



「よしよし♪」


 待ち望んでいた表示が、ローナの目の前に現れた。

 やはりインターネットに書いてあった通り、【錬金術の心得】のスキルレベルは、『錬金で消費したMP量』に応じて上がるようだ。


 幸いローナのMPは無尽蔵にあるし、エルフの秘薬も錬金に必要なMP量が多い。スキルレベルを爆速で上げるには、かなりの好条件だったといえるだろう。


(なにはともあれ……これで、状態異常対策ができるね)


 この【錬金術の心得Ⅴ】では、錬金カテゴリに『装備(アクセサリー)』が追加される。

 ザリチェと万全な状態で戦うには、それによって作れるようになるアイテムが必要らしい。

 というわけで、ローナはさっそく素材である布と綿をどさどさ大鍋につめこんでいき――。


「――錬金!」


 そう唱えるとともに、大鍋からぽふんっと煙が上がった。


「わっ!?」


 ぽぽぽぽーんっ! と。

 大鍋から無数のぬいぐるみがわき出てくる。

 インターネットに書いてあった錬金レシピの通り、“身代わり人形”ができたようだ。



――――――――――――――――――――

■武器/アクセサリー/【身代わり人形】

[ランク]F [種別]アクセサリー 「値段]2000シル

[効果]ダメージを1回だけ肩代わりする(効果発動後、身代わり人形は消滅する)


◇説明:ランクはFだが、実はかなりの壊れアイテム。

とくにサブクエスト【毒医ドクターザリチェの野望】で活躍することで有名だが、装備変更を活用すれば高難易度のボス戦でも大活躍する。

ちなみに、ゲーム内の説明では、『ダメージを1回だけ肩代わりする』となっているが……。

――――――――――――――――――――



 どうやら、この身代わり人形があれば、ザリチェ対策ができるらしい。

 それはそうと……。


「……な、なんで私の見た目に?」


 なぜか身代わり人形は、ローナをデフォルメしたような見た目になっていた。

 もはや、“ローナ人形”という感じだ。


「これって、救世主様のぬいぐるみですか! か、かわいい~っ!」


「……そ、そうかな?」


 エルナには好評だったが。


(な、なんか、いきなり自分の人形を大量生産した人になってしまった……)


 ちょっと複雑な気分になるローナだった。


「救世主殿、この人形は……?」


「えっと、これは“身代わり人形”というダメージを肩代わりしてくれる装備でして……まあ、お守りみたいなものです。これを身に着けていれば毒花粉は防げると思いますので、みなさんに配ってください」


「この救世主様の人形に、そんな不思議な力が……? すごいです、さすが救世主様です!」


「ふむ、なるほど。神聖な像ということか。これは、さっそく神殿に供えなければな」


「いえ、装備しないと効果ないですからね?」


「装備などしたら、人形にダメージを肩代わりさせてしまうではないか!」


「まさにそのための装備ですからね?」


 なんか、さっそく偶像崇拝されそうになっていた。

 ちなみに、身代わり人形を受け取った他のエルフたちはというと……。



「わっ、シチューの鍋が!」

「まずい、救世主様の人形に、熱々のシチューがかかってしまう!」

「させるか――うぐぅぅぅううッ!!」



 なんか、身代わり人形をかばって、背中に熱々のシチューを浴びていた。


「……逆なんだけどなぁ」


 いろいろと頭が痛くなってきたが……。

 なにはともあれ、これで準備はできた。


「それじゃあ、ちょっと席を外しますね。あっ、宴会はそのままでいいので」


「……? どこへ行くんですか、救世主様?」


「とりあえず、ザリチェさんの野望を止めに」



「「…………へ?」」



 というわけで。

 ローナは鼻歌まじりに、ザリチェのいる温室へと向かうのだった――。


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