第39話 石守姫の末裔


 王宮に戻ったフェリクスは国王夫妻と久しぶりに面会した。

 母である王妃は自分の立場など忘れ感極まって大泣きした。隣の父である国王も目に涙を浮かべて温かく迎え入れてくれる。

「よく、無事に戻ってくれた。そして今まで辛い思いをさせてすまなかった。父親として、国王として、私はおまえを誇りに思う」

 フェリクスもまた目頭が熱くなるのを感じていた。

 初めて呪いが発現した日、もう二度と二人には会えないだろうと覚悟していた。

 まさかこんな日がくるなんて夢にも思わなかった。これもすべてエオノラのお陰だ。


 国王は王妃が落ち着くの見届けると、王室長官を呼んだ。

「今日はいろいろと疲れただろう。もう下がりなさい。改めて明日、話を聞かせてくれ」

「はい、父上」

 クリスは二人に一礼すると用意された客間の一室で休むことになった。

 案内された部屋の扉を開けると、ソファにはハリーと、その隣に意外な人物が居合わせていた。

「ルイ兄上、お久しぶりです。新婚旅行から帰ってこられたのですね」

「フェル! 先程王宮に戻ったばかりだよ。呪いが解けたと聞いて、いてもたってもいられなくて来てしまったよ」

 第一王子のルイストルが今にも抱きついてきそうな勢いで駆け寄ってきたので、フェリクスはやんわりと手で突き返した。彼はスキンシップが多いので苦手だ。


 どうして連れてきたんだ、と目でハリーを咎めると彼は楽しそうににやにやと笑っていた。

「ちょっと面白い話を兄上から聞いたから、その話は是非フェリクスにも聞かせようと思って連れてきたんだよ」

 ハリーは得意げに顎を撫でると、ルイストルが話し始めた。

「新婚で各国を巡りながら、君の呪いを解く手がかりになりそうなものを調べていたんだ。それで、面白い話を耳にしたんだよ」



 それはエスラワン王国と海を挟んだ隣にある島国の話。

 そこはかつて精霊信仰や自然崇拝が根強い国で、巫女が国を治めていた。しかし、百年前に大国との戦争に敗れて属国となり、現在は土着の信仰は禁止されてしまっている。資料として知識は残っているが今はもう誰も信仰していないのだという。

 もともと大国は魔術師の数が減っていることを危惧し、巫女の力を求めて戦争を起こした。しかし、島を攻め入った直後に巫女は忽然と姿を消してしまった。

 巫女は島民を捨てて逃げたとも、側近に助けられて命からがら島を脱出したとも言われている。

「それでね、その島の巫女は島民からは石守姫と呼ばれていたらしいんだ。石守姫は竜の目という真実を見定める目を持ち、精霊が宿る石の声が聞こえた。彼女はその二つの力を用いて祈祷を行っていたそうなんだ」

 話の内容にフェリクスはハッとする。


 エオノラは石の声が聞こえる力を持っていると言っていた。それに呪われた自分の本当の姿を見ることもできた。

 もしかすると、彼女や祖母は石守姫の末裔なのではないだろうか。

「巫女の力を持つ人がどこかにいるなら、その人を探し当てて呪いを解くようにお願いしようと思ったんだ。……だけど結局呪いは解けてしまったから、ただの土産話で終わってしまったみたいだね」

 何も知らないルイは笑いながら言った。



 それから三兄弟揃って語らいあった後、ルイは妻を待たせているからと先に部屋から出ていった。彼がいなくなるとハリーは身を乗り出してフェリクスに言った。

「な? 面白い話だっただろう?」

「確かにその話は興味深い。だが……」

「百年前の話だから確固たる証拠はないって言いたいんだろう? そういうと思ってエオノラの祖母をこっそり調べてみた。なんとびっくり、彼女は孤児院育ちでエメリー子爵の養子になっていたんだ。これはあながち間違いではないのかもしれないぞ」

「エオノラは自分の力を誰にも話したくないと言っている。魔術院へ行くのが嫌というのもあるが、もし彼女が巫女の末裔であるなら外交的な問題にも発展するかもしれない」

 魔術師はどこの国も喉から手が出る程欲しい逸材だ。石守姫の末裔がエスラワン王国にいる。もしもそれが戦勝国である大国の耳に届いたら――戦争の火種になりかねない。



「そうだな。だからこのことは父上以外には他言しないでおく。魔術院だって、巫女の末裔と知ったらストーカーの如く追いかけ回して勧誘するだろうからな」

 ハリーはわざとらしく冗談を口にした。

 クリスは口元に手をあてて、暫し考え込む。

「……それなら私が常にエオノラに付き添えば問題ない。魔術院も手は出せないだろうし、これ程の虫除けはいないだろう」

「はあ、君の方がよっぽどストーカーだな」

 ハリーはフェリクスの重症具合に頬を引き攣らせるしかなかった。






 ◇


 ラヴァループス侯爵の呪いが解けたという知らせは王国中に知れ渡ることとなった。

 王室はこれまで内密にしていたラヴァループス侯爵が実は王族であることを明らかにした。

 アーサー王の息子の時代に呪われた王子は実は二番目の王子だった。王家が呪われているという秘密を守るため、アーサー王は二番目の王子が病死したなどとして隠蔽を図った。誰にも王子が生きていると知られぬよう、ラヴァループス侯爵の顔を見たら死んでしまうという噂を広げ、人々はそれを信じることになったのだ。

 国王陛下は国民を欺いていたことを謝罪した上で、第三王子のフェリクスが呪いによってこれまで苦しんでいたことを語った。その後で呪いが解けたフェリクスを、もう一度王族の一員として復帰させることを宣言した。



 エオノラは呪いを解いた日の疲労から三日三晩寝込む羽目になってしまった。その間にも様々な出来事は起こった。

 まず不在だったキッフェン伯爵が王都に戻ってきて息子が社交界で何をしていたのか知ると酷く激昂した。

 与えていた伯爵代理の権限を剥奪し、半人前の息子が一人前になれるまでは婚約式はさせられないと、リックが独断で進めていたアリアとの婚約式は一旦保留になった。


 もちろんリックは抗議したが、商学に深い知識のあるキッフェン伯爵は信頼がいかに大事かを熟知している。フォーサイス家とキッフェン家は曲がりなりにも、持ちつ持たれつの関係を築いてきた。その関係が崩れてしまえば、キッフェン家はフォーサイス家の足下にも及ばない。

 伯爵は息子を叱ったその足でフォーサイス家に赴いて謝罪をしにきた。彼はリックの性根をたたき直すため、所有する田舎領の雑務から働かせるつもりでいる旨をゼレクに伝えたという。


 ゼレクは伯爵の罰はまだ手ぬるいと不満そうにしていたが、伯爵が帰った直後にフェリクスがエオノラの見舞いに来たためそれどころではなくなった。

 エオノラが第二王子殿下に頼まれた仕事というのは、実は薬草採取ではなく、フェリクスの看病だったと聞かされて始終驚嘆していた。


 フェリクスは話の締めくくりとして、彼女のお陰でここまで立ち直ることができたと王子らしい煌びやかな笑みを浮かべて感謝したという。その場にいた、使用人を含む全員がその美しさに魅了され、暫くほうっと溜め息をついて見とれていた。


 とにかく、すべてはエオノラが寝込んでいる間に起きた話で、体調が良くなってからイヴに聞かされることとなった。

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