第25話 こっちとあっち
こっちとあっち
恥知らずな剣は残骸として柄を残し、その骸を手に大男は目を見開くばかり。冷水のような
「どうした?」
声をかけたのは、手の甲を押さえた仲間。一線を越えないように声をかけ続けていたが、少年が男の目を潰したあたりからは、それも辞め、ただ顔を背けていた。そのため状況がつかめず、
「何がっ…………起きてんだ」
再びの呟きは、地下室で気絶していた男のものだ。声色には戸惑いが潜んでいる。
僅かばかりの良心の
ギッ、キーリ…………キリキリ。
雨風で
室内全員の視線が自然と引き寄せられ、ゆっくり下がるノブに息が細くなる。
カチャンとノブが下がりきるや否や風に吹きつけられたかのように勢いよく開け放たれる。生ぬるい風と共に土と小麦の匂いが室内に吹き込み、瞬く間に空気に溶け込んだ鉄粉を搔っ攫い、
カラン、コトン。
「…………おっせーよ」
ここ数日で覚えた足音。なんとか絞り出せたダレンの悪態じみた呟きに隠しきれない
「ほんと、
軽い靴音が一歩前に踏み出すたびに、空間に圧迫感が増す。
「初めまして、見知らぬ人達。あんたさんらがどこの誰か? どんな、お考えでこんなことしたのか?
カツンッ。
踏み出したつま先が甲高く鳴った。逃げを打つ獲物の尻尾を踏むように、玄関敷居を踏み止めた。
「子供を
「お、お前! 何だよ!」
未だにダレンの首を掴み床に押し倒したままに、男が声を荒げる。
「うるさいねー、デカい奴。あんたが乗っかってんの。
舐め腐った態度で腕を組み、
「ッふざけんな! てめえみてーなひょろい小娘一人が、何言ってやがる!」
言うや否や男は立ち上がると
「! お、お前! さっきから何してやがる!」
理解しがたい事態の中、未練たらしく柄を握りしめ、
「どうして、私が、親切にも話さなきゃならないんだ?」
木の床と木の靴が鳴らす暖かな音を
「そっちこそ、立場ってものを理解したらどうなわけよ?」
仰向けに横たわるダレンを挟んで少女と男が向き合う。
「お前は、今、
大柄な男は、口を堅く引き結び、自身より低い位置にある頭を見下ろす。見下ろしているはずであるのに、遥か頭上から見下されていると感じてしまう。
何だ、何だ、何なんだ! 何で体が震えるんだ! 何で息が苦しくなるんだ! たかが女だ。それもまだ子供の域を出ていない。それなのに、体の芯から怯えてやがる。気が触れそうだ! 喚き散らして逃げちまいたい゛! どうしたら逃れられるんだぁ!
「固まっているところ悪いんだが、さっさと
どこまでも淡々とした声。
「ッヒィ!」
男は
「やればできるじゃないか」
そう言うと男達に目もくれず、苦し気に息をするダレンの前に片膝を付いた。
「
しょうがないなと呆れを含ませた
「もう大丈夫。ファビアもよく頑張ったね」
「葵さんっ! ごめんなさいっ! 私の所為でダリル君が―――ほんとにごめんなさい!」
ファビアは決壊した感情のままに
葵はファビアの背後に回ると手足の縄に人差し指の腹を滑らせる。それだけで、あっさりと
「泣かない泣かない。ダァㇾーーリル君は案外、頑丈みたいだから心配しないで」
不自然に名前を伸ばし、本名を言いそうになったのをごまかすと、もう一方の手で泣きぬれた頬をなぞる。なぞった傍から涙が渇き、
「目も腫れちゃって」
両手の親指で腫れつつある
「怖かったろ。こっちこそごめんね。遅くなって」
「そんなこと、葵さんが謝ることなんて何も!」
「ありがとう。ファビアは優しいね」
ファビアの頭を優しく撫でるとすっくと立ち上がる。
「そんじゃあ、サクッと終わらせて日常に戻ろうか。———ねえ?」
ファビアに向けた優し気な声から、一気に低くなる。たったそれだけで、目前に迫った死の恐怖。恐慌状態に突き落とされた男たちは、それぞれ動き出す。一人は残った武器を手に決死の突進を仕掛ける。しかし、相も変わらず、刃は砂鉄となって崩れてしまう。
「学習しな。私は、それを許してないんだよ」
真正面から迫った大男の下あごめがけて足を振り上げる。つま先が強かに打ち付け脳を揺らすと、男は糸が切れた様に仰向けに倒れる。蹴り上げの勢いのまま小柄な体は宙を一回転し、両腕を床に着き着地の衝撃を逃す。続けざまに裏口から逃げを打つ男の後頭部に狙いを定め腕を伸ばし、
「待ってくれ! 悪かった! 俺たちはただ頼まれただけなんだ!」
逃れられないと諦めた唯一残った男は、頭を抱え両膝をつく。
「そう。そんじゃあ」
「うぐっ」
葵は男の胸倉を掴み上げ視線を合わせる。
「誰にお願いされたのか、ゲロってもらえるかなぁ?」
牙が剥き出すほど口角を上げ、それはそれは凶悪に笑った。
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ところ変わって、数日前まで葵たちが居たラントの町。日は山の向こうに沈み
コンッコン。
「頼もう」
「休診とは思うが、
今一度声をかけると、数十秒ほど後に内鍵がかちゃりと回り、女性が顔半分だけを覗かせる程度扉を開く。
「どうされました」
男を警戒してか、すぐにでも扉を閉められるよう、片手は内鍵に添えたまま応対している。尋ね人は、二人組。十代後半とみられる青年とその奥。玄関ポーチから外階段を降り、数歩離れたところに立っている。草か木の皮かで編まれた丸い板のような帽子を被っており、女性の目線より下に男の頭があるため面を伺うことは出来ない。
「
隙間から奥の男の様子を伺っていた女性は目前の呼びかけに目を向け、はっと息を呑む。凛々しく
「あの、よろしいか?」
様相をジーっと観察していると再び声を掛けられる。外の男と似たような帽子を片手に、首を傾げこちらを伺っている。頭一つ以上上から見下ろされ、年甲斐もなく心が跳ねるのを感じる。
「ッあ、失礼しました。
「いや、構わない。休診にも関わらず応対を頼んだ者が特に怪我も無く体調も良好そうな二人組。不審がるのも無理もない」
青年は
「長話はそちらも都合が悪いだろう。要件だが、
血止め草は、またの名を
「はい。すぐお出しします。中でお待ちしますか?」
「かたじけない」
女性が扉を大きく開き青年を屋内に案内する。青年は弓と矢筒、番傘を玄関の外に立てかけると玄関ポーチに並べられた鉢植えを横目で
「…………お連れの人はよろしいのですか?」
女性は雨に打たれ続ける男を気にするが、青年は大丈夫ですと一度言葉をきり室内を進んで行く。
女性は外の男を気にしながら、ゆっくり扉をしめようとする。すると、完全に閉まり切る直前。頭が少し後ろに傾く。
「あ」
思わずぽろりと、音が転げ出る。
帽子の下から僅かに覗いた藤色の唇。それが薄く弧を描く。そうして、一音一音形を変えるさまに引き付けられるあまり、背後の言葉を聞き逃してしまう。
「だって、「
🔹キャラクターメモ🔹
🔹若竹のような青年
ある開業医を訪ねてきた一人。凛々しく端正な顔立ちに
🔹丸い板のような帽子被る男
青年と共にある開業医を訪ねてきた。唯一見えた藤色の唇以外、人相は確認できない。また、青年と同様に外套で服装は分からない。羽衣のように柔らかい声をしている。
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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🔴あられもない: あるはずがない。考えられない。とんでもない。そうあってはならない。ふさわしくない。はしたない。特に、女性の態度や振る舞いについていう。
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🔴良心:善悪・正邪を判断し、正しく行動しようとする心の働き。
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🔴凛々しい:きりっとひきしまっている。
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🔴無理もない:もっともだ。当然である。
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