第15話 柘榴石のペンダント2
帽子を被り、玄関へ向かっていると階段上にいるイヴに呼び止められた。
「お嬢様」
「どうしたの?」
イヴはスカートを摘まんで階段を駆け下りてくる。
「大奥様の形見である柘榴石のペンダントですが、チェーンの取り寄せに時間が掛かっていると宝飾店から連絡がありました」
祖母の形見である柘榴石のペンダントは数日前にチェーンの交換をイヴに頼んでいた。
もっと早くにお願いしたいところだったが、リックとアリアの件でショックを受けていたため、そこまで頭が回らなかった。
柘榴石のペンダントは他の宝石や鉱物石と違って、多くのメッセージをエオノラに伝えてくれる。まるで祖母がいつも側にいてくれるような気がして、心の拠り所でもあった。
戻ってくるのを心待ちにしていたので、時間が掛かると聞いて落胆する。
「分かったわ。そればっかりは仕方がないもの」
エオノラが肩を竦めると、イヴが微笑みを浮かべた。
「チェーンの交換を待っているその間に柘榴石のクリーニングも頼んでおきました。戻ってくる頃には綺麗になっていますよ」
「ありがとう。そうだ、宝飾店で思い出したけど出かけている間に私の部屋の机に置いているカメオのブローチは処分しておいてくれる? あれはもう必要のないものだから」
「承知しました。片付けておきますね。気をつけて行ってらっしゃいませ」
眉尻を下げてお願いすると、イヴはその品が誰から贈られたものなのか察しがついた様子だった。彼女はそのことには一切触れずに、エオノラが気持ち良く出かけられるように見送ってくれた。
死神屋敷はこれまで同様、正門は閉ざされている。開けるとなるとクリスの手を借りなくてはいけないので、クゥに教えてもらった抜け道を使って庭園へと足を運ぶ。
バラの香しい匂いが風に乗って漂ってくるとサーッと如露で水をやる音が聞こえてくる。イチイの間を通って歩き進めると、クリスがバラに水遣りをしていた。
相変わらず顔色が良くない気もするが、以前よりも少し血色が良くなっているようにも見える。エオノラは息を吸い込んで気を引き締めると彼に近づいた。
「侯爵様、ごきげんよう。もう体調は大丈夫ですか?」
明るく声を掛けると、クリスが僅かに身じろいだ。
動かしていた手を止めて顔を上げると、琥珀の双眸がこちらを見つめてくる。その表情は今日も今日とて冷ややかだ。
「……それなりに」
相変わらず素っ気ない態度に尻込みしてしまう。が、負けじとエオノラは話を続けた。
「そうですか。それなりなら良かったです。ところでクゥはどちらに?」
「あいつは屋敷内のどこかにいるかもしれないし、いないかもしれない」
「……そう、ですか。屋敷内なら私は入れないので会えませんね。……残念です」
仲良くなろうと精一杯試みるが向こうが心を開こうとしていないのでうまくいかない。話題を振っても話が続かないのでエオノラは、ほとほと閉口した。
クリスは話すことがもうないと判断したのか、下を向いて再び手を動かし始める。くじけそうになったエオノラは手に持っているバスケットを思い出し、次なる作戦に出た。
「侯爵様、軽食をお持ちしましたので召し上がりませんか? うちの料理人が焼くパイは絶品なんですよ」
「生憎腹は減っていない」
「ハリー様から伺っています。この屋敷には使用人がいらっしゃらないんだとか」
「自分のことくらい自分でできるし、保存食がいくらかある」
「それなら尚のこと美味しいご飯を召し上がれていないのでは? いくら保存食があるとはいえ、毎日塩漬けや酢漬けでは飽きてくるでしょう? 栄養だって偏ります」
「だから腹は減っていないと……」
突然、クリスの言葉を遮るようにぐうぅっと腹の虫が鳴った。
口を引き結ぶクリスは苦々しい表情を浮かべる。嘘がバレて恥ずかしそうだ。
「お腹の虫さんが鳴っているようなので、四阿で準備していますね。暫くしたらいらしてください」
したり顔で言うエオノラは悔しげなクリスを尻目に準備に取り掛かった。
エオノラはハリーと初めて会った日の帰りに口頭で伝えられていた条件に加えてもう一つの条件が加わった書面をもらっていた。所謂、契約書というものだ。
仕事で忙しくて来られない彼に代わって護衛の騎士が持ってきてくれた。
ハリーとの決まりごとは次の三つ。
一つ、ルビーローズには手を出さないこと。
二つ、庭園以外、屋敷の中には入らないこと。
三つ、庭園内に建っているガーデンハウスの設備や食器、食材は好きに使って良いこと。
契約書の内容を思い出しながら、早速庭園の隅に建っているガーデンハウスの中に入る。
中は清潔で、炊事場や暖炉、それからベッドなどの家具まで備え付けられていて人一人が生活できるような空間になっていた。
(侯爵様はここで寝泊まりすることがあるのかしら?)
呪いの一種である不治の病を患っているのでもしかすると、屋敷に戻るよりもここで一度休み、体力を回復させているのかもしれない。
ぐるりと中を見回していると、ふと調理場に目が留まる。調理場の棚にはパンが乾かないようにするためのブレッドビンや数種類のジャムがあり、床に置かれている野菜箱には採れたてのニンジンやキャベツなどが入っていた。小さな冷蔵用の箱を開けると、新鮮な肉の塊もある。さらにその端に置いてあった巾着袋の口を開けば、香辛料が入っている。
ハリーのあまりの手際の良さにエオノラは舌を巻いた。
「流石、王子殿下だわ! 仕事が速いのね」
エオノラは調理台の上に持ってきたバスケットを置くと、壁掛け棚に置かれている皿やティーセットを運んだ。お湯を沸かしている間にバスケットから野菜たっぷりのパイとハムとチーズを挟んだバケットサンドを皿に盛り付けると、銀盆に載せて四阿へと運ぶ。一旦ガーデンハウスに戻り、ティーポットに茶葉とお湯を入れてまた戻る。
カトラリーを並べ終え、すべてのセッティングが済んだところで、一仕事終えたクリスが落ち着かない様子でやって来た。
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