第7話 イフォネの町



「わぁ……町だ!」


 イフォネの町に入ったローナは、その町並みに目を輝かせる。

 今まで家からほとんど出たことのなかったローナには、町の景色はとても新鮮なものだった。


 町にはたくさんの人や荷馬車が行き交い……。



「――うわぁああっ! イプルの森で天変地異だぁ!」



 通りにはカラフルな屋台が、宝石箱みたいに立ち並び……。



「――もうこの町はダメだぁっ! 逃げろぉおっ!」



 にぎやかな喧騒が、町を包みこ……。



「魔王が復活したんだ! 世界の終わりだぁっ!」

「ググレカースのやつらはなにやってるんだ!? こんなときのために、いつも威張ってるんだろ!?」

「ぎゃあああああっ!! 助けてぇ、ママぁぁあッ!!」



「…………うん」


 ローナは遠い目をした。



(……なんか思ってたのと違う)



 ローナが森で使っていた魔法が、町ではかなり大事になっていたらしい。


 いろいろ見なかったことにして、町を歩いていく。

 と、そこで――。


「う……」


 通りの屋台から漂ってくるおいしそうな匂いに、くきゅるるる~……と、ローナのお腹が鳴った。


(……そういえば、家を出てからまともなもの食べてないな)


 インターネットの地図に書かれていた『採集ポイント』で、イプルの実をいくつか食べたぐらいだ。


 甘い匂いに誘われるように、ローナの足がふらふらと屋台のほうへ向かい――。


「あ、あのぉ……イプルパイ1つください」


「え? あ、ああ。こんな状況なのに冷静だね、嬢ちゃん」


「まあ、慣れたので」


「……?」


 首をかしげる店主から、ローナはイプルパイを受け取る。

 これはインターネットでも『この町の名物』と書かれていたものだ。



――――――――――――――――――――

■アイテム/【イプルパイ】

[種別]料理 [売値]100シル

[効果]HP・MPを10回復(戦闘時使用不可)


◇説明:イフォネの町の名物。

200シルという安さのわりにMPの固定回復もできるため、序盤には重宝する。

――――――――――――――――――――



「じ、人生初の買い食い……」


 ごくり、と唾を飲みこんでから。

 ローナは意を決したように、イプルパイにかぶりついた。


「いっただきま~……熱ぅッ!?」


 表面のパイ生地を噛むと、口の中にじゅわっと熱々の果汁が広がる。

 慣れない熱々のパイに、口の中を火傷しそうになりつつも。


「あ、あふっ……あふいっ! でも……おいひいっ!」


 とろりとした濃厚な甘みに爽やかな酸味、ざくざく感のあるパイ生地、ほのかに鼻孔をくすぐるバターとシナモンの香り……。


 これを買ったせいで、手元のお金は残り100シルしかないけど後悔はない。


「……旅っていいなぁ」


 思わず、しみじみと呟く。

 今までググレカース家で出てくるものは、見栄えばかり気にした珍味(まずい)ばかりだったし。


 正直、食卓の空気もぴりぴりしていたため、あまり食事の味を感じられたこともなかった。


 それから、ローナはパイを食べつつ他の屋台も見て回るが……。


(うわ、低級回復薬でも2000シルもするんだ……薬草でも1束で400シル……保存食も1食分で1000シル……ちょっといい防具は普通に10万シルとかするなぁ)


 ぼったくりかと思って、インターネットで調べてみたけど、むしろ相場より安いぐらいだった。


 できれば、すぐにこのググレカース領から出たいところだったが……。


(最低限の旅支度を整えるだけでも、3万シルぐらいになっちゃうなぁ。乗り合い馬車もけっこうな値段するし……旅って、こんなにお金かかるんだね)


 森のヌシからドロップした猪突のブーツは50万シルで売れるみたいだが、貴重な防具なので売りたくないし……。


 ヌシ素材はそもそも、このタイミングで売ったら、天変地異の元凶だとバレてしまうかもしれない。


 かといって、他のモンスターのドロップアイテムは、魔法の威力が高すぎてほとんど消滅してしまったし……。


(とにかく、今はなによりお金が必要だね……)


 なんかいい金策はないかと思って、インターネットでいろいろ検索をかけてみる。


「えっと……FX? 仮想通貨? 消費者金融? 『おめでとうございます、抽選によりあなたに豪華景品が当たりました』……えっ!? 今ならここをタッチするだけでお金もらえるの!?」


 それから、しばらくして。



「――はっ」



 我に返ると、けっこうな時間が過ぎていた。

 道の真ん中で虚空を眺め続けているローナは、周囲から奇異の目で見られていた。


(インターネットって、つい無限にやっちゃうなぁ……気をつけないと)


 少し顔を赤くしながら、気を取り直して。


(とにかく、まずは手持ちの素材をできるだけ換金して、宿代を作らないとね)


 今の所持金では、安宿に泊まることすらままならない。

 なにをするにも、まずは冒険者登録をしたほうがいいだろう。


(たしか、冒険者登録するには試験に受からないといけないんだっけ? うぅ……大丈夫かなぁ)


 そう緊張しつつ、ローナは冒険者ギルドの集会所へと向かうのだった――。


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