第14話 金色日華紋
空気が重みを増したのは、湿気の所為か、相手の心の変化の所為か?
それとも、私自身の心境の変化のためなのか?
答えのない問いを考えるときは、昔のことを思い出す癖がある。今も、在りし日を思い出していた。日方の国で外を見ずに生きてた頃。
『いいかい? 外の彼らにとって、おひさは世を滅ぼす悪の末柄。君が何をしても、その考えは改められない。僅かな期待もしてはいけないよ』
薄い藤色の唇から
『外界の奴らは、
若竹のように姿勢よく立つくせに、口を開けば、
『
二つの満月をはめ込んだ顔は、想像を絶する造形美。美の女神が恥ずかしさのあまり、自らの顔を隠すほど美を体現した
その他、城の全員が、外の世界について悪いことしか言わない。だから、この機会に自分の目で確かめることにした。誰かの主観が入った言い聞かせではなく、自分自身の体験で判断したかったから。
いずれ滅ぼす世界のことは、自分の目で見たかった。それが、私の
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「深淵に囲まれた島国。そこは、奈落の申し子を信仰する地上で最も
なんとなんと、日方の国出身というだけで、殺されてしまうなんて、外はなんと物騒な場所なのか。こりゃ、口酸っぱく言いつけてくるわけだ。それも目の前の青年に明かしたからには、
「ほほぅ。じゃあ、何かい? 君は、私のここまでの尽力を無視して、殺そうと言うのか?」
「いいえ。貴方を殺すことはしません。連行します」
リアトリスは、もう一度視線を
「貴方が
「はぁー! もーため息出ちゃうよ。君は、君の世界の常識に沿うように考えて、私が何やら陰謀をやらかしてると思うんだろうね。でもさ、よく考えてよ。そんな企てをしてるのに、君に明かすようなことするとでも? 馬鹿もいいとこでしょ、そんなん!」
確かに、裏工作を自ら暴く真似をするのは可笑しなことである。しかし、人工魔生の件に全く関りが無いとしても、少女が朱山家の者であることは変わりがない。
「確かに、貴方が人工魔生に関わっているのは理屈が通りません。その件について無関係であることは、理解します。ですが、今重要なのはそこでは無いのです。貴方がどんなに善人であろうが、関係ないのです。貴方の祖先が一度世界を滅ぼしかけた。その行いが問題なのです」
皇教は、その成立以来、幾度も深淵の海を越えようとしてきた。その試みは何度も巨大な深淵に飲み込まれ、空を駆ける蛇に阻まれ続けた。だが、ここに一人、その海を越えた者が居る。深淵の海を踏破できる証である。
ある光景がリアトリスの頭を
「貴方には、深淵の海を越えた方法を教えていただきます」
心を待たない、空の器として誕生する赤子が皇国の出生数の約半分を占める。この国のみならず、どこの国も頭を悩ませる恐ろしい病。
初代
「奈落の
この一節の解釈は、様々有るが、一つの点に関しては、どの学者も一致した見解を示している。それは、奈落の申し子の死によって地上の数多ある災いが鎮まるという
「越えて、どうするって言うの? 」
「
聖断とは、異教の神に纏わるすべての事柄を根絶することを意味する。言い換えれば、他民族の粛清と異教の神を
「少しは、話が通じるかと思ったけど、残念。あたしの思い違いか」
少女は、目を閉じて、息を吐きだし大げさに肩を落とすと、すっと顔を上げる。上がった面には、それまでの笑顔が嘘のような冷ややかな眼差し。
リアトリスは、柄を握る手が急速に冷えていくのを感じていたが、剣を形作る水が冷やしているだけだと、言い聞かせた。不思議なことに、心の内を占めたのは、強者に対峙した緊張感というよりは、失望されたことへの焦りだった。震えそうになる手を必死に抑え、なおも少女に切っ先を向け続ける。いつ斬り合いになっても良いように息を吸い、心を落ち着ける。しかし、リアトリスが予期した事態にはならなかった。
少女は、鞘ごと剣を右手に持つと迷い無く突き出す。
「はい」
「…………ぇ?」
思わず拍子抜けした声が漏れ、
「なに? そっちが連行するって言ったんでしょ? 皇国では、武器を持たせたままにするっての? 危なくない?」
少女こと
「固まってないで、早く受け取ってよ」
少女は、青年の胸に押し付けると手を離す。重力に従い、落下するのを慌てて拾い上げたところで、やっと放心状態から戻る。
「貴方は、ご自身がどのような身であるか、分かっていますか?」
あっさりと武器を手渡す。自分を捉えようとする相手へ。捕まれば、唯で済まないと分かっていながら。
「ああ。分かってるよ。きっと痛い目に合う。そんで、最後は、民衆の前で処刑されるんだろう?」
「恐ろしく無いのですか? 貴方は、死ぬのですよ? さらには、貴方から深淵の超え方を聞き、いずれは士団庁所属の聖警士が聖断のために日方に押し寄せるのですよ?」
はて?と首を肩につくほどに傾ける。この人は、何を言ってるのかと言いたげな様子。
「生まれてこのかた、死ぬことに特段の
生まれた命は、皆一秒でも長く生きようとする。その生への渇望は、最も根源的な生命の本能だ。時間が現在から過去に戻らないように、生き物にとって絶対的な摂理のはずだ。それを、そよ風に飛ばされる塵やほこりと相違ないと言い切る。そんな
「ただ、日方の国を滅ぼそうとするのは、見過ごせない。でも、それは私が渡り方を話せば、起きること。私の口は堅いからね。それに…………」
不敵な笑みを浮かべる口元に、常人より鋭利な犬歯が覗く。
「深淵を超えたところで、勝ち目なぞあろうものか。踏み込んだが最後、死の淵まで滑落するだけよ」
両腕を組んだ堂々とした佇まいは、じめりとした湿気を霧散させ、徐々に空気の密度を薄めていった。
🔸用語メモ🔸
🔸
奈落の申し子に仕える裏切りの一族。金色日華紋を家紋としている。
🔸奈落の申し子
大昔、世界を滅ぼしかけた生命の敵。現在は、地の底に幽閉されているらしい。
🔸
生まれながらに心を持たない病気。自己意識というものが存在しない自失状態で改善の報告は無い。亡心病を患った命は、生命維持に必要な栄養を摂取することも出来ないので、生後三日ほどで衰弱死する。
🔸初代
皇神からの天啓を聞き、それを基に聖典『
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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🔴主観: その人ひとりのものの見方。対義語:客観
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仏語。経典などの、その本来の意義や個々の内容、文句などを解釈すること。※コトバンクより引用(精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典)
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🔴根源:物事の一番もとになっているもの。おおもと。根本。 物事の始まり。
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