第40話 二人のその後1


 それからさらに一週間後。

 王宮では第三王子の王族復帰を祝うために王宮で祝いの宴が開かれることになった。

 エオノラはもちろんその宴に参加する。

 その日は朝からイヴを含む侍女たちの気合いが充分に入っていた。色素の薄い金色の髪を緩く巻いてからハーフアップに纏め、涼やかな目もとが華やかになるよう綺麗に化粧も施してくれる。


「お嬢様、今日の装いは完璧だと思います」

 メイクと衣装を務めたイヴは額の汗を拭いながら腰に手を当てると満足そうに姿見からこちらへ視線を投げかける。

 身に纏っているドレスは淡紅色の生地に白のオーガンジーがたっぷりのドレスだ。胸元のレースにはバラの刺繍が入り、腰のリボンの紅色がアクセントとなっている。


「イヴの腕は確かね。今日はありがとう」

 エオノラが鏡越しに微笑むとイヴはぽっと頬を赤らめた。

「いいえ、そんな。私こそ品行方正、才色兼備なお嬢様の専属侍女ができて幸せです!!」

 それは盛り過ぎだと苦笑していると、ゼレクが扉を叩いて部屋に入ってくる。

「デビュタントのドレスも大人びていて素敵だったけど今日のドレスは一段と華やかだね」

「お兄様!」

 エオノラはイヴや侍女たちを下がらせるとゼレクを部屋の中に入れた。



 近頃は仕事が落ち着いて早く帰ってくる日が多くなった。とはいえ、これまでシュリアと過ごせなかった時間の埋め合わせをするため、屋敷に戻ってもすぐに出かけていくのであまり会話らしい会話をする暇はなかったが。

「……そういえば、今日の新聞に魔術院の法律が改正されたって記事が載っていたんだけど、ずっと忙しかったのは改正手続きに奔走していたからなんでしょう?」

 それまでのゼレクはどんなに忙しくても必ず休みには帰ってきてくれた。それにも拘らず、ほとんど屋敷に帰ってこなくなったのはこの改正法案を是が非でも成立させるために尽力していたからだろう。


「さあて、なんのことかなあ」

「もうっ、惚けないで」

「俺はいろんな法律の整備をするのが仕事だからね」

 宰相補佐という立場上、私情を挟んでいたとは口が裂けても言えないはず。そう思ってわざわざ二人きりになったのに、結局ゼレクには最後まで白を切られてしまった。


(お礼を言いたかったのに、あくまでも宰相補佐の仕事だと言い張るのね)

 肩をすぼめているとエオノラの前に手が差し出される。

「ほら、そろそろ急がないと時間に遅れてしまうよ」

「……そうね。出発しましょう」

 エオノラはゼレクにエスコートされて馬車に乗り込み、王宮へと出発した。






 王宮の大広間には大勢の貴族たちが集まっていた。その中でも第三王子のフェリクスが復帰するとあって未婚の令嬢たちは色めき立っている。

「第三王子殿下のフェリクス殿下って一体どんなお方なのかしら?」

「第二王子殿下のハリストン殿下は凜々しくて素敵ですけれど、仕事一筋なところが玉にきずですのよね。どんなに令嬢に言い寄られても靡かないんですもの」

「そう考えるとフェリクス様にはいろいろと期待してしまいますわねえ」

 令嬢たちは様々な想像を膨らませていた。


 彼の心を射止めることができれば、地位も名誉も手に入れられる。

 何せこれまで心を病み離宮でひっそりと暮らしてきた王子だ。右も左も分からないと高を括っているに違いない。

 ゼレクと大広間を歩いているといろいろなところでそんな声が聞こえてくる。

(フェリクス様は社交界から離れていたけど、無知な人じゃないわ)

 好き勝手なことを言う彼女たちの話に内心エオノラは不機嫌になった。


「あ、いたいた。やっと見つけたわよ」

 むくれていると人混みの中からシュリアがひょっこりと顔を出す。

「まあ、シュリア!」

 エオノラは気を取り直して笑顔になった。

「このところゼレク様を独り占めしてごめんなさいね。体調はもう大丈夫?」

「もうすっかり。こちらこそお兄様が長い間相手をしなくてごめんね」

「もう充分二人の時間を過ごしたから満足しているわ。だから今度はエオノラとの時間をもらわないとね」

 シュリアが陽気な調子で冗談を口にする。


「そんなことを言って……俺との時間をもっと取ってくれよ。寂しかったんだから」

 ゼレクはやれやれというように両手を挙げた。

 二人の様子にくすくすと笑っていると、入り口の方からさざ波のように歓喜の声が上がった。その声に反応して振り向くと、黒色の騎士服に身を包んだ近衛騎士たちが現れ、その後に王族が次々と登場する。


 国王夫妻に続いて二人の王子が姿を現した。一行が落ち着いた色合いの正装で登場する中、最後に現れた第三王子のフェリクスだけは異なっていた。

 金の刺繍が入った真っ白な正装に身を包み、袖にはひし形のダイヤモンドのボタンが付いている。

 軽装姿に見慣れていたエオノラは初めて見る彼の正装姿に見入ってしまった。

 普段ですら眉目秀麗で美しいのに、身に纏っている衣装がより一層彼を美しく引き立てている。



 フェリクスを見た令嬢たちはほうっと溜め息が漏らし、頬を上気させて蕩けるような表情を浮かべていた。

「嗚呼、三人の王子の中で一番フェリクス殿下が素敵ではありませんこと?」

「少しで良いからお話しできないかしら?」

「わたくし、絶対彼とダンスを踊りたいですわ」

 周囲からはなんとしてもフェリクスとお近づきになりたい令嬢たちの声が聞こえてくる。


 華やかな王族の一行が壇上に上がってそれぞれ用意された椅子に座ると、国王陛下だけが椅子に座らずに貴族たちの前に立ち、祝杯を挙げる。

 それと同時にオーケストラが演奏を開始して、宴が始まった。

 フェリクスは椅子から立つと壇上を降りて貴族たちに挨拶をし始めた。早速お近づきになりたい貴族たちが老若男女問わず彼の周りにやって来て人だかりができる。

 エオノラもその人だかりの方へと足を運んでみたが、こんな状況で近づくのは難しそうだ。


 仕方がなく遠巻きから姿を眺めていると、後ろから肩を叩かれた。ゼレクが呼びに来たのだと思い頭を動かすと、そこには田舎領へ飛ばされたはずのリックが立っていた。

「……リック? どうしてここにあなたがいるの?」

「君に謝りたくてここに来たんだ。その、今まで君の評判を落とすようなことを言いふらして悪かったよ」

 これまで傲慢な態度をみせていたリックが突然謝罪したのでエオノラは心底驚いた。今更謝ってきたところでもう遅いし許す気もないが、キッフェン伯爵に叱られて改心したのならそれはそれで良いことだとエオノラは思った。次の言葉を聞くまでは。


「どうだ? こうやってわざわざ頭を下げに来てあげたんだし、父に許すように言ってもらえないか? せめて、田舎領じゃなくて王都で一からやり直せないか頼んで欲しいんだ」

「……」

 本当にこの男は、自分のことを最優先でしか物事を考えることができないようだ。

 エオノラは頬が引き攣りそうになるのを堪えて無理矢理笑みを作った。

「リックったら相変わらずね……」

 すると何を勘違いしたのかリックはエオノラが好意的だと判断して明るい表情を見せた。


「そうさ。俺は昔となんにも変わらない。だから元婚約者のよしみで……」

「それはあなた側の都合でしょ。あなたを助けたところで私に何の得があるの?」

「……君が俺を助けたらアリアも幸せになれるぞ」

「確かにアリアが幸せなのは嬉しいことだけど。それとこれとは別だわ」

 田舎領に飛ばされるのを免れたところでキッフェン伯爵がアリアとの婚約式を進めるかどうかは別の話だ。伯爵が婚約式を認めるかどうかはリックの仕事ぶりに掛かっている。そこに、エオノラが入り込む余地はない。


「これまで散々私はあなたに苦しめられた。助ける義理なんてない。自分で蒔いた種は自分で刈り取って」

 エオノラはきっぱりと拒絶するとくるりと後ろを向いてその場から立ち去った。

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