第18話 騒がしい朝
ドスン!
「ぐえっ! なんだ⁉」
うつ伏せに寝ていたダレンは、突然の衝撃にたまらず目を開ける。寝ぼけた頭を起こすため頭を左右に振る。数秒間ボーっと思考し、自身が直前まで熟睡していたこと、ここはバッテルケデスで人の良いビリーという開業医が泊めてくれたこと、小狡い
「ダリルおにぃちゃん! お、き、てぇッ!」
「……は? お前誰だよ」
「おまえじゃなぁーい! めりんだぁ〜!」
初対面の子供が小さな手でバシンバシンと
我慢だ。相手は自分の半分も生きてない子供だ。ここで怒ったら、超音波のような泣き声に見舞われるかもしれない。
イライラしながらも自制心を働かせていると開け放たれた扉から葵がひょっこり顔を出す。
「メリーちゃん寝坊助お兄ちゃんは起こせた? ああ、目が覚めたみたいだね。おそようダァ………リルくん。朝食ごちそうしてくれるってさ。メリ〜ちゃん、
「は〜い!」
メリンダはダレンの上から反動をつけ飛び降り、どたどたと部屋を飛び出して行く。その
「何なんだよ。朝から騒がしいな」
嵐に見舞われたダレンは、ベッドの上に座り直し、不機嫌な顔で独り
「ビリーさんは早朝から
内開きの扉に寄りかかり含み笑いを浮かべる様子から葵が
「あんた、嫌な奴だな」
「そうかい? 君ほどじゃないだろう? あたしは、足元見たりしないから」
ダレンの眉尻は下がり、ムッと口元に力が入る。弱気な自分が昨日の悪知恵は最低だったと小さく後悔するのと同時に、嫌味な奴だからそのくらい言ってもいいはずだと強気な自分が正当化する。
「さあさ、寝坊助君。
コトンコトンという足音が部屋から遠ざかる。ダレンも後に続くため薄っぺらい革靴に足を通し、立ち上がった。
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「マジかよ」
廊下の壁に片手を添えながらゆっくり歩みを進めていたダレンが開かれた扉を漸く開いた時、室内の状況に思わず言葉を零した。
「ふぁびあ〜! おなかすいた! がまんできないぃ!」
「
「分かったから、アンジェロもアンジェリカも床に寝そべらないの。服が汚れちゃう」
小さな
「アンジー姉弟、働かざる者食うべからずって言葉知ってる〜? 怠け者の分は、お姉さんが全部食べちゃおっかな〜」
「「ひどい!
「言ったな〜、客人に暴言を吐く子たちのパンはあたしが頂くよ!」
アンジェロとアンジェリカは立ち上がり、葵が高々と掲げる黒パンを奪い取ろうと必死にぴょんぴょん飛び回る。準備の邪魔をする二人を
子供相手に大人げない対応をする連れに頭が痛くなったダレンは、今一度部屋全体を見回す。10畳ほどの室内に十人掛けの
一体何人ビリーは子供が居るんだ? この部屋だけでも6人は居るぞ?
「ダッレ……リル君! 突っ立てないで助けなよ! 人が困ってんのが分かんない⁈」
苦し気な声に何かと目を向けると葵が姉弟に押されている。高い位置で
「ダーリル! 手伝えぇ!」
頭が自身の腰の位置まで下がるほど仰け反る葵を見つつ、内心いい気味だとほくそ笑んだの
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朝食の支度が終わり、10人掛けの長机に合計8人が腰掛ける。台所を背にファビア、赤ちゃん用の椅子に乗るデヤン、アンジェロ、アンジェリカが座り、反対の出入り口側の席には、葵、ダレン、メリンダ、ティメアが向かい合うように座る。卓上には、平たく切られた粗めの
まともな食事に昨日の昼からありつけていなかったダレンの腹はくうくうと鳴り、今すぐ腹を満たせとせっつく。口の中で唾液が自然と湧き出るのも仕方がない。
「先ほどはアンジェリカとアンジェロがお邪魔をしてしまいすいませんでした。パン切りのお手伝いまでしてもらったのに」
ダレンが目前の食事に意識を取られていると先ほどスープを装っていた少女ことファビアが葵に下の子供達の態度を謝罪し始めた。正直そいつに謝罪は必要ないし、むしろ二人を誉めてもいいくらいだとダレンは思う。
「いえいえ、謝ることじゃないですよ。ファビアさんは、そもそも手が離せなかったんですから、何の責任もありませんよ。どっかのひまーな寝坊助君がのっそのっそしてたのが悪いので」
大変
「「おかしい! わたし(ぼく)たち悪くない!」」
ダレンの心の声に
「何言ってんのよ。手伝いもしないのに。サボってる二人が悪いんでしょ?」
不満を垂れる双子を叱るのは、黄色みの強いカボチャ色の巻き髪をしたティメア。メリンダと共に器を取り出していた子だ。
「自分たちの方がこの家に長いからって、手伝いサボって良いなんてことにはならないはずよ!」
椅子に座りながら腕を組み、双子を
「「ティメアきらい! いっつもしかる!」」
「当然じゃない! 二人が叱られるような事ばっかりするからよ!」
「ッエ゛ヘ、ッエ゛ヘ、エ゛ーンエーン!」
「あらあら、大丈夫よ。泣かないで」
子供たちの喧嘩に
「すいません! デヤンは泣きだすと中々おさまらないんです!」
「もう! あんた達が騒ぐから!」
「「ちがーう! ティメアがおおきなこえではなすから!」」
「ちょっと! そこの三人、もういい加減にしなさい! 御客人の前よ!」
大きな泣き声にかき消されないために、自然とみんなの声も大きくなる。部屋の中は、
冷めゆくスープを悲し気に見つめるダレンの頭には、今すぐ嵐が収まってくれることを祈る言葉だけが浮かんでは消えていった。すると葵が前に乗り出しダレンを挟んで向こうに座っていたメリンダに話しかけ始めた。
「ねぇねぇ、ちょっとハンカチとか借りてもいいかな?」
「? いいよ。なににつかうの?」
「とっておきの手品さ。泣き止ませる自信あるから試してみてもいい?」
「うん! はやくたべたいもんね! もってくる!」
メリンダは部屋を飛び出すと1分もせずに戻ってきた。手には薄い生地の白いハンカチを握りしめている。
「ありがとう、メリンダ。後でお願い一つ叶えてあげるね」
メリンダの頭をくしゃりと一撫ですると、席を立つ。ファビア含め、喧嘩の
葵は廊下とダイニングの境に移動すると、掌を自身の胸の前あたりで上に向ける。そこへ先ほどメリンダが取ってきた薄布の手ぬぐいをハラリと被せる。
何をするのかと、ダレンとメリンダは興味津々に凝視する。メリンダは期待感のあまり座面で膝立ちになり椅子の背もたれから身を乗り出す。
葵がにんまりと笑みを浮かべたかと思えば、勢いよくハンカチを真上に引き上げる。
ダレンは、十年余りの人生で何かに
そこからは、葵の
🔷キャラクターメモ🔷
🔹ビリー 39歳
開業医。友人や患者の子供を引き取っていたらいつの間にか大家族になってしまった。以前は結婚していたが、あることをきっかけに離婚している。元妻は貿易会社の事務員として自立した生活を送っている。
🔹ファビア 13歳
ビリーの子供時代からの友人の長女。母親は流行り病で亡くなり、父親の豆農家家業を手伝い、双子の姉弟を世話しながら生活していた。しかし、父親も流行り病にかかり他界した後はビリーの養子となる。
鈍い赤毛(テラコッタ) 明るく霞んだ黄色の目(メロンイエロー)
🔹アンジェリカ 5歳
ファビアの妹。アンジェロの双子の姉。両親のことは殆ど覚えていない。はつらつとした性格で常に行動を共にしているアンジェロを引っ張ていく。
鈍い赤毛(テラコッタ) セピアの目 特徴的な八重歯
🔹アンジェロ 5歳
ファビアの弟。アンジェリカの双子の弟。アンジェリカ同様両親のことは覚えていない。少し引っ込み思案な性質を持つアンジェロだが、アンジェリカが居ると気が大きくなる。
鈍い赤毛(テラコッタ) セピアの目 特徴的な八重歯
🔹メリンダ 3歳
ビリーが診ていた娼婦の娘。母親が
パウダーピンクの髪 チェリーピンクの目 頬骨のあたりにそばかす
🔹ティメア 9歳
ビリーの友人の子供。父親は聖警士所属の航海士。現在は新大陸の原住民調査のため、ティメアをビリーに預け先遣隊に同行中。
パンプキンの髪 キャラメルの目 クルクルした巻き髪
🔹デヤン 1歳
最年少の赤ん坊。籠に入れられ玄関前に捨てられていた。おくるみにデヤンという名前が刺繍されていた。
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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🔴ライムギ:イネ科の越年草。高さ1.5~3メートル。耐寒性が強く、コムギより穂が長く、実も細長い。実を製粉して黒パンを作るほか、麦芽はウオツカやビールの原料、穂にできる麦角 (ばっかく) は薬用とする。小アジアの原産で、東ヨーロッパを中心に栽培。
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