第17話 自責と罪悪
のっぺりとした夜が重く垂れさがる頃。
「この
「うっさいなー。真夜中だよ。御近所迷惑でしょーが」
「土地勘もないくせに無計画なんだよ! こんな時間じゃ空いてる宿なんて無いんだからな! 大体な、何で急にラントの町を出ることになるんだ⁉」
小さい影は、ぎゃんぎゃん
「あれだよ、あの…………運気的なもので、今すぐに町を出なきゃならなくて」
「もっとマシな嘘くらい無いのかよ」
歩みが止まると灯籠は頭上に移り、石畳でなく二人の姿を照らし始める。すると小さな影ことダレンから背が高い影こと
「嘘じゃないし! あのまま留まると良くないことが起きる可能性が高かったから…………つかさ、そもそもあたしが攻められる謂れないと思うんですけど? こっちは、お荷物君を抱えてやってる立場ですけど⁈」
「はぁ⁉ 俺は見ず知らずの馬鹿に引きずり回された、いたいけな子供だけど⁉ 先ずは、そのことを謝ったらどうだ⁉」
「他人様に助けられた身のくせに、随分な口をきくねぇ。そこまでの
「てめえ! 拾ったからには、最後まで責任持てよ! 少なくとも俺より大人だろ!」
「残念ながら、今の気分のあたしは拾った責任を果たす気持ちになれませーん。そもそも大人じゃありませーん」
どんどん激しくなる言葉の
「ダレン君ってさ、いっつも『あんた』とか『おまえ』、『てめぇ』ってあたしのこと呼ぶよね? 正直すごく嫌なんだけど」
「だから何だよ。あんたが嫌だからって、どうして俺が呼び方変えなきゃならないんだ? そんなこと言うなら、俺だって相談も無しに勝手な行動するとこが嫌いだ」
眉尻を吊り上げ、眉間に皺を刻み、お互いにらみ合う。
今二人は、細い路地を出た大きな広場の前に立ち止まっていた。小さな
刺々しい沈黙をぶつけ合う葵とダレン。互いの胸中は、どうやって相手を言い負かすか?そればかりが占めている。
「もし。そのお
優し気な声が、不可思議と困惑を含み話しかける。互いから視線をその声に向けると、40歳くらいの細身の男性が立っていた。手元にはオレンジ色の揺らめくランタンを持っている。
「そのように、
「こいつの行き当たりばったりの所為だ! 夜中じゃ、何処の宿も開いてないんだ。
「疲労だ? ふん! 人に担がれてただけの奴がどうして疲れるのさ?」
「俺は、あんたと違って
「そんな軟弱なくせして、ついて行きたいって言ったのはどこの誰かなぁ? 自分を守る術をあたしから学ぶつったのは? たった半日、山道を運ばれた程度でぶー垂れてる奴が言った言葉とは思えないなぁ」
「っ…………」
葵の最もな言葉がダレンの口を縫い付けた。言い合いは、葵に勝ち星がついた。
「お二方。お話し合いに口を挟み申し訳なく思いますが、おそらく明日の朝でも宿は取れませんよ」
話の隙間を逃さず、男は関心を引くことを告げる。
「三日後から開催される
「闘技祭? ここはバッテルケデスか?」
てっきり宿が取れない事実に、さらに怒るかと思われたダレンは、別の点が気にかかったようだ。
「はい。闘技の町として名を馳せる武の町です。もしよろしければ、一晩の宿を提供いたしますよ。今は、患者も居ませんのでベッドに空きがございます」
察するに、男は個人経営の医者なのだろう。子供二人が夜道に残ることを
「そんなご迷惑おかけできません!…………と言いたいところですが、正直言いますと非常にありがたいお心遣いです。大変恐縮ですが、一晩だけお願いできますでしょうか?」
ダレンを言い負かした分ご機嫌な様子で葵は、男性に向き直る。口調も丁寧で口論していたのが嘘のようだ。相手の親切心に報いようと努めて礼儀正しく振舞う。
「ええ、構いませんとも。申し遅れましたが、わたくしはビリーと言います。しがない開業医でございます」
「私は葵と言います。この子はダ―「ダリルです」
葵が名を口にするのを遮るように、ダレンが
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「何か必要な物がございましたら、まだ起きていますのでお声かけ下さい」
「いえいえ、そのような必要はありませんよ! お疲れでしょうから、気にせずお休みください」
「そうですか。お言葉に甘えさせていただきます」
パタンと扉が閉まると、キシキシと足音が離れていく。
「…………ねえ、さっきの何?」
家主が離れたことを確認すると葵は皆まで言わずに問いかける。
カーテンで遮られた両隣のベッドに葵とダレンは居た。葵は、頭の後ろで腕を組みながら仰向けに寝転ぶ。ダレンは、葵と反対の方を向き横たわる。
「何が?」
「分かってんでしょ。どうして嘘つくの」
葵は、ダレンが偽りの名を親切なビリーに言ったことを尋ねている。当然、ダレンも分かっている。しかし、今さっきまで言い争いをしていた相手と話したくないのだ。同じ空間に居るだけでもムカムカするくらいなのだ。ダレンは、絶対に話してなるものかと口を閉じる。
葵の言葉から30分ほど沈黙が支配しているが、未だに待っているのだろう。重たい空気が立ち込めている。眠気から気力を削がれたダレンは、ようやっと口を割る。
「ここがバッテルケデスだからだ。俺は、あんたに会う前は奴隷だっただろ。それも奴隷剣闘士だった。訓練生だから試合に出た経験はないけど、所属してた闘技団が東部じゃそれなりの強豪だったからな。闘技祭となれば、顔見知りも居るかもしれない。だから、ダリルって言った」
死んだはずの奴隷剣闘士がひょっこり出てきたなら、連れ戻そうとするだろう。ダレン自身がどれ程
バサッ!
天井に留められているカーテンが勢いよく引かれ、向こう側に立つ葵の姿が現れる。突然の行動に思わず身を起こすダレンの前で、葵は床の上で正座をする。握り拳を膝の上に置いたまま深く頭を下げる。
「悪かった。君をこの町に連れてきてしまったのは、私の過ちだ。心から謝罪する」
さっきまでは
「ダレン君が言った通り、この辺りに明るくないのに
「何で急に謝る気になるんだ?」
広場での葵は、年相応に振舞っていたように感じる。なのに、今、目の前で話す葵は、完全に
おかしいだろ。
「? 私が間違えたのは確実だ。それを分かりながら、過ちを認めないのは
頭を上げ、下からダレンを見上げる葵には一切の不満もいら立ちも無い。完全に
何なんだよ。謝られたら、許さないといけないだろ。俺の内心を置いてけぼりにして。謝られたから、怒りも収めなきゃならない。それがどんなに大変か、あんたには分かんないだろうけど。
「責任を持って君をこの町から連れ出すことを約束するよ」
俺は、葵と違って簡単に許せる
「謝るなら、悪いと思うなら、行動で示せよ」
その
「俺をあんたの
「随分と、大きく出るな」
正座を崩すことなくダレンを見る。イラつきが一瞬瞳を通り過ぎたが、それ以上
「良いだろう。だが、足の怪我が完治した後でだ。先に言っておくが、君を殺しかけた
そう言うと葵はカーテンの向こう側に消えていった。
よく言うよ。見ず知らずの子供を身の危険を冒して助けて、医者に見せ、安全な場所に届けようとする奴が。そんな奴が特段優しくなくて、当たり前にそこら辺に居るなら、もっと世界は俺に優しいはずだろが。世界がもっと優しかったら、俺はこんな悪知恵思いつかないはずなのに。
勢いよく毛布を被り身を隠すようにうずくまった。胸の奥底で頭を
🔶用語メモ🔶
🔸
和紙が上面と底面以外の四つの側面に配置され四角柱を創る。その内部に術者の
🔸
バッテルケデスの年に一度の大規模な催し。国内外から猛者を集め、観客の前で死闘を演じさせる。本戦はトーナメント形式で、5回戦目が決勝となる。大会開催二日前から一般枠の予選がある。予選出場者を16のグループに分け、各グループ内で生き残った一人が本戦への出場権利を得る。一般枠16名、シード枠4名。シード枠は、三回戦から参加と優遇されている。シード枠に選ばれる基準は、様々な大会での戦績と所属闘技団のネームバリュー、大会主催者側へのコネである。
🔸
人の心の闇から生まれる魔生の中でも、宿主が死亡時に落誕する存在。宿主が死亡しているため、余燼自身を破壊するだけで完全に消滅させられる。
🔷キャラクターメモ🔷
🔹ビリー
バッテルケデスで開業医を営む。真夜中の広場で言い争いうをしていた葵とダレンを偶然見つけ、親切心から一晩の宿を申し出てくれた。
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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🔴悪知恵:悪い方面によく働く知恵。
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🔴頭を
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