第9話 初めての迷宮探索(後編)
「なぁ、壮馬。」
「ん? なんだ?」
「俺、探索者としてやっていけるのかな?」
「大丈夫だろ。ゴブリン共を殺して思ったけど、一度やってしまえば大したことはなかったぞ。」
「いやぁ、でもお前はメンタルが鋼鉄で出来てるからなぁ。俺の心はお前と違ってガラスみたいに繊細なんだよ。」
「そういうガラスみたいな心の奴でも、しばらく潜っていれば立派な探索者になるってことは、歴史が証明しているだろ?」
「でもなぁ。俺がその例外になったらと思うと、ちょっと心配になるんだよなぁ。」
奏斗はこれまでの道中の壮馬の様子を思い出して、ため息を吐いた。
壮馬は既に魔物と戦える状態にあると判断した健太は、道中での魔物との戦闘に壮馬も参加させていた。
魔物との戦闘に参加した壮馬は、元々武術を鍛えていたのと敵が弱いのもあって、相当数の魔物を倒すことができた。そしてそのたびに、精神的に堪えた様子もなく、楽し気にワイルドな笑みを浮かべていた。
そんな壮馬の姿を間近で見ていて、奏斗は自分に同じことができるか不安になったのであった。
そんな彼らは現在、洞窟エリアを抜け、草原エリアに来ていた。洞窟よりも少し明るい中、相変わらずひんやりとする空気が頬を撫でる。樹木の類はちらほらと見かける程度で、もし魔物が現れたらすぐに見つけることができるような広々とした視界の開放感がある。
先ほどよりは精神的圧迫感は少ない……ということもない。むしろ、遠くの魔物が視認できるということは、魔物からも奏斗達が視認できるということを意味する。
大輔の100m程度の索敵が、ほとんど意味がないという点で、先ほどとは別種の精神的負荷が彼らにかかっていた。
「俺、お前みたいに魔物を殺して獰猛な笑みを浮かべたりする奴にはなりたくないんだけどな」
「え、俺そんな笑ってた?」
「自覚ないのか? お前さっきから魔物を殺すたびにワイルドな笑みを浮かべてるぞ? 纏う雰囲気はかっこよくなったけど、そのニヤケ面だけはちょっとゾッとするな。」
「そ、そうなのか……」
壮馬は少し落ち込んだ。とはいえ、事実として魔物を殺すというストレスによって、少し興奮状態になっていたということは壮馬自身も自覚していた。
このままではまずいかと思って、少し深呼吸をしてみる。すると、心臓が早鐘を打っていることに気付いた。
全然平気だと思っていたけど、実は割と無茶しているのか知れないな、と壮馬は思い、苦笑した。
「よし、そこの岩陰で休憩だ。交替で休息をとる。まずは壮馬と奏斗、お前らが休め。ついでに食事も適量とって置け」
「「了解」」
健太は壮馬を最初に休ませることにした。この中で最も過酷な経験を積んだのは間違いなく壮馬であったため、彼を早めに休ませる必要があると感じたからだ。
やがて、岩陰に辿り着くと、壮馬と奏斗以外の面々は周囲を警戒し始める。
腰を下ろした壮馬達は、鞄の中から携帯食を取り出し食べ始めた。
探索者用に作られた、保存の利く栄養価の高い食事である。パックに入った栄養ゼリーみたいな見た目であり、カロリー重視で味もほどほどに良い。
「あー、体に染みるー‼」
「奏斗、静かに食え。」
「すみません。でもほんと、美味しいですよ!」
「そういうこと言うなよ。警戒している俺らも食いたくなるだろうが。」
「すまんすまん。」
健太が、魔物が寄ってくる可能性を考慮して奏斗に注意を促すが、奏斗は迷宮内での初めての食事のうまさに感動していたため、忠告の意味が分かっていても大きな声を出してしまった。
それくらい、迷宮内の食事というのは美味だったのである。
それも無理はない。いきなり非日常の世界に入り込んで、緊張続きだった奏斗にとって、食事というのはとても安心できる日常を感じる瞬間だったのだから。
奏斗は無我夢中で食事をする。すぐにパックの中身が空になり、もう一つ目に手を付ける。
壮馬もその様子を眺めながら、二つ目のパックに口をつけた。
リンゴ風味のゼリーがのどを通ると、それだけで疲れた精神が癒される。
二人して食事をしていると、健太が警戒しながら壮馬に話しかけた。
「壮馬。今回お前は人型の魔物も殺してきたが、どうだった?」
「…‥正直、最初は吐き気がしましたけど、過ぎてしまえばどうってことなかったです。」
「そうか。それならいいが、今回お前にはちょっと無理をさせ過ぎたと思っている。もし地上に戻って正気に戻った時に、どうしても辛かったら迷わず俺に連絡を入れろ。決して無理はするなよ。」
「……わかりました。」
健太は壮馬を心配していた。それは、地上に戻って正気になった時、迷宮での出来事に耐えられなくなることを憂慮してのことだった。
探索者の間ではたまにあることだが、地上に戻って正気になると、迷宮での出来事がトラウマのように思い出されることがあるのだ。
迷宮のもたらす精神的な苦痛は一般にとても大きいものであり、下手をすると発狂する。そのため、気付いたら早急にケアをする必要があるのだ。
それらのことを踏まえた健太の指示は的確であった。
と、そうして話していると、交替の時間になり、今度は壮馬達が警戒を担当することになる。
大輔や明人が休み、そして最後に健太が休憩をとってから、一同は再び迷宮の中を進み始めた。
◇ ◇ ◇
草原エリアを抜けると、再び洞窟エリアに突入する。
しかし、先ほどと違って、狭いトンネルの中を通っているわけではなかった。
広い地下空洞の中に細い回廊が続いていて、回廊の下には底の見えない暗闇が横たわっている。
落ちたら即死は間違いないだろう。
「俺、このエリア一番苦手かも。実は高所恐怖症なんだよなぁ。」
明人が少し震えた声でそう言った。
「不甲斐ないですね。高所恐怖症には同情しますが、慣れないと本当に死にますよ。僕が事前に調べた情報では、この場所には飛行系の魔物が出るそうですからね。」
「嘘だろ⁉ た、戦っている最中に、お、お、落ちたらどうするんだよ⁉」
「そうならないように今の内に慣れておこうって話ですよ。恐怖で足がすくんでまともに戦えませんでしたなんてことになったら、笑い話にもなりませんよ?」
大輔の言うことはもっともだった。
明人もそれが分かったのだろう。今まで必死に下を見ないように歩いていたが、周囲に気を配ることを心がけ始めた。
もっとも、その顔は蒼白であったが。
しばらく歩いていると、大輔の索敵に何かが引っかかった。
「皆さん止まってください‼ 前方100メートル先の空中に何かいます‼」
「数は?」
「……6匹です‼ こちらにまっすぐ向かっています‼」
健太は素早く周囲を見回した。
足元は細い橋のような通路が一本だけ存在しており、後方に逃げる以外に逃げ道はない。
しかし、敵はまっすぐこちらに向かってきている。今から後方に逃げても会敵することは避けられないだろう。
そう瞬時に判断した健太は、部隊に指示を飛ばした。
「総員戦闘準備‼ おそらく敵はジャイアントバット‼ でかいコウモリだ‼ 牙は危険だが、それ以外は特に恐れることはない‼ 全員足元に注意して迎え撃て‼」
「「「了解‼」」」
その指示が完了した瞬間。暗闇から少し大きなコウモリが出現した。
壮馬達の少し上空を旋回したコウモリ達は、やがて急降下すると、一気に壮馬達へと襲い掛かり始める。
そのまま噛みつき攻撃をしようとしてきた。しかし、数匹が壮馬達の武器に切り裂かれ、剣の錆となり果てる。
初めて魔物を殺した奏斗達は、その感触に驚きつつも、喜びをあらわにして武器を頭上に構えた。
倒した相手が人型でないコウモリであったため、彼らにとっては負担が少なく、比較的すんなりとその喜びを受け入れることが出来たのであった。
「や、やったぞ‼ 魔物を倒した‼」
「俺達、戦えるぞ‼」
「ああ、この調子で残りもやってやる‼」
しかし、そんな彼らに健太は喝を入れた。
「バカ野郎‼ 油断するな‼ 側面からも来るぞ‼」
「え? うわぁぁぁぁ‼ 伏兵⁉」
「上と横からの攻撃なんてどう防げばいいんだ⁉」
「くっ‼ この‼」
「落ち着けお前ら‼ 隊列を2列に組み替えろ‼ 互いの背中を守り合え‼」
「了解‼」
健太の指示にすぐに反応できたのは、これまでの道中で魔物との戦闘を積んできた壮馬だけであった。
最後尾にいた壮馬はすぐに前方にいた奏斗の横に並び、右側面のジャイアントバットの対処に集中し、その撃退を始めた。
「奏斗、左を頼む‼」
「え、お、おう‼」
その声を聞いて奏斗が左側面に集中しようとした、その時であった。
ドパンッと乾いた音が洞窟内に鳴り響く。
「……え?」
壮馬の呆然とした声が響く。
その背中には激痛が走っていた。
背中に走った衝撃のせいで、壮馬は足を踏み外す。
そのまま細い橋の外側へと体が躍り出て……その体が自由落下を始めた。
その様子を、振り返った奏斗はスローモーションになった視界で呆然と見ていた。
「そ、そうまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ハッとなって咄嗟に手を伸ばすが、その手は届かなかった。
壮馬はそのまま奈落の底へと落ちていく。
その壮馬の表情には、驚きと困惑と……絶望が写り込んでいた。
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