第10話 黄昏の地下神殿


「――それじゃあ、冒険者試験はこの“黄昏の地下神殿”でやるわ」


 冒険者試験を受けたローナは、試験官であるエリミナにつれられて、町の近くにある初心者向けダンジョンへとやって来ていた。


「1人ずつダンジョンにもぐって、わたした紙に書かれている課題をクリアすること。ただし、ダンジョンの入り口まで戻れる“帰還の翼”を使ったら、その時点で不合格よ」


 そう言われた受験者たちが、わたされた紙を見て――。

 ほっとしたような空気が流れた。


「なんだ、たいした試験じゃなさそうだな」

「初心者ダンジョンに入るだけでいいのか」

「前回の試験より全然簡単じゃん」

「Aランクスキル持ちと模擬戦とかだったらどうしようかと……」


 周りの人の反応を見るに、たいした試験ではなさそうだ。

 ローナも安心しつつ、自分にわたされた紙を見る。




『課題:ダンジョン最深部にある迷宮核コアを持ってくる』




「………………ん?」


 なんか、普通に難しそうだけど。

 これが楽な試験なのだろうか。

 しかし、あのエリミナという試験官が、意味もなく無理難題を出すとは思えない。


『試験はちゃんと公正にやらないとダメだろうがぁあああッ!!』


 先ほどのエリミナの叫びからは、けっして嘘は感じられなかった。

 ということは、みんな同じような課題を出されているのだろう。


 初心者ダンジョンという声も聞こえてくるし、奥まで行くのも簡単なのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに。



「……ローナ・ハーミット。次はあなたの番よ」



「あ、はい」


 ローナがダンジョンに入る番が来た。

 おそるおそる、地下へと続く階段を下りていくと。



「……わぁっ」



 やがて目の前に現れたのは、黄金の神殿だった。

 天井にぽつぽつと表出している金色の魔石の結晶が、きらきらと星空みたいに輝いて通路を照らしている。


「綺麗だなぁ……」


 と、思わず観光気分になるローナだったが。


「――はっ」


 すぐに今は試験中だと思い出し、気を取り直す。


「と、とりあえず――インターネット!」


 さっそくインターネットで、このダンジョンについて調べてみる。



――――――――――――――――――――

■ダンジョン/【黄昏の地下神殿】

【イフォネの町】の西にある初心者向けダンジョン。

【黄昏の邪竜教団】が作り出した古代神殿であり、最奥に封印された竜の魔力が、長い年月をかけて魔石の結晶となって現れている。


謎解きなどのダンジョンギミックのチュートリアル的な面が強いが、メインストーリー1部クリア後に手に入るキーワードを使うことで、最深部にいるボスと戦闘できるようになる。

――――――――――――――――――――



「よし、ちゃんと地図も載ってるね。とりあえず、最深部は9層か……そこに行けば、迷宮核コアっていうのがあるのかな?」


 ダンジョンにもぐった経験などはないが、ローナにはインターネットがついているのだ。

 最深部までの地図も見ることができる。


 階段の位置も、罠の位置も、ギミックの解き方も、モンスターの出現地点も――全てわかる。

 あとはただ、この通りに進んでいけばいいだけだ。


「ここに罠があって……」


 と、ローナが床をぴょんっと避けて通る。


「この宝箱はミミックで……こっちの小部屋にアイテムが落ちてる、と」


 床のくぼみをのぞくと、キラリと輝くメダルを見つけた。

 これは『古代のメダル』というもので、各地にいるメダルコレクターにわたすとレアアイテムと交換してもらえるらしい。


「で、この角を曲がったら、モンスターの出現地点か」


 ローナは角を曲がる前に、杖を地面にこつんとつけた。

 インターネットの地図によれば、ここからなら射程範囲内のはずだ。



「まずは――星命吸収テラ・ドレイン!」



 広範囲の敵からMPを吸収するスキルを発動。

 ギャッ! と通路の角の先から、モンスターの悲鳴が上がるともに。

 杖の先端にある宝玉へと、緑色の光が流れこんでくる。


 ローナがこっそりと通路の先を覗いてみると……。

 魔力を吸われて飛べなくなったのか、地面に落ちているコウモリ型のモンスターたちがいた。


 そのモンスターたちへと、ローナはこっそり杖を向ける。


「弱点は氷属性、なら――プチアイス!」


 ぱきぱきぱきぱきィィイ――ッ!!

 と、杖から氷が洪水のように放たれた。

 氷の波が、モンスターや罠ごと通路全体を凍りつかせていき――。



『ジャイアントバットの群れを倒した! EXPを202獲得!』



「よし、いい調子♪」


 ダンジョン攻略は初めてだから少し不安だったけど、わりと問題なさそうだ。


「でも……ダンジョン攻略って、こんな簡単でいいのかな?」


 なんか世間の冒険者の人たちには、申し訳ない気分になってくるけど。


(景色も綺麗だし、なんかピクニックみたいで楽しいなぁ。観光目的で世界中のダンジョンめぐり、なんてしてみてもいいかもね)


 鼻歌まじりに、のほほんとダンジョンを進んでいくローナ。


 ダンジョンの中は、まるで楽しく遊ぶために作られているかのようで、不思議とただ歩いているだけでも楽しかった。


 なにはともあれ――。


「これなら最深部まで簡単に行けそうだね」



   ◇



「ダンジョンの最深部まで!? そんな危険な課題を出したのですか!?」


「ええ、そうよ」


 一方、ダンジョンの入り口前にて。

 エリミナは試験官とこそこそ会話をしていた。


「この“黄昏の地下神殿”は、最深部どころか……いまだかつて2層すら攻略されていないわ。その理由はわかるわよね?」


「……2層の謎解きギミックのせいですよね?」


「ええ、正解よ」


 ダンジョンというのは、だいたいギミックを解かなければ先に進めないように作られている。


 このダンジョンでもそうだ。

 とくに2層への階段を下りた瞬間――。

 そこにある広間にトラップで閉じこめられることになる。

 広間から出るには、そこにあるギミックを解かなければならないが……。


「ふふ……このダンジョン2層のギミックを解くことは不可能よ」


 多くの冒険者が挑んでも、そこのギミックは突破できなかった。

 その理由は簡単で――ギミックを解くためのヒントらしき文章が、謎の言語で書かれているからだ。


 おそらくは古代魔法文明の文字なのだろうけれど……いまだかつて、誰も解読に成功していない。

 謎解きをする以前に、謎がわからないのではどうしようもない。


 さらには、間違えるたびにモンスターがわいてくるので、当てずっぽうで答えまくるわけにもいかなかった。


「脱出するには帰還用アイテムを使うしかないわ。でも、ローナ・ハーミットにわたした帰還の翼はフェイク。つまり、ローナ・ハーミットは2層のギミックの広間からは出られないってことよ」


「し、しかし……そこまでする必要があるんですか?」


「なに? 低ランクスキル持ち風情が、ググレカース家のエリートお抱え魔法使い――エリミナ・マナフレイムの決定に文句でもあるの?」


「さっきそのググレカース家に、全力で喧嘩売ってましたよね……?」


「と、ともかくっ! これでローナ・ハーミットはおしまいよ!」


 あれほどの化け物の封印に成功したとなれば、ググレカース家からの覚えもめでたくなるだろう。

 これでまた、エリミナのエリート街道に磨きがかかるというものだ。


「あーッははははッ! ローナ・ハーミット、恐るるに足らず! やっぱり、私はエリートな星の下に生まれた女なのよ!」


 エリミナがそんな悪役じみた高笑いをしていたところで。




 ――ずぅぅん……っ! ずぅぅん……っ!




 と、大地が激しく震え始めた。

 まるでダンジョンの中で、巨大な怪物が怒り狂って暴れているかのように……。


「……………………」


「な、なにが起きているのでしょう、エリミナ様…………エリミナ様?」




「…………もうやだ怖い……おうち帰りたい」




「エリミナ様!?」




   ◇




 一方、その頃。

 ローナはの広間に立っていた。

 広間の入り口は鉄格子で閉ざされているが――。


「えっと、『この2つの水晶を、右左右右右左の順番でさわると扉が開く』……と」


 ずぅぅぅうん……と。

 岩の扉があっさり左右に割れて、さらに地下へと続く階段が現れる。


「うん、インターネットに書いてある通り♪」


 これで4層もクリアだ。

 1層につき謎解きを1つクリアすればいいだけだから、さくさく進むことができる。

 本来なら、知性を試されるダンジョンなんだろうけど。


(攻略法わかっちゃうと関係ないね……)


 モンスターがうじゃうじゃ出てくるより、こういうギミックのほうが楽でいい。


(なんか、ごめん……このダンジョン作った人)


 と、ローナは内心で謝りつつ。

 さらに次の階層へと進んでいくのだった――。


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