第14話 柘榴石のペンダント1


 朝日が昇り、中庭の緑についた夜露が輝き始めた頃――エオノラは書斎で捜し物をしていた。ある程度目星をつけて探しているが一向に目的の物は見つからない。

「お兄様は一体どこにしまったのかしら……。大事な物は基本的に書斎にしまうはずだけど、全く見当がつかないわ」

 腕を組んで唸っているとジョンが部屋に入ってきた。


「お嬢様、朝早くからこんなところで如何なさいました?」

「良いところに来てくれたわジョン。お祖母様との手紙を探しているの。お祖母様が亡くなられた時、私は酷くショックを受けていたから、お兄様が思い出の大半をどこかに隠してしまったの。……どこにあるか知らない?」

 祖母は幼い頃、エオノラにルビーローズや宝石のことをよく話してくれた。思い返せば、直接的ではなかったにせよ、石との関わり方についても教えてくれていた気がする。

 もしかすると祖母は何かを知っていたのかもしれない。


 そう思うと、いてもたってもいられなくなり、何でもいいから手がかりを見つけたくなってベッドから飛び出してしまった。

(記憶が正しければ、私が石の声が聞こえる力に目覚めてから頻繁にお父様と手紙のやり取りをしていたわ。だから、手紙に何かヒントがあると思う)

 エオノラが手当たり次第探していると、ジョンが口を開いた。


「もちろん存じております。ゼレク様がしまっていたのは……こちらです」

 ジョンは書斎奥にある棚から大きな木製の箱を取り出した。床に下ろして蓋を開けると、中には祖母との手紙の束や絵はがき、ハンカチなどが入っている。

「良かった。これだわ」

 エオノラは手紙の束を大事に取り出した。すると、その下から両手のひらで収まるサイズの箱が現れる。


 取り出してみると、それはローズウッドの素材にエンジェルリーフの金細工が施された美しい逸品だった。

(これって宝石箱かしら? 蓋は……開かないわ)

 宝石箱は中身が入っているような重量感はなく、軽く振ってみるとカタカタと音がした。

 ためつすがめつしていると、ジョンが懐かしそうに目を細める。


「懐かしいですな。そちらは大奥様がお嬢様のお誕生日にプレゼントされた宝石箱です」

「だけどジョン、この宝石箱は開かないの」

 蓋に力を込めて引っ張るがびくともしない。どうやら鍵が掛かっているらしい。

「装飾で目立たなくなっておりますが、ここに鍵穴があるようです」

 ジョンが葉っぱを指さすのでエオノラは葉っぱに触れてみる。すると、確かにカタカタと揺れた。それはスライド式になっていて、指の腹で横にずらせば鍵穴が現れる。


「本当だわ。だけど鍵穴にしてはとっても不思議な形状をしているわね。この鍵はどこにあるのかしら?」

「恐らく、箱の中に一緒にしまっていたと思いますけど。……やや、どこにも見当たりませんね」

 エオノラはジョンと一緒に宝石箱が入っていた箱の中をくまなく探したが、それらしきものは見当たらなかった。仕方がないので宝石箱を開けるのは諦めて、手がかりになりそうなものとそうでないものを精査する。

「鍵がないのは残念です。宝石箱はいかがなさいますか?」

 尋ねられてエオノラはどうするか悩んだ。


 この宝石箱はジョンの言うとおり祖母が十歳の誕生日に贈ってくれたものだ。そしてこれを祖母から手渡された時、何かを伝えてくれた気がする。

(お祖母様が言っていたことは何か大事なことだった気がするわ。だけど……思い出せない)

 眉尻を下げ、エオノラはしげしげと宝石箱を見つめた。

 元の箱に戻すよりも、側に置いておけば何かの拍子で思い出せるかもしれない。

 エオノラは宝石箱を抱き締めると顔を上げた。

「これも手紙と一緒に持って行くわ。手伝ってくれてありがとう」

 ジョンはにこりと微笑むと、てきぱきと後片付けをしてくれた。

「さあお嬢様、お部屋にお戻りください。そろそろイヴが起こしに行く頃です」

「そうね。私がいないってなったらイヴがびっくりしちゃうわね」

 探すのを手伝ってくれたジョンにお礼を言うとエオノラは自室に戻った。



 緑色のフリルとリボンがアクセントの若草色のドレスに着替え、朝食を済ませたエオノラは居間のソファで寛ぎながら祖母からの手紙を読んでいた。

 一番古い手紙を読み始めると、自分ですら忘れていた懐かしい内容が書かれていた。あの頃は毎日が楽しくて幸せだった、とエオノラは心の中で思う。

 まだ両親もこの屋敷にいて一緒に毎日を過ごしていたし、夏になると祖母が遊びにきてくれていた。足が悪かった祖母はエオノラが座っているソファに腰掛けていろいろな話を面白おかしく話してくれた。


 思い出に浸りながら次の手紙を手にしてみると、それが最後の一通だった。封筒の宛先には父の名前ではなく、エオノラの名前が書かれている。

 中の二つ折りにされている便箋を開くと、最初にあったのは『十歳のお誕生日おめでとう』という言葉だった。その一文を読んだ途端、当時の記憶が蘇る。


 この年は初めて石の音が聞こえるようになった年だった。知らせを聞いた祖母はまだ夏前だというのに屋敷に駆けつけてエオノラの力について父と話していたことを覚えている。

「……そうだわ。この年はお祖母様が誕生日に特別な贈り物をしてくださったのよ。それがこの宝石箱だった」

 エオノラはテーブルの上に置いている宝石箱を見つめた。


 長年眠っていたそれは手入れがされていなかったせいで鈍く光っているが重厚な印象をこちらに与える。

 エオノラは再び視線を便箋に戻した。

 ――十歳のお誕生日おめでとうエオノラ。いつかあなたが必要になるかもしれないものを贈ります。

 その後に続く内容を読んで見るものの、気になるところは特になかった。

 エオノラは便箋から顔を上げると首を傾げる。

「大人になればたくさんの装飾品が必要になるから宝石箱を贈ることは理解できるけど、いつか必要になるかもしれないってどういう意味かしら?」

 訝しんでいると、振り子時計の時計が鳴り始める。

 意識を引き戻して時間を確認すると、あっと声を上げた。

「いけない。そろそろ行かないと」

 手紙の束を集めて整えると、宝石箱と一緒に自室へと運んだ。



 エオノラは机の引き出しに大切なものをしまう習慣がある。手紙をしまうために手を掛けると、中にはカメオのブローチ――リックから初めて贈られた品がころんと顔を出した。

 彼から贈られた品は片手で数えるくらいしかなかったが、すべてイヴに処分してもらったはずだった。


 しかし、このブローチだけはエオノラが心から大切だと思うものをしまう引き出しの中にしまっていたので、彼女は躊躇った或いは見落としてしまったらしい。


 カメオを人差し指と親指で摘まんでそっと机の上に置く。

 楕円形に成形された象牙に愛の象徴であるハトが二羽と花が立体的に彫られている。仲睦まじい二羽のハトを見ていると、二人の愛が永遠に続くように思えた。

(まさか一つだけ残っていたなんて……)

 ブローチはまだ彼がアリアを知らず、エオノラだけを見てくれていた時に贈ってくれたものだった。

「婚約の証しに、君にこれを贈るよ」

 彼はそう言って胸元にブローチをつけてくれた。


 リックの第一印象は人当たりの良い青年だった。焦げ茶色の髪は癖があるが艶やかで背は高く体格もそれなりに良かった。顔立ちはこれといった派手さはないが顔をくしゃりと崩して笑うところはとても素敵だ。

 当時の彼は忙しいと言いつつも、最後はいつもエオノラを優先して動いてくれていた。


 あの頃の幸せとその夢はもう終わってしまったのだという絶望の二つがない交ぜとなり、胸の辺りに複雑な感情の波が押し寄せてくる。

 とうとう耐えられなくなってカメオから視線を逸らした。

「……はあっ」

 自分でも気づかないうちに息を止めていたエオノラは、苦しみと一緒に息を吐き出す。


(これは、早くイヴに処分してもらいましょう)

 嫌なものは処分して忘れてしまうに限る。気を取り直してエオノラは引き出しの空いたスペースに手紙の束を入れ、その次に宝石箱をしまおうとした。

 しかし、長年しまいっぱなしにしていた祖母からの贈り物をまた引き出しに入れるのはどうも忍びない。


「埃もこびりついているし、クゥのご飯を食べる姿を眺めながら綺麗にするのも良いかもしれないわ」

 エオノラは宝石箱をスカーフにくるんでから小脇に抱えると厨房へ向かった。

 料理長から野菜たっぷりのパイとハムとチーズを挟んだバケットサンドを包んでもらい、バスケットに入れてもらう。ついでにスカーフにくるんだ宝石箱も入れてもらった。

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