第9話 とあるギルマスの受難(敵視点)


(な、なんか、やばいのが入ってきた……)


 冒険者試験のため、訓練場に入ってきた受験者たち。

 そして最後に入ってきたのは、天をつくほどのオーラをまとった少女だった。


「こ、こひゅっ……」


 エリミナの口から、変な音が漏れる。

 その圧倒的なオーラを前に、まともに呼吸することすらできない。


(え……? な、なにあれ……魔王?)


 エリミナが目を何度もこすって少女を見る。


 ごぅぉおぉぉおおォォオオ――――ッ!!

 と、燃えさかる竜巻のように空まで伸びている、可視化されたマナの光。



 それは、まさに――絶望の具現化だった。



(い、いえ……こんなの、きっと【マナサーチ】の誤作動かなにかよ。あんなの人間がまとえるマナの量じゃないし。もし本当なら、魔王かなにかってことになるわ)


 エリミナが、そう自分を納得させたところで……。



 ――ぱしんッ! と。



 背後にあったMP測定用の水晶が、勢いよく爆ぜ散った。


「おや、故障ですかな? 性能のいい水晶だったのですが」


「…………………………」


「エリミナ様? どうかされたのですか?」


 エリミナはあんぐりと口を開けたまま固まる。


 今しがた砕け散った水晶は、理論上最高値のMP999まで測れるものだ。

 しかし、この少女は触れることすらせずに――破壊した。




(………………ガチじゃん)




 待って。待って。待って。聞いてない。おかしい。

 なんであんな化け物が、田舎町で冒険者試験なんて受けに来てるんだ。

 そんな力があれば世界だって手に入るだろうに。


「……っ」


 エリミナはそこで、はっとする。

 そういえば、ググレカース家から『痛めつけて不合格にしろ』と依頼されているローナ・ハーミットは、15歳の黒髪娘との話だったが。


(い、いや、まさか……あれがローナ・ハーミットだったり……しないわよね? だって、あれを追放とか意味分からないし……違うわよね? 違うと言って、お願いだからっ!)


「……?」


 黒髪の少女は、エリミナの祈るような視線に気づくと。

 はっとしたように、ぺこりと頭を下げた。


「ろ、ローナ・ハーミットでしゅ! ……ですっ! よろしくお願いしま――」




「――ぁああぁああッ! ちくしょおぉおおおおッ!」




「ええぇっ!?」


 エリミナの全身から、ぶわぁっと冷や汗が出る。


(いやいやいやいやいや、おかしいでしょ!? なんてもん追放してんのよ、あの家は!? あれが低ランクスキル持ちのザコ!? バカじゃないの!? 目ぇ腐ってんの!?)


 ググレカース家からの話では、ローナ・ハーミットは低ランクスキル持ちのザコだという話だったが。


 しかし、実物はただ見ただけでもわかる強者だ。

 その膨大な力は、ただ味方として囲いこんでいるだけで、国家でさえも逆らえなくなるほどだろう。


(こ、この魔王みたいなのを試験で落とせと? それも二度と冒険者になろうと思わないほど痛い目を見せて? どうやって……ねぇ、どうやって!?)


 もしも下手な理由で落とせば――消される。

 あきらかに痛い目を見せられるのは、エリミナのほうだ。


 かといって、ググレカース家に逆らえば、エリートコースの人生から真っ逆さまに転落してしまう。


(ど、どうする? どうするの、私…!?)


 冷や汗をだらだら流すエリミナ。

 そこで、試験官の中年の男が、すっと前に進み出た。


「ローナとか言ったな? お前は不合格だ」


「え?」


「え?」


 その言葉に、ローナとエリミナがそろって声を出す。


「ここにいるのは、Aランクスキル持ち――焼滅の魔女エリミナ・マナフレイム様だ。彼女の機嫌を損ねる者は、このギルドに必要ない……と、エリミナ様は常日頃からおっしゃっている」


「そ、そんな……!?」


(わ、私にヘイトを移すなぁああッ!? たしかに、そういうことは常日頃から言ってるけども! さっきも調子乘ってそんなこと言ったけども……っ!)


 試験官の言葉に、他の受験者たちからも失笑が漏れる。


「くく……ま、どうせ、あんなびくびくした様子じゃな……」

「つーか、なんで冒険者になろうとしてるんだ、あいつ?」

「そもそも、僕たちとは立ってるステージが違うんですよねぇ」


 クソザコ受験者どもが、ローナ・ハーミットを見下したようなことを言う。

 おそらくは、エリミナへの機嫌取りもかねているのだろう。

 しかし――。


(も、もしかして……こいつら全員、ザコすぎてローナ・ハーミットの力に気づいてない!?)


 おそるおそるエリミナがローナを見ると……。

 ローナは顔を赤くして、ふるふると震えていた。

 あれだけの力を持ちながら、怯えて震えているわけがない。


 あの震えの意味はおそらく――憤怒の震え。

 このままでは、皆殺しだ。




「――お、お前らぁああッ! ローナさんに謝れぇえええッ!」




「え……ええぇっ!?」


 エリミナの魂の叫びに、試験官が困惑したような声を出す。


「しかし、エリミナ様がローナ・ハーミットを落とせと……」



「試験はちゃんと公正にやらないとダメだろうがぁあああッ!!」



「えええぇッ!?」


「す……すいませんね、ローナさん。へへへ、椅子どうぞ」


「あ、ありがとうございます?」


 状況がよくわかっていないローナが、目をぱちくりさせる。

 それから、なにかに気づいたように、ローナの目線がエリミナの胸元に向けられた。



「あ……ググレカース家の紋章……」



「……っ!?」


 ローナの言葉で、他の受験者たちも気づいたらしい。


「あ……あれって、まさか」

「ググレカース家お抱えの証……」

「噂には聞いてたけど、本当にあの歳で……?」

「あの家を怒らせたら人生終わるぞ……」


 受験者たちの怯えたようなささやき声が聞こえてくる。

 普段のエリミナなら、ここで上機嫌にバッジを見せびらかすところだが。


(……し、しまったぁぁあっ!)


 エリミナの全身から、ぶわぁっと冷や汗が出てくる。


(ローナ・ハーミットは、ググレカース家から追放されてる……ってことは、ググレカース家と敵対してるのよね?)


 それはつまり、ググレカース家お抱え魔法使いの自分とも敵対しているということで。



『――死ぬがよい』



 そんなローナの声が、エリミナの脳内で生々しく再生され――。



「ふぅぅん――ッ!」



 エリミナはググレカース家の紋章を地面に叩きつけた。


「え、エリミナ様!? なにを……!?」


「ど、どうやら、服にゴミがついていたみたいね」


「ゴミって、それ……エリミナ様がいつも自慢していた『ググレカース家お抱えの証』じゃ……」


「あ……やっぱり、ググレカース家の――」




「――滅びろ、ググレカースぅぅうッ!!」




 エリミナの【獄炎魔法】スキルで爆発四散するググレカース家の紋章。


「よ、よいのですか、こんなことをして?」


「………………ない……」


「え?」


 エリミナがその場に崩れ落ちる。



「……わからない……もうなにも、わからない……」



「エリミナ様!? お気を確かに!?」


 その声を無視して、エリミナは思考をめぐらせていた。


(ど……どうしてこうなったの……?)


 Aランクスキル持ちというだけで、エリートコースの人生を送れるはずだったのに。


 ローナを下手に落とせば、殺されるのは自分だ。

 しかし、ローナを落とさなければ、ググレカース家を裏切ることになる。


 少なくとも、これまでのエリート街道まっしぐらの人生からは、真っ逆さまに転落することだろう。


(あ、ありえない……私はエリートな人生を送るのよ)


 今さら、エリートじゃない人生なんて送れるわけがない。

 なんとかして、このローナ・ハーミットを試験で落とさなければならない。


 いや、それだけではない。

 もう二度と試験を受けてこないようにしなければならない。

 そのためには――。



(……をやるしかないわね)



 一か八かの賭けだ。

 もしも成功すれば、このローナ・ハーミットという化け物を封印することができるだろう。


 ただなんかもう、すでに成功する自信があまりなかったが、それでもエリミナに残された道はもうそれしかなかった。




   ◇




 一方、そんなエリミナを見ていたローナはというと。


(な、なんか、変な人だなぁ……)


 と、自分が原因とも知らず、小首をかしげていた。

 他の人には見えないプライベートモードで、こっそりインターネット画面を開く。



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▍キャラクター/【エリミナ・マナフレイム】

 ▍概要

  【イフォネの町】の冒険者ギルドマスター。

  【獄炎魔法】というAランクスキルを持ち、『焼滅の魔女』の異名を持つ。ググレカース家お抱えのエリート魔法使い。

  二次創作のとある界隈では大人気。


 ▍ネタバレ注意

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(ググレカース家のお抱えかぁ……でも)


 ローナは先ほどのエリミナの言動を思い出す。



『試験はちゃんと公正にやらないとダメだろうがぁあああッ!!』

『滅びろ、ググレカースぅぅうッ!!』



 あれは、魂からの叫びだった。


(きっと、権力に媚びない高潔な人なんだろうなぁ)


 エリミナの知らないところで、ローナからの好感度が上がっていたのだった。


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