第24話 寄る辺の無い子
短い夏が終わり、さらにひと時の秋が来て、長い冬が訪れる。その家が彼の世界だったのです。石造りの一軒家に父親と祖母と自分。三人で
でも…………その声に返ってきたのは、
「お帰りなさい。待ってましたよ」
直前まで
「すっごい大きな魚ですねぇ。今晩はごちそうだったのに、残念ですねぇ」
男は伸びをするようにゆっくりと片足づつ床に下ろすと再び足を組み、頬杖をつき、ダレンをみつめてきたのです。そして暖炉の火に照らされ、ぬらぬらと光るストレートチップのつま先は意味深にピンっと伸ばされます。何かを指さすようなつま先。そこでようやく、音と言うにはかすれ過ぎた声に気づいたのです。
「いけませんねぇ。床に落としてはいけませんよ。何よりも
こと切れそうな老婆の上に、食べかけの無花果を放り投げました。勢いのままに転げ落ち血だまりの上に落ちると、
「
呑みこむには
幸福な世界から締め出されたダレンを前に、
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「う゛ぅっ」
身を守るため、体をこれ以上ないくらい丸め、両腕の間に頭を入れ、舌を噛まないように歯を食いしばる。それでも腕や背中、足が打撃を受けるたびに痛みが口の端から漏れ出す。
「どうだ! いてぇかッ! 顔に物ぶつけやがって! さっきの威勢はどうしたよぉ! なあ!」
男は、言葉の合間にご丁寧に蹴りを食らわせる。顔は真っ赤に染まり、目は血走り、苛立ちのままに蹴りを入れ続ける。小さな体は、絶え間ない暴力にさらされ体中が炎症で熱を持つ。
「やめなさい! 子供相手に恥ずかしくないの⁉」
ファビアは必死に男を止めようと喉が裂けるほどの
「お前は黙ってろ!」
その声も
「もうその辺でいいだろ。死んだら面倒だ」
「痛っててぇー…………待てよ。俺にも借りを返させろ」
地下室の階段から二人の男が上がってきた。噛まれた手の甲を
馬鹿にもほどがある。一時の感情に押されて、最低の
鋭利な破片が掌に食い込むのも構わずに握りしめる。許容範囲を超えた痛みを受けると痛覚が馬鹿になるらしく、じりじり痺れこそするが、もはや痛みは感じない。ゆっくりと身を起こし両手を床につく。腕や手は皮下出血で真っ青だった。その青さが血の気が引いた祖母の唇と同じ色だと気づいて、さらにプツンと自制の糸が切れる。
「まだ動けるのか。まあまあ丈夫じゃねえか」
男は、ダレンの胸倉を掴み上げる。体が宙に浮き、首がきつく締まる。苦しくなる息とぶらぶらと揺れる
「俺も…………前は、そうだったよ」
「ああ? 何だ? 小さくて聞こえねぇよ。言いたいことがあんなら言って…………あ?」
「もう無力な子供のままは、許されないんだよ」
「おまえ、何で――――」
小さな呟きを聞き取るため顔を近づけた男は、ダレンの首元のある
さっくりと男の左目に破片が突き刺さり、男の思考も打ち切られたのだ。
「俺の
血で染まる右手を握り込み左目に向けて思いっきり殴りつける。破片は水晶体にまで食い込み、激痛に襲われた男はダレンを投げ捨てる。ダレンの体は壁に打ち付けられ、その衝撃で壁掛け絵が落ちる。カバーのガラスが割れ、子供が描いたと思しき家族の肖像画は無残に裂けてしまった。グラグラと天地が回る中、そのことに僅かな心苦しさを感じていると一層
「このクソガキィッ! よくもやってくれたなぁ゛‼」
歯をむき出しに、狂ったように怒鳴り散らす男。左目は閉じられているが、たらたら流れる血に失明は確実だろうと薄ら笑みが浮かびそうになる。
「唾が飛ぶだろ。汚いな。おい、おっさん。さっさとどけよ」
挑発がやめられない。分かってる。奴に出来なかったことをこいつにやって、自己満足じみた
男の仲間たちは、度が過ぎないようにと説得しようとしているが無駄だろう。男は立場だなんだを教えてやると
ダレンは首を掴む腕に爪を食いこませ睨み上げる。馬鹿を積み上げに上げて、子供じみた意地を突き通す。
「良い根性だ。将来有望な剣闘士に成れたかもな。だが」
デカブツ野郎の目が再び独特の光沢を持つ。奴にそっくりのその目。
「目が見えないんじゃ無理な話だ」
とうとう重力と
嗚呼、しまった。恥ずべき在り方を、写してしまった。これでは、私は、きっと……………………。
「私は、お前が嫌いだな」
切っ先から、
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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〇用例「うさぎ小屋は日本の住宅の―となった」
〈解説〉日本人の粗末な小さい家のこと。EC(ヨーロッパ共同体)が昭和54年(1979)に出した内部資料「対日経済戦略報告書」中の語rabbit hutchの訳語。以後、これが日本では自嘲をこめて流行語化した。
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🔴ふんぞり返る:上体を後ろへぐっとそらすようにする。また、尊大な態度をとる。
🔴ストレートチップ:靴のつま先に横に切り替え線の入った靴のこと。俗に「一文字」と呼ばれる。
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🔴借りを返す:他人から受けた恩に報いること。また、他人から受けた仕打ちに対して仕返しをすること。
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