第8話 実家からの刺客(敵視点)


 ローナが冒険者試験を受ける手続きをしていた頃。


 冒険者ギルドの訓練場にて。

 試験の準備をしていた中年の試験官のもとに、1人の少女が近づいてきた。


 魔女風の格好をした少女だ。

 豪炎のような赤光りする髪を背中に流し、その鋭い眼光で試験官を射すくめる。


「ひっ……!? こ、これはエリミナ様……?」


 試験官がはるかに年下の少女を見て、びくっと肩を震わせる。

 それもそのはずだ。


 この少女は――焼滅の魔女エリミナ・マナフレイム。


 Aランクスキル【獄炎魔法】を発現させた天才魔法使いにして――。

 魔法学院を卒業してすぐ、18歳にしてこのギルドのマスターになった少女なのだから。


「ギルドマスターのあなたが、こんなところにどんなご用で……? 今は天変地異の調査もあるはずですが……」


 その問いに、エリミナは、ふんっと鼻を鳴らす。


「決まってるでしょう? 今回はこのエリートな私――焼滅の魔女エリミナ・マナフレイムが特別に試験官をしてあげるって言ってるのよ」


「そ……そんなっ! エリミナ様が担当した試験は、いつも誰も合格者が出ず、怪我人も多数出て……っ」


「なに、不満でもあるの? 言っとくけど、これはググレカース家からの指示だから。それともあなたは、ググレカース家のエリートお抱え魔法使いの私に歯向かうというのかしら?」


「う……」


 エリミナは自らの胸元のバッジを誇らしげに示す。

 そのバッジに刻まれているのは、ググレカース家の紋章だ。


「言っとくけど――私の機嫌を損ねる人間は、このギルドに必要ないから」


「も、申し訳ありません……っ」


 試験官が慌てたように頭を下げる。

 ググレカース家はこの町の各業界に、自分たちの息のかかった者を送りこんでいるが……。

 そういった者たちには、誰も逆らうことができなかった。


「で……今回の試験にはローナ・ハーミットって娘が来るのよね?」


「は、はぁ。そういう名前の受験者もいたかもしれませんが……」


「そいつは、落とすように」


「……へ?」


「それも二度と冒険者をやろうと思わないほど痛めつけてね。これは決定事項だから」


「な、なぜ……」


「これもググレカース家からのお達しよ。それ以上の理由は必要ないでしょう?」


「……っ! わ、わかりました」


 実のところ、エリミナもくわしい事情は聞いていない。

 ただ、低ランク持ちのザコが来るから、適当に痛めつけろと指示を出されているだけだ。


 とはいえ、だいたい事情に察しはついていた。


(たしか、ググレカース家にはローナっていう15歳ぐらいの娘がいたわね。おおかた、低ランクスキルでも発現させて追放されたってところかしら……エリートじゃなくてかわいそうなことね)


 この世は、生まれ持っての力こそが全てだ。

 だからこそ高ランクスキル持ちを多く抱えこんでいるググレカース家には誰も刃向かえないし、力のない小娘などは簡単に家から追放されてしまう。


 逆に言えば、力があればなんでも手に入る世の中だ。



(あぁ~、この世界ってチョロすぎ♪)



 少女は優雅に椅子に腰かけ、ワイングラスを回す。


 Aランクスキル持ちのエリミナは、生まれてからずっとエリートコースだった。


 Dランクスキルでも強者扱いされ、Cランクスキルで人外扱いされるような世界において、この少女に逆らえる者などほとんどいない。


 故郷でも畏怖され、魔法学院でも圧倒的な主席。

 ただAランクスキルを持っているというだけで、学院を卒業してすぐに、ギルドマスターという地位まで手に入った。


 生まれ持ってのスキルのランクこそが全て。

 この世界はそういうルールで動いているのだ。


(……とはいえ、私はこんな田舎のギルドマスターなんかで終わらないわ)


 そう、エリミナ・マナフレイムの最高にエリートな人生はここから始まるのだ。


「それじゃあ、さっさと受験者たちをつれて来なさい。私のエリートな時間を無駄にするつもり?」


「は、はい! ただ今!」


 エリミナの指示で、受験者たちが訓練場に入ってくる。

 ぞろぞろと入ってくるのは、自信だけありそうなザコばかり。



(――マナサーチ)



 エリミナは相手の保有するマナの量――MPマナポイントを可視化するスキルを発動する。

 MPの量を見れば、相手の実力もだいたいわかるというものだ。


(“不合格”、“不合格”、“不合格”……ふん、どいつもこいつもエリートじゃないわね)


 エリミナはただ見るだけで、受験者のリストに×印を書きこんでいく。


(どれがローナ・ハーミットかわからないけど……高ランクスキル持ちもいないみたいだし、もう面倒だからみんな不合格でいっか)


 エリミナがそう考えつつ、ワイングラスに入ったイプルジュースに口をつけたとき。

 少し遅れて、訓練場の入り口から声がした。



「うぅ……緊張するなぁ……」



 そうして、最後におずおずと入ってきたのは、1人の少女だった。

 自信なさそうに肩を縮こませている少女だ。

 彼女が訓練場に入った途端――。



 ごぅぉおぉぉおおおおォォオオ――――ッ!!



 と、天をつくほど膨大なオーラが訓練場を呑みこんだ。

 訓練場にいる者たちを焼き尽くさんばかりのオーラ。

 その圧力を、エリミナは真正面からもろに受け――。




「………………………………」




 びちゃびちゃびちゃ……と。

 エリミナの口からジュースがこぼれ落ちる。


(な……なんか、やばいのが入ってきた……)


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