第10話 運命の出会い

 背中に柔らかく冷たい感触を感じて、壮馬は目を覚ました。

 最初に視界に飛び込んできたのは、谷底を形成する湿った岩壁であった。


(知らない天井だ……って言おうと思ったんだけど、天井がないな)


 古くから存在する定番のネタを思いつく程度には、今の壮馬の状態は安定していた。

 

(体は動く。背中はまだ痛いけど、気分は悪くないから、多分致命傷じゃない……よな? あの音、明らかにライフルの発砲音だった気がするんだけど……どういうことだ? いくらAP障壁があるとはいえ、マナを纏った銃撃ならば俺は谷底に落ちる前に即死しているはず……俺を殺す気じゃなかったのか?) 

 

 AP障壁とは、マナで出来た対物理障壁の名前である。マナを通したエネルギー攻撃以外を強く弾く性質を持っており、このAP障壁を展開するためのスキルメモリは探索者にとっての必須装備となっている。

 魔物もこの障壁を体の周りに展開しているので、探索者と魔物はお互いマナを使った攻撃でしか傷をつけることができないのだ。


 そのAP障壁を展開していた壮馬に攻撃を加えたということは、相手の攻撃は、マナを纏った銃弾によるものであったことは間違いない。

 しかし、それならば、壮馬の紙装甲と評すべきAP障壁など瞬時に吹き飛んでいるはずである。

 そして、壮馬の体は銃に貫かれて致命傷を負うはずだ。


(とりあえず起きるか)


 壮馬は疑問を脇に置いて、起き上がった。

 周囲を見回してみると、近くに剣が落ちている。

 しかし、そんなことよりも目を引く物があった。


(キノコ?)


 壮馬が先ほどまで寝転がっていた場所には、キノコのような大きな傘を持つ白い植物があった。

 辺りを見ると、それと似た植物が局所的に群生していて、青白い光をぼんやりと放っている。その傘に隠れるように地面には緑の下草と色とりどりに光る小さめのキノコが生えていて、近くには川が流れていた。


(なんだ? このキノコ、すごく柔らかい。これで衝撃が緩和されたのか。)


 壮馬がキノコに触れると、その手がふわりと沈む。

 その感触をしばらく楽しんだ壮馬は、先ほどの疑問を再び頭に思い出した。


(あの銃撃は、もしかしてここに俺を連れてくるのが目的だったのか? だったら、何が本当の目的だ? まさか人身売買組織の罠にでもはまったのか⁉)


 そんな想像をする壮馬であったが、周囲には誰もない。

 しかし、辺りを見回した壮馬は、一つ不自然なものを見つけた。

 キノコの群生している場所の隅の方に、人工的な雰囲気を漂わせる洞窟を見つけたのだ。


(明らかに人工物だな。非常に怪しいが……あそこしか進む道がないんだよなぁ。)


 狭い谷底の川縁に出来た陸にいる壮馬には、他に進める場所がなかった。

 崖を上るのは現実的ではないし、川を泳いで進むのも危険だ。

 仕方なく壮馬は諦めて、剣を拾うと怪しげな洞窟の方へと足を向けた。


 壮馬は洞窟に入りしばらく歩を進めた。

 すると、突然ズズズっという音が後ろから聞こえる。

 振り返ってみると、洞窟の入り口の脇から岩がせり出してきていて、入り口を封鎖していた。

 急いで駆け戻ろうとした壮馬だったが、壮馬が入口に戻るよりも前に洞窟は完全に封鎖されてしまった。


(やられた! 洞窟に閉じ込められた!)


 暗闇に閉ざされた洞窟の中、壮馬はそう思った。

 しかし、次の瞬間、洞窟内の壁に取り付けられた電球達が順番に光だし、洞窟を照らし出した。


(……進めってことか。なんなんだよ。本当に。)


 壮馬は洞窟の先へと進み始めた。

 その先に何が待つのかと警戒しながら。




 ◇ ◇ ◇




 しばらく進み続けると、開けた空間にやってきた。

 ドーム状の空間で、壁にはスライド式の自動ドアみたいなものがたくさん取り付けられている。

 床や壁は洞窟のような岩ではなく、人工的なフローリングのような何かの見た目をしていた。


(何の施設だ? 本当に人身売買組織の施設か?)


 ドーム状の大部屋には誰もいない。

 恐る恐るドームの中央へと進んでいくと、中央付近に来た辺りで、後ろからガンッという音がした。

 振り返ってみると、壁に取り付けられていたのと同じような、頑丈そうな自動ドアが洞窟の穴を塞いでいた。


(ッ⁉ また閉じ込められた‼ 何で同じミスをするかなぁ……)


 壮馬は少し自分に失望した。

 しかし、反省している暇はなかった。

 壮馬が入ってきた洞窟から見て正面に位置する自動ドアが開き、3人の男女が登場したのだ!

 

「ッ⁉」


 壮馬は瞬時に剣を構え、スキルを展開した。体が赤い光に包まれる。

 そして、相手の人間をよく観察してみた。

 一人は金髪をオールバックにして品の良いあごひげを持った壮年の白人男性で、立派なスーツを着ている。もう一人はウェーブがかった長い金髪の白人女性で、柄物のシャツの上から白衣を羽織っている美女だ。最後の一人は黒髪を刈り上げた大柄な日本人男性で黒い戦闘服に身を包んでいる。手には肉厚の大剣を握っていた。


 壮馬が警戒していると、金髪の男が話し始めた。


「ようこそ、黒瀬壮馬君。君を歓迎しよう。」


 その言葉を聞いて、壮馬は混乱した。

 なぜ自分が歓迎されているのか。なぜ名前が知られているのか。疑問は尽きなかった。

 しかし、聞くべきことは聞かねばなるまい。

 そう思った壮馬は彼らに質問することにした。


「何者だ? 俺の体が目的なら、抵抗させてもらうが?」


 それに答えた金髪の男の返答は意外な物だった。


「その必要はない。我々の目的は君の体なんかじゃないからね。むしろ欲しいのは君の心のほうだ。」

「……俺にBLの趣味はない。」

「ははは、そういう意味で言ったわけじゃないよ。」


 男は軽く笑った。

 そして、続きを話し始めた。


「では、仕切り直して自己紹介と行こうか。」


 その後に男の語った名前は、壮馬がよく知るものだった。

 ギルドの講習会で何度も聞いた、あの名前であった。

 

「私は進藤孝一。全国探索者ギルド連合会のグランドマスターだ。君も探索者なら名前くらい聞いたことあるよね?」


 グランドマスター。それは、全国にある探索者ギルドを束ねて君臨する者。

 そんな衝撃的な自己紹介をした男は、人好きのする笑みを浮かべていた。

 しかし、壮馬は笑顔の裏に何か恐ろしいものを感じ取って、本能的に身をすくめた。

 壮馬は出会った瞬間に悟ったのだ。

 この男は、俺と同類の匂いがする、と。






—————

【あとがき】

 やっとあらすじの場面につながるところまでやってくることが出来ました。ここまでお読みいただきありがとうございます。

 この作品が面白いと思っていただけましたら、是非、評価、フォロー、応援、意見などをよろしくお願いします。作者の励みになりますので。

 それでは失礼します。

                                 日野いるか

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