第36話 呪いの真実4
エオノラは改めて気を引き締めるとこの状況を打開する策を必死に考えた。
呪いを解くためにはルビーローズの花を咲かせる必要があるが、まずは自我を失ったクリスをどうにかしなくてはいけない。完全体となったらもっと凶暴化してしまうだろう。
(柘榴石は私にしか呪いは解くことができないと言った。だけど呪いを解くには……)
不意に、リンリンと鳴るルビーローズの音が耳に届いた。
それはいつもの悲痛な音ではなく、手招いているような抑揚のある優しい音色だ。早くこっちに来いと急かしているようにも聞こえる。
日記帳の最後に祖母は狼神と書いていた。この間、クリスは狼神の最後の言葉について話してくれた。ハリーは呪いが完全となると自我を失い、ルビーローズを守るだけに生きると言っていた。そして、柘榴石はエオノラにしかできないことだと教えてくれた。
頭の中にある点と点が一つの線となって繋がっていく。
エオノラは顔を上げるとハリーに叫んだ。
「まずはルビーローズの鳥かごの中へ移動してください!」
「待て。鳥かごはダイヤル式の鍵が掛かっている。解錠する四桁の数字が分からないぞ」
「大丈夫です。この間クリス様が解錠するのを見ていました。数字は分かります」
「……先に走れ。俺は後から行く」
ハリーの指示を受けてエオノラは鳥かごへと走った。後ろのハリーがクリスの触手攻撃を魔術で防ぎながら移動してくる。
ガウガウという唸り声とハリーがクリスに呼びかける声が聞こえてくる。
鳥かごに辿り着いたエオノラはすぐに錠前を手に取ってダイヤルを回した。
指の震えと汗で滑って上手く動かせない。
「解錠はまだか? 俺は実践的な魔術は正直苦手だ」
「もう少しです!!」
額に汗を滲ませながら、エオノラは必死にダイヤルを回していく。
鍵を開けるのに途方もない時間が掛かっているような感覚に陥ったが、ようやっと鍵が外れた。
「ハリー様、中へ早く入ってくださいっ!!」
鳥かごの中に入ってハリーに呼ぶ。
彼は最後の一撃を放つと、鳥かごの中に入ってきた。
透かさずエオノラは扉を閉める。
ハリーの後を追いかけてきたクリスだったが鳥かご手前で立ち止まると、鉄柵の周りを彷徨いて唸った。
「襲って……こない?」
「思った通りです。今のクリス様はルビーローズを傷つけられないから、近くにいると攻撃ができないんです」
そう呟いたエオノラは背後にあるルビーローズへと向き直ると地面に膝をつき、そっと幹へと手を伸ばした。
「教えて、呪いを解くには、あなたの花を咲かせるにはどうすればいいの?」
目を閉じて意識を指先へと集中させる。
暫くして目を開いたエオノラは蕾がついた枝を掴むと手折った。無数の棘がある枝を無遠慮に掴んだので手のひらは傷ついて血が滲む。
手折った枝のルビーローズの蕾はみるみるうちに宝石の様な輝きを失っていく。
エオノラの奇行に一驚するハリー。だが、彼はさらに驚かされることになる。
なんとエオノラはそのまま鳥かごから外へと飛び出したのだ。
「馬鹿な真似はよせ!」
ハリーは正気なのかと非難の声を上げるが、エオノラは目を細めるだけ。
彼の心配を余所に、エオノラは静かにクリスの前に対峙するとルビーローズを彼の前へと差し出した。
「クリス様、あなたが欲するのはルビーローズですか? それとも……」
エオノラは護身用にと思い、ポケットに忍ばせていたガラスの破片を取り出し、鋭い部分を自分の首筋にピタリとつける。
「おとぎ話みたいに、お姫様のキスで呪いが解けるならどれだけ素敵だったでしょう。お祖母様の日記帳や、ルビーローズの声を聞いて分かったんです。ラヴァループス侯爵の呪いを解くには彼を愛してくれる人間の血……つまりは命が必要だと。――私、クリス様が好き。だから、今度は私があなたを救いたいの」
ここ最近、クリスを思い出す度に締め付けられる胸の苦しみについてずっと考えていた。
クリスと一緒にいる時間はとても楽しい。最初は素っ気ない態度を取られていたけれど、それは相手を傷つけるのを恐れてわざと仕向けていたことだと知った。
本当のクリスはとても優しくて思いやりのある人間だ。落ち込んだ時、話を聞いて心を救ってくれたのも、舞踏会に参加するからとダンスの練習を一緒にしてくれたのもすべて嬉しかった。そんな思いやりのある彼にいつの間にかエオノラは惹かれていた。
祖母は先代侯爵と仲は良かったが、そこにあったのは友愛で恋愛感情ではなかった。だから祖母には呪いを解くことができなかった。
覚悟を決めたエオノラは手にしたガラスの破片を白い肌に突き立てる。すると、目の前にいたクリスが飛びかかってきてそのまま一緒に倒れ込んでしまった。
「……あっ」
地面に頭から倒れ込んで衝撃が走り、エオノラは目の前が真っ白になった。
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