第18話 エルフの隠れ里
エルフたちと一悶着あったあと。
ローナはエルフの姫エルナの案内で、エルフの隠れ里へと入っていた。
木漏れ日に照らされたのどかな里だ。
素朴なツリーハウスが立ち並び、木の枝には吊り橋やはしごがかけられている。
人の町では見られない景観に、ローナの口から思わず感嘆の吐息が漏れた。
「わぁ……綺麗なとこだね」
「救世主様にそう言ってもらえるとうれしいです!」
案内役のエルナも故郷を褒められたからか、どこか誇らしげだった。
まあ、それはいいのだが――。
「………………」
視線を地上に戻すと、そこにはずらりとひざまずいたまま整列しているエルフたち。
先ほどローナを襲ったエルフの兵たちだ。
「「「――ようこそいらっしゃいました、救世主様!」」」
「…………」
なんか、いろいろ台無しだった。
さっそく帰りたくなってきたが、ローナはぐっとこらえる。
ちなみに、世界樹杖ワンド・オブ・ワールドは持っているだけで騒動になるのでアイテムボックスにしまっていた。
そのおかげで、エルフたちもローナを見ただけで嘔吐したり発狂したりすることはなくなったが――。
杖をアイテムボックスにしまうときに、
『世界樹の杖が消滅した!?』
『うわぁああっ! やっぱり厄災の魔女だぁっ!?』
とか一騒動が起きてしまったのは、また別のお話。
それよりも、今のローナには気になることもあった。
「これは……」
里の奥へと進んでいくにつれ、ぼろぼろの格好でぐったりと道に座りこんでいるエルフたちが、よく目につくようになった。
そのエルフたちは、みんな虚ろな顔で「薬ぃ……薬はまだかぁ……」とうめいている。
「そういえば、里で奇病が流行ってるんだっけ?」
「え? まだお伝えしていませんでしたが……よくご存知で」
「あ、あれ? そうだったかな……?」
そういえば、これはインターネットで知った情報だったかと思い出す。
とりあえず、病気についてはくわしくないが、これは深刻そうだ。
(この危機をどうにかしろって話だけど……私1人でなんとかなる問題じゃないよなぁ)
とか考えながら、こっそりインターネットでぽちぽち調べ物をしていると。
「着きました、救世主様。ここがわたしの家です」
そう言って、エルナが指し示したのは――。
(うん……すごく、城です)
巨大樹の上に建てられた、木造の城だった。
◇
「――お母様、救世主様をおつれしました」
「…………入れ」
そんな言葉とともにローナが通されたのは、エルフの女王の寝室だった。
床には民族紋様が刺繍された絨毯が敷かれ、編まれた枝で作られた壁や天井の隙間からは空が見える。
エルフの女王エルハゥルは、そんな部屋の中心――大きな天蓋つきの寝台の上で、薬師のエルフに付きそわれて横になっていた。
(こ、これが……エルフの女王)
ローナは思わず息をのむ。
それは、人智を超えた神秘的な美しさのエルフだった。
重い病にかかっているのか顔が青ざめて頬がこけていたが、その威厳は損なわれていない。
ローナも今までに、いろいろな貴族を見てきたが……。
これほどまでに威厳を感じさせる人に会ったのは初めてだった。
「……そなたが……救世主殿か」
喉をやられているのか、女王はしゃがれた声で問う。
その声に、ローナがはっと我に返る。
「え……あ、はい。ど、どうも、ローナです」
「そうか……せっかくお越しいただいたのに、このような状態で面目ない」
「い、いえ……大丈夫です」
「しかし、ふむ……なるほど」
と、女王の品定めするような目が、ローナに向けられる。
「今は世界樹の杖を持っていないようだが……たしかにそなたからは、世界の真髄……神に近しいものを感じるな」
「……っ!」
女王の目が、他者には見えないはずの“プライベートモード”のインターネット画面をとらえる。
実際に見えているというよりは、なにかを本能的に察知したのかもしれない。
「ふふ……今日はめでたき日だ。こうしてはいられぬな、すぐに歓待の宴を――げほっ、ごほっ!」
「お、お母様!?」
女王が激しく咳こみだし、側にいた薬師がとっさに背中をさすった。
薄紫色の髪をした白衣の女エルフだ。
「あまりしゃべってはお体にさわりますわ、陛下……さあ、この薬を」
「あ、ああ……すまぬな、ザリチェ」
薬師のエルフが毒見をするように水薬をまず自分で飲んでから、女王へと飲ませる。
それからすぐに、女王は呼吸を落ち着かせた。
「……あいかわらず、ザリチェの薬はよく効くな」
「お褒めいただき光栄ですわ、陛下。もっとも根本的な治癒にまではいたっていませんが……」
「それは仕方あるまい。里の歴史にもない奇病なのだからな」
「ねぇ、ザリチェ……正直に答えて。お母様の容態は……どうなの?」
「それは……」
と、言いよどむザリチェという薬師に、女王は「よい、話せ」と頷いた。
「……正直、あまり良くはありませんわね。マボロリーフがあれば、“エルフの秘薬”を作れるのですが」
「…………」
そんな会話をするエルナたちを見ながら。
(……わ、私の場違い感がすごい)
ローナはなんかいたたまれず、すすす……と部屋の隅に移動していた。
(そういえば……ザリチェって、どっかで聞いたような?)
と、インターネットで調べてみると。
――――――――――――――――――――
■キャラクター/【ザリチェ・ベノムガーデン】
【エルフの隠れ里】のサブクエスト【
ググレカース家の指示のもと、【植物操作】スキルで毒花粉をばらまいて里のエルフたちを苦しめ、その薬を売って稼いでいた。
『いずれ【女王薔薇クイーンズハート】の魅了花粉によって世界を支配する』という野望を持っている。
――――――――――――――――――――
(……うん……なんか全部わかっちゃった……)
だいぶわかっちゃいけないことまで、わかってしまった。
というか今さらだが、なんかひどいネタバレを食らった気分になる。
「それでは、陛下。わたくしは他の患者の診察がありますので」
「……ああ」
そう言ってザリチェが寝室から出ていくと、すぐにその周りに救いを求める手が集まりだすのが見えた。
「ぉおぉ……ザリチェ様っ!」
「薬……どうか薬をっ!」
「家宝でもなんでもわたします……ですから、どうかザリチェ様のお薬を……っ!」
「らふふふふ♡ もう少しお待ちになって。お薬はいつもの時間にお持ちしますわ」
ザリチェのそんな声に、住民たちから歓声が上がる。
よほど慕われているのだろう。
彼女こそが、この奇病騒ぎの黒幕だと知らずに――。
そんな中、女王の寝室には重苦しい沈黙がおりていた。
「……エルナ。わらわはもう長くはないだろう」
そんな女王の言葉に、エルナがはっと顔を上げる。
「お母様! だ、大丈夫ですよ! そのために救世主様にも来ていただいて――」
「いや、自分のことだから自分が一番よくわかるのだ……せめて、幻の薬草マボロリーフがあれば……あらゆる病を癒す“エルフの秘薬”を作れるのだが……げほっ、ごほっ!」
「お母様! もうしゃべってはダメです!」
「ああ、口惜しい……願わくば……救世主殿が世界を救うところを、この目で……見たかっ……た……」
「お母様? い、いやっ、お母様ぁああっ!」
そんなやり取りを見ながら、ローナは――。
「………………あ、あのー」
控えめに手をあげた。
なんとなく言い出しにくい空気になってしまったが。
「マボロリーフなら100個ほど持ってますが……いります?」
「「…………へ?」」
ローナの手から、薬草がぽぽぽぽんっと現れた。
その全てが、これまで発見報告もほとんどない幻の薬草だった。
「あ、それと、里の奇病はさっきのザリチェって人がまいてる毒花粉が原因なので、大元を潰せばすぐに治りますよ」
「「………………」」
エルフの女王と姫が、ぽかんとしたまま固まる。
なんか、すごい空気が読めない感じになってしまったが。
(うん……なんか、野望ぶち壊してごめん、ザリチェさん)
とりあえず、ローナは心の中でそう謝っておくのだった。
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