第19話 金箔吹雪

金箔吹雪きんぱくふぶき


 シャランシャランと耳慣れぬ音と共に視界をきらめきが覆う。硬くギラついた光沢を持つそれらは天井で四方八方に広がり室内を埋め尽くさん勢いだが、風に舞う小花のように可憐かれんにひらめく。


 よく見れば自ずから光っているわけではなく、窓からの朝日を反射しまばゆい光を放っている。反射した日差しが卓上や天井、床を木漏こものようにキラキラと照らしている。

 掌から創造された金箔きんぱくの紙吹雪は風のように自由に舞い踊る。


 葵は指揮者が演奏を止めるような手振りで拳を握り今度は手の甲を上に向ける。たちまちに金の噴水をき止め、手の動きに連動するように金箔たちは部屋の中心で渦を巻く球体に収束しゅうそくする。


 収まる気配が無かった言葉のやり取りも忘れ、子供たちは感嘆かんたんの息を零す。大泣きしていた赤子のデヤンでさえもころりと泣き止み、誰もが目を奪われていると葵が芝居がかったたたずまいで話始めた。


「ご臨席の皆様方! この度は私奴わたくしめの催しに足をお運びくださり、誠にありがとうございます。只今ご覧頂いているのは、金箔芸きんぱくげいにてございます。各々好き勝手に散り舞う金箔たちですが、寄り合わさることで変幻自在へんげんじざいに姿を変えるのです」


 言い終わると手の甲を上に向けたまま掌を広げる。手の動きにつられるように、球体は渦を巻きながら徐々に平たい円盤えんばんに変化する。まるで収穫前の麦畑が天井一杯に広がったかのようだ。メリンダはのけぞり気味に見上げ、鼻を鳴らす。不思議なことだが、麦の香りを感じたような気になり、堪らずお腹を鳴らしてしまう。


 その様子にクスリと笑みを零すと、今度は5本の指先を物を掴むように曲げる。円盤の縁から徐々に解けるように壁を伝い下る。完全に解けると壁面を指先で優しくなぞるような煌めくつむじ風に姿を変え、子供達は金箔の渦巻きの内側に閉じ込められる。続いて、片手の指先同士をくっつけ手をすぼめるや否や、床を金箔の流れが部屋の中心に向かって流れ出す。床全面を黄金のせせらぎに満たされ、椅子の座面までの深さになる。


 目を輝かせ見ていたアンジェロとアンジェリカは好奇心に負け、思いっきり椅子から飛び降りる。葵がすかさず救い上げるように手を動かすと金箔の絨毯じゅうたんが二人を乗せ自由自在に躍動やくどうする。その後を一歩遅れて幾筋の金の彗星すいせい達が螺旋らせんを描くように追いかける。天井に昇り上がったかと思えば、一気に下りテーブルの下を潜り抜ける。


 葵は指揮者のように腕と指先を使い十数万の金箔を操る。きゃきゃっと笑う双子をソワソワした様子で見ているティメアの顔に興味を見て取ると、二人が乗る金の絨毯をティメアの前に向ける。目前に来た波に尻込みするティメアだったが、差し伸べられた二つの小さな手に、思い切って飛び乗る。金の絨毯は子供三人を乗せ再び飛び立つ。


「すごい! あたしたち、とりになったみたい!」


 アンジェリカは両手を上に広げ彗星が纏う金箔をシャラシャラとかき乱す。心地の良い音を面白く感じたのかアンジェロとティメアにも勧める。


「アンジェロ! ティメア! てをのばしてみて! すっごくふしぎ! いとにつるされてるわけでも、かぜがふいてるわけでもないのに! ずっといっしょにとんでるの! このそらとぶカーペットもどうなってるのかな!」


 遊び戯れるアンジェリカの真似をしてアンジェロも傍を流れる彗星に手を伸ばす。すると爪が何かに触れカツっと軽い音が鳴る。頭上にピッタリくっつく彗星に目を凝らすと、渦巻く金箔のその中心には何か丸いものがあることに気づく。丸と言っても完全な球体では無く、河原にあるような角が削れた平たい石のようだ。金箔の光沢に目を暗まされ良くは見えないが、ところどころに切れ込みのようなものがある。その僅かな隙間から白い光芒こうぼうが漏れている。


「信じられない。夢の中みたい」


 ティメアは未だ現実か夢か分からずボーっと口を開け辺りを眺める。三人を追いかける彗星は黄金の荒々しい川のように激しく渦を巻く。床を隠す黄金の麦畑からは、時折いくつもの川が昇り上がると天井で幾つかの支流しりゅうに別れ、壁を伝い麦畑にかえる。一度も同じ姿を見せない流れは一時穏やかになると、たなびく線香の煙のように緩やかな姿色ししょくを見せるが、瞬き一つ後には絶壁の滝となる。


 年相応にはしゃぐ子供達を見上げながら、ダレンは別のことを思い出していた。昔、父さんから聞いた大空をうねる天井海路てんじょうかいろの話だ。山をも越える高さに堂々たる風情ふぜいで雲の道行きを遮る巨大な海路は、晴天時には海水が日光の欠片を纏い、さながら書物に記された今は亡き星々のような美しさだったと言っていた。まるで少年のように話す父に、それが何だと返してしまったあの日の自分は昔から可愛げのない子供だったなと思う。

 優しい記憶を思い起こし、ダレンの薄く灰色がかった紫の瞳はくすみが少し和らいだようにみえる。


「さあ、もうそろそろかな」


 葵が右手を上に、左手を下に、何かを包み込むように重ねる。すると、絨毯を追いかけていた彗星の金箔がより細かく千切れ砂金さきんに変わったかと思えば、愛らしい金の小鳥を形作る。

 小鳥たちは、子供たちに朝の歌を精一杯さえずる。アンジェリカたちを追いかける小鳥も居れば、他の子たちの周りを舞い飛ぶ小鳥も居る。


「凄い。生きてるみたい」


 ファビアは目の前で目線を合わせるように羽ばたき続ける小鳥に手を伸ばす。小鳥は細い指に留まると、お礼と言いたげに一際軽やかに歌を披露する。その声は、心にまどろみのような穏やかさを広げ、年長者として常に自分を律するファビアに一時の安らぎを送る。


 ダレンの肩にも一羽舞い降り自慢の歌声を披露する。突如小さな生き物が留まり、内心どうしたらいいのかと固まるばかりだが、小鳥はそんなダレンの様子に気づきもせずに好き勝手歌っては誉めてとばかりに首をかしげる。恐る恐る触れると金属の体であるのに生き物のぬくもりを感じ、そのちぐはぐさに戸惑う。

 羽一枚一枚も本当の鳥の物みたいだ。羽軸うじくを中心に羽弁うべんが左右に広がって、その羽弁を作る羽枝うしとまたその羽枝から生える小羽枝しょううしまで繊細に創られてる。

 人懐っこくすり寄る振る舞いからは、命が宿っているとしか思えない。


 金属で出来ていることを除けば、何処にでもいる小鳥にしか見えない。


「さあさ、皆様方。本日はこの辺で幕引きと致しましょう」


 アンジェリカたちを椅子の上に降ろすと部屋を満たす無数の砂金は激しく渦を巻きながら再び部屋の中心に集まる。葵が一つ手を叩くと細かく弾け飛び、煙が空気に溶けるように消えていった。


「「みんな! あたし(ぼく)たちのことみてた⁉」」


「ビリーおとうさんのかたぐるまよりたかかったね! キラキラしてきれいだった!」


 アンジェリカとアンジェロの問いかけにメリンダは大きくバンザイして、その高さを懸命に表現する。


「信じられない。空飛べるなんて初めて。あんなに綺麗なのパパに連れて行ってもらった見世物小屋でも見たこと無い」


 ティメアは静かな興奮冷めやらぬ様子でぽつぽつと自身が経験した感動を言葉にする。


「ほんとね! あたしもみたことなかった!」


「ぼくもなかったよ!」


 さっきまでの喧嘩などすっかり忘れ去り、三人は思い思いに先ほどの出来事を話す。


「ファビアは?」


「みたことある?」


 双子の姉弟は姉の元に駆け寄り腰に抱きつきながらも飛び跳ね、胸の高鳴りを抑えきれずにいる。


「全然ないわ。私も初めて見たの。何に例えていいのか分からないくらい美しい光景だったわ」


 抱き着く妹と弟の頭を優しく撫でながらもどこかふわふわとした非現実感に浸っていた。


「ピィーピィー!」


 してやったりと満足気にしていた葵は甲高い鳴き声に呼ばれ、おっと、そうだったとどこかを目指して歩き出す。葵の周りを金の小鳥たちがパタパタ飛び交い、しきりに急かしているようだ。てっきり全部が消えたと思っていたが、葵が描いた空想の一部が現実にまだ取り残されていた。


「君たちはこっち。達者たっしゃでね」


 そう言うと、葵は小窓を開け金の小鳥たちを外に逃がしてしまう。


 朝日に照らされ、羽ばたくたびにキラキラと光る小鳥たちは、振り返らず開かれた世界に呼ばれるように飛び立っていく。それを軽く手を振り葵は見送る。


「いいのか? 逃がして」


 自分でも何でこんなこと聞いたのか分からない。色々聞きたいことが他にもあったのに、自然と口から出ていた。


「良いんだよ。もう私の手の外だからね」


 窓を閉め振り返る葵はにっこり笑う。


「例え自分が創ったとしてもさ。心が出来ちゃったらさ、意思いしを尊重したいじゃない? 私が小鳥たちなら、絶対そうして欲しいよ」


 いつもの豪胆ごうたんさや横暴おうぼうさの欠片も無く、日差しのような眼差しがただそこにあった。



🔶用語メモ🔶

🔸天井海路てんじょうかいろ

空に浮かぶ川のように細長い海。細いと言っても最も狭い個所でも一キロほどの幅。世界各地の海には、常時噴き出す間欠泉かんけつせんのような海水の噴きあがり口があり、海水は重力に逆らい標高五千メートルほどまで登ると身を横たえる大蛇のような川になる。やがて別の海の下降口で再び海に戻る。蛇行期には、のたうつ蛇のように激しく海路全体がうねりそれまでと異なる経路に変わる。噴きあがり口の海水は海底から豊富な栄養を抱えていることと、日差しをたっぷりと浴びることで非常に良好な漁場となっている。これまでは小さな小舟ほどしか天井海路に乗せることが出来なかったが、ある貿易会社が開発した翼帆よくほ式マストで軍艦すらも乗せることが可能になった。


🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)

🔴可憐かれん:姿・形がかわいらしく、守ってやりたくなるような気持ちを起こさせること。また、そのさま。

🔴まばゆい:光が明るすぎて、まともに見られない。まぶしい。まともに見られないほどきらびやかで美しい。

🔴木漏こも:樹木の枝葉の間からさし込む日光。

🔴金箔きんぱく:金の薄板を槌 つち でたたいて薄紙のように延ばしたもの。実質以上によく見せかけた外見。また、りっぱな肩書きや身分。

🔴紙吹雪かみふぶき:祝賀や歓迎の気持ちを表すために、色紙などを細かく切ってまき散らすもの。

🔴収束しゅうそく:分裂・混乱していたものが、まとまって収まりがつくこと。また、収まりをつけること。

🔴感嘆かんたん:感心してほめたたえること。感じ入ること。

🔴たたずまい:立っているようす。また、そこにあるもののありさま。そのもののかもし出す雰囲気。

🔴臨席りんせき:その席に臨むこと。会や式典などに出席すること。

🔴私奴わたくしめ:一人称の人代名詞。自分のことをへりくだっていう。

🔴変幻自在へんげんじざい:思うままに姿を変えて、現れ消えること。また、そのさま。

🔴円盤えんばん: 円形で平たい形のもの。

🔴つむじ風:渦を巻いて吹き上がる風。局地的な空気の渦巻き。辻風。

🔴せせらぎ:浅瀬などの水の流れる音。また、その流れ。

🔴躍動やくどう:いきいきと活動すること。

🔴彗星すいせい:ほとんどガス体(気体)からなる、太陽系の小天体。

🔴螺旋らせん:巻き貝の殻のようにぐるぐると巻いているもの。

🔴尻込しりごみ:おじけて、あとじさりすること。気後れしてためらうこと。ぐずぐずすること。

🔴光芒こうぼう:尾を引くように見える光のすじ。ひとすじの光。

🔴支流しりゅう: 本流に流れ込む川。また、本流から分かれ出た川。

🔴かえる:自分の家や、もといた場所に戻る。

🔴たなびく:雲や霧また煙が横に長くただよう。

🔴姿色ししょく:容姿。みめかたち。

🔴風情ふぜい:風流・風雅の趣・味わい。情緒。 けはい。ようす。ありさま。 能楽で、所作。しぐさ。身だしなみ。

🔴砂金さきん:金鉱床が浸食されて砂粒状になった金が水に流されて、河床や海岸などの砂礫されき中に沈積したもの。

🔴さえずる:小鳥がしきりに鳴く。

🔴ちぐはぐ:二つ以上の物事が、食い違っていたり、調和していなかったりするさま。

🔴羽軸うじく:鳥類の羽毛の中央を走る太軸。

🔴羽弁うべん:羽枝および小羽枝により構成されている。羽軸を中心に左右に広がっている部分。※引用元小鳥のセンター病院小鳥の病気.COM

🔴羽枝うし:羽軸の上臍(付け根部)から浅い溝にそって一列に45度の角度で生えている。さらに「羽枝」からは「小羽枝」が生えている。「羽枝」と「小羽枝」で「羽弁」を構成している。※引用元小鳥のセンター病院小鳥の病気.COM

🔴小羽枝しょううし:「羽枝」から出ている細長い枝。有鈎小羽枝と弓状小羽枝があり、有鈎小羽枝のカギが弓状小羽枝の渦に絡みあい、羽弁を形成する。※引用元小鳥のセンター病院小鳥の病気.COM

🔴達者たっしゃ:からだが丈夫で健康なさま。物事に慣れていて、巧みなさま。うまく立ちまわって抜け目のないさま。したたかであるさま。学問・技芸などの道に熟達している人。達人。

🔴意思いし:何かをしようとするときの元となる心持ち。

🔴豪胆ごうたん:度胸がすわっていて、ものに動じないこと。肝が太いこと。また、そのさま。

🔴横暴おうぼう:権力や腕力にまかせて無法・乱暴な行いをすること。また、そのさま。

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