第❶回 冠月の駄弁り部屋

「よぉーこそ! 俺の駄弁だべり部屋へ!」


 真っ暗な空間で、明るく抑揚よくように富むが薄皮一枚の下に含みを持つ声が言葉を躍らせるように話しかけ―


「おぃ、おーい! だぁ、その描写は? 初対面の相手に警戒されるだろぉ? もぉっと好感が持てるように書いてくれよぉ~」


 …………暗闇の中では、唯一の光源ともいえる明るい声が話しかける。その弾ける声色こわいろは、一片の偽りを含まず聴き手に親しみやすさを感じさせる。


「そぉそう! そうやってくんないとさぁ、第一印象の重要性ってもんを分かってないんだよなぁ、これが。あぁ、自己紹介がまだだったな。お初にお目にかかぁーる! 俺は冠月かげつだ! 趣味は初対面の奴と話すことだ! よろしくな!」


 高々と宣言する男は、青碧せいへきの瞳に艶やかな羽色ばいろの髪を肩で切りそろえた所謂おかっぱ頭。細身の体だが、軟弱さは皆無。ゴツゴツとした堅牢けんろうよろいの様でなく、繊維せんいを寄り合わせることで強度を高めた柔軟じゅうなんな筋肉をバランスよく纏っている。


「絶世の美青年って追加な!」


 ……………………。


「つ・い・か。分かるよな?」


 抑揚に富んだ言葉のダンスがほんの一言で絶対的な権威けんい体現たいげんするみことのり豹変ひょうへんする。両腕を組み、どこに視線を合わせるでもなく空間内を見渡す花のかんばせは色白く、闇の中で浮かぶ月の様。暗闇の深さが光を際立たせると言うよりは、光の強さが闇を濃く重ね深みを増したと見える。


「なんか含みがあるな。まぁあ、これ以上時間を無駄に出来ないし、突っ込まないけどな。そんじゃあ、本題だ。どうして、どこの誰かも分からない俺が登場したかと言うとだな……………………」


 男は、胸の前で両腕を組み前に5歩、きびすを返して6歩。再び踵を返して7歩、さらに踵を返……さず右に3歩。足元すらまともに見えない暗闇の中を自由に歩き回る。無言のままに何の規則性も無く歩みを続ける。男の履物は、木製の下駄に見えるが、床と木が奏でる温かみのある音がしない。歩くたびに擦れるはかま衣擦きぬずれの音もしない。それどころか、男が発する音は、馴れ馴れしいその声しかない。


「それはだな…………」


 時間が遅くなったかと錯覚するほど、ことさら緩やかに歩みを止める。青碧の瞳がきらりと光りをいだく。可笑しなことだ。どこからも光は射してないのに。もっと言えば、男の姿が見えているのも可笑しなことだ。夜の闇の中、月が見えるのは太陽に照らされているから。また、照らされていないところは、見ることが出来ない。だから、月の満ち欠けがあるのだ。一片のあかりすら許されない黒の中であるのに、白い顔も緑の目も確かにうかがえる。それどころか、同じく黒である髪すら暗闇に溶け込まない。それは、この空間が私たちが知る物理現象の外にあることを示しているのだろうか?

 薄い唇が開き、音が意味を持った言葉に変わる。一体どんな理由があって彼はここに居るのか? それを私たちに伝えるために。


「もうとんでもなく退屈だったんだよ! こんな何も無いとこに、はや15年。暇で暇で、精神がイカレちまうよ! しかもだ! この物語の最後の方まで出番が無いんだぜ⁉ あんまりだろ!」


 もったいぶった癖に、しょうもない理由だった。あの緊張感を返して欲しい。つーかそんな理由かい。急に物語をもっと面白くする秘策があるとか言うから、ちょっと期待したのに。描写に口を出してくるあたりから、不味い気はしてたけども。キッチリ描写したのが馬鹿みたいだよ。


「うっせーな! 元はと言えば、雨咲あめさき! てめえが俺をすぐに登場させないからだよ!」


 とんでもない言いがかりだ。物語の構成上仕方のないことで責め立てられても困る。大体、何でこのタイミングなのか? 読者は、前話の剣闘士の女(朱山緋桜と思われる)が何故、闘技場で戦っているのかを疑問に思っている状態だ。本来なら、この話でその謎を明らかにすべき展開なのに、一登場人物がそれを阻むとは……なんだ、こいつ。


「こいつだー? 人生の大先輩に向かってなんつー口のきき方だ! 俺はな、てめえら人類が生まれるずーーーーっと前から存在してんだよ! うやまえや!」


 先覚せんかくが愚かなことは、後覚こうかくにとって大きな不幸である。


「随分な口をききやがって。いいさ! 言っとくが俺の一番の目的は退屈からの解放だが、雨咲が言った面白くする秘策ってもんもある」


 ほうほう。それは、如何様な物なのか。早くお答え願いたい。そして、とっとと引っ込んで頂きたい。


「ふっふーん。残念だが、それは叶わない。なぜなら、秘策とは、俺が定期的に駄弁ることだからだぁ!」


 愚策ぐさく秘蔵ひぞう妙案みょうあんとも言いたげな口調。頭におが屑が詰まっているに違いない。しくは、精神状態に難があるのだろう。彼が通院できる精神科を探さねばなるまい。これは作者としての責任だ。


「おおっと、そいつは辞めといた方が良いぜ。訴訟そしょう問題になる。前に、カウンセリングしてた中田さんを発狂はっきょうさせて、半月で担当医から同室の患者にしちまったからな! しかもだ! 弁護士がやる気なくて慰謝料取られるし、踏んだり蹴ったりだったぜ。だが、医者いしゃ慰謝いしゃ料払う羽目はめになって、腹がよじれるくらい笑えたから結果オーライだったな!」


 寒い親父ギャグを言ったかと思えば、ゲラゲラ笑い、床を転げまわる。精神科医を発狂させる奴と会話を続けなければならない私は、大丈夫なのか。この混沌こんとんとした会話を延々見続ける読者の心の平安はどうなるのか? 不安しかない。


「あー! 思い出したらもう、くっ゛、くっ、やっぱムリー! はははははははh! イヒーッヒー! やッべぇ、笑い死ぬッ!」


 お金払って損だけしてるようにしか見えないんですけど、何がそんなに楽しいんでしょうか? あ、そうですか、抱腹絶笑ほうふくぜっしょう病を患っていらっしゃるのですね。動物病院に鎮静剤注文しときます。

※そのような病気は現実には存在せず、鎮静剤による治療はありません。


「ばっかやろう! そんなもんで鎮められると思ってんのか⁈ 俺の抱腹絶倒ほうふくぜっとうが薬ごときで治まるなら、中田さんもイカレずに済んどるわ!…………まあ、場の和ませはこの辺にして、本題に入ろう」


 彼はここまでの流れでアイスブレイク的な目的を果たせたと思っているのだろう。しかし、まともな人間には精神異常者にしか見えていない。緊張を解すどころか、警戒心を高めていることに気付く日は、きっと来ない。つーかもうホントお願いだから、帰ってください。


「駄弁ると言っても、ただ俺が遊びたいだけじゃーない。れっきとしたこの話のための目的もある」


 あのー、聞いてます? 帰ってって言ってんですよ。


「まず問題として、話がシリアスすぎるんだ」


 未だかつて、作者にストーリーについてダメ出しした登場人物が居ただろうか? 


 いや、居ない。


「加えて、難しい。設定が複雑なんだよ。そのくせ、その複雑さを読者に分かりやすく説明も出来ない」


 未だかつて、作者に精神的ダメージを与えた登場人物が居ただろうか? 


 いや、居ない。


「そこでだ、俺が定期的に息抜きを入れ、そこで話のおさらいをするってのはどうだ? ようは、おちゃらけ話であり、補足話ってとこだ。おいおいは、質問コーナーを設けて、俺の好きな食べ物、得意分野、普段の生活について、あけっぴろげに答えるのもいいな。ついでに、緋桜ひさはじめとした俺の知ってる奴について話してもいい。鳴夕なるせ蘭鈴らんれいについてでもいいな。りんは、あんま知んないからパス」


 あの…………まだ一度も名前付きで登場してないキャラのこと出されると困るんですけど。


「何言ってんだ! 逆転の発想だろうが! 先にあいつらについて知っていれば、ある種の身内視点から奴らを見れるんだ! これは、ネタバレじゃない! 垣間見かいまみだ! おつかいを見守る保護者目線だ!」


 垣間見? 保護者? 何一つぴんと来ないんですが。


「つまり、奴らに対して愛着あいちゃくを抱かせる。それには、より近しい存在と思わせる必要がある。そのためには、奴らについて知る以外に無い! そこでだ! 旧友であるこの俺があいつらの好みのタイプから息抜きの方法、殺しの作法までありとあらゆる個人情報を教えてやるのさ!」


 いえ。あの。一回も出てないキャラクターの紹介しても誰それ状態なんで避けたいんですけど。あと、勝手に第三者に話すとプライバシーの侵害とかになりませんか?


「プライバシーがどうのって、人間に適応されるもんだろ? だったら、問題ないって! 心配すんな! いつかは出る予定なんだし、今フライングしても変わんないだろ。キッチリやろうとせず、ってのが俺の流儀りゅうぎだ。雨咲も見習えよ。人生は、楽しんだもん勝ちだ」


 いや、まあ、冠月さんの考えを否定するつもりは無いですが、その考えは、他人を巻き込まない範囲でお願いします。私には、とても場当たり的にお話を考えるのは難しいので。着地点が見つからず大気圏を越えてしまいます。それに皆さんの許可も得ずに、ベラベラ話していいんでしょうか? 


「いいじゃないか! 奴らがこっちに気づくことは無いんだし。 地球なんざ、おさらばしてやれ! さよなら地面! よろしく無重力! くらいの気概きがいで良いんだよ! いっそのこと太陽系も飛び出せ!」


 それでは読者が置いてけぼりになります。


「だからこその! このコーナーだ! 俺に任せな、上手いことそれっぽく見えるようにまとめてやんよ」


 あのですね。不自然な格好してるとこ申し訳ないんですが、私もうまともに描写する気ないのでスルーしますね。


「おい待てーい! 普通そこ無視するかぁ⁉ この万人からイケメンと認められる雑誌モデル顔負けの俺のポージングを⁈ ウインクも決めてるのにぃ?」


 あっ。首痛めたわけじゃなかったんですね。首が肩に付くほど曲がって沿った側を手で押さえてるので、寝違えたのかと思いました。

 話を戻しますが、冠月さん。きっと貴方は、私がいくら無理だと言っても納得はしませんね。なので、これは妥協策です。一旦、このコーナーを続けることは、認めます。しかしながら、「収拾がつかない」、「やっぱいらんくね?」、「本筋の空気をどうしようもなく破壊している」と私が思った段階で打ち切りにさせてもらいますよ。構いませんね?


「いいだろう。俺に二言はない」


 お約束していただけでよかったです。


「だが、一つ条件がある」


 何ですか?


「俺もこういった試みは初めてなんだ。だから、最初の頃は期待通りの働きが出来るのか疑問が残る」


 何を言いたいのですか?


「つまり確約が欲しい。最低でも第何回までは続けるって」


 なるほど。そのお気持ちは理解します。それでは、何回までをご希望ですか?


「100」


 すいません。今パトカーのサイレンで聞こえませんでした。何回ですか?


「90」


 5回でどうですか?


「50回でどうだ?」


 十分の一で5回でどうですか?


「二分の一! 25回!」


 √25で5回はどうですか?


「俺がこんなに歩み寄ってるのに…………分かった、ここは作者である君の顔を立てよう。10回で!」


 はい、5回ですね。折れていただき、誠に感謝します。


「この鬼が! おまっ! 初めの要求から9割引きもしたのに! 引き分けとか、折り合いとか、譲歩じょうほとか無いのか⁈ そういう態度が禍根かこんを残すんだぞ!」


 確かに、そうですね。冠月さんを登場させないように構成を組みなおします。禍根は断っておくに越したことはありません。


 貴方もそう思いませんか? 冠月さん?


「何だか5回でも十分な気がしてきたー! イケる! 俺は出来る! そうと決まれば、栄えある第一回! お題は―」


 やりませんよ。


「…………? さっき5回はいいって、君言ったよな?」


 はい。でも、今回はもう終わりです。十分長文ですから。


「いや、でも」


 終わりです。駄弁りが過ぎましたね。


 次回、朱山緋桜は如何にして死を見世物とする町にたどり着き、剣闘士となったのか? そもそもリアトリスとはどうなったのか? ずっと登場してないダレン君は松葉杖から解放されたのか? 乞うご期待。


「え……それ俺が言いたかったのに」


 最後になりますが、このような悪ふざけにお付き合いいただきありがとうございました。「おい! 何が悪ふざけだ! こっちは真面目に―」次話は、本筋に戻ります。皆さんに楽しんで頂けるよう、より一層努力してまいります。「雨咲! 無視か⁉ 無視なのか⁉」今後ともよろしくお願いいたします。



















 今回が初回だったので、あと4回ですから。くれぐれも、よろしくお願いします。


「君…………。もしかして俺のことキライ?」


 ………………………………それでは、皆様、良い夏を。



🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)

🔴駄弁だべる:とりとめもないおしゃべりをする。

🔴声色こわいろ:声の音色。声の調子。 他人、特に役者や有名人のせりふ回しや声をまねること

🔴青碧せいへき:青い色。また、青緑色。

🔴羽色ばいろ:水に濡れた烏 (からす) の羽のように、しっとりとつやのある黒色。

🔴堅牢けんろう:物がしっかりと、壊れにくくできていること。また、そのさま。

🔴権威けんい:他の者を服従させる威力。

🔴体現たいげん:思想・観念などを具体的な形であらわすこと。身をもって実現すること。

🔴みことのり:天子の命令。

🔴豹変ひょうへん:人の態度や性行ががらりと変わること。本来はよいほうへ変わるのに用いたが、現在では、よくないほうへ変わる意味でいうことが多い。

🔴花のかんばせ:花のように美しい顔。

🔴衣擦きぬずれ:歩くときなどに、着た着物の裾などがすれ合うこと。また、その音。

🔴うやまう:相手を尊んで、礼を尽くす。尊敬する。

🔴先覚せんかく:人より先に物事の道理を悟ること。また、その人。

🔴後覚こうかく:後進の学者。後学とも。

🔴愚策ぐさく:へたな方策。まずいやり方。自分の考えや計画などをへりくだっていう語。

🔴秘蔵ひぞう:人にはあまり見せずに大切にしまっておくこと。また、そのもの。その道の奥義として外部には出さない事柄。

🔴妙案みょうあん:非常によい考え。すばらしい思いつき。名案。

🔴羽目はめ:成り行きから生じた困った状況。破目とも。

🔴混沌こんとん:すべてが入りまじって区別がつかないさま。

🔴絶笑ぜっしょう:ひどく笑うこと。大笑。

🔴抱腹絶倒ほうふくぜっとう:腹をかかえて、ひっくり返るほど大笑いをすること。捧腹絶倒とも。

🔴垣間見かいまみ:物のすきまからのぞき見ること。のぞきみ。

🔴愛着あいちゃく:なれ親しんだものに深く心が引かれること。

🔴流儀りゅうぎ:物事のやり方。

🔴気概きがい:困難にくじけない強い意志・気性。

🔴折り合い:折り合うこと。譲り合って解決すること。

🔴譲歩じょうほ:自分の意見や主張を押さえて相手の意向に従ったり妥協したりすること。

🔴禍根かこん:わざわいの起こるもとや原因。

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