第13話 獅子身中の毒虫

獅子身中しししんちゅうの毒虫


「よく考えてみてよ? 色んな人の死にざまを集め、それを心に入り込める生物の腹に入れて、宿主の幸福な記憶が食いつぶされたとき、魔生が落誕する。誰かが作ったとしか思えないくらいに、出来過ぎてる。こんなのが自然に起きるとは思えない」


「まさか、誰かが意図して、惨事を引き起こしたとおっしゃいますか?」


 確かに少女の言う通り、寄生虫の生態は、魔生を落誕させることに特化している。何者かが今回の事件を引き起こしたとして、その目的は何か?


「誰かが、実験を行ったと言いたいのですね」


「突飛な話だが、そうだ。きっと、魔生を人工的に生み出す試験だったんだよ」


「お待ちください。仮に、貴方の憶測が正しいとして、目的が不明です。魔生は、生命にとって根絶すべき害悪です。例え、異なる教義、種族でも同様の認識です。死を畏怖いふするのと同じように当然のことです。生きとし生けるものを脅かすを呼び覚ます真似をするはずがありません」


 リアトリスは少女に言い募る。


「…………理由は分からない。ホントは、私自身が追い込みたいところなんだけど、旅をする身だし、ちょっとお荷物も居るし、これ以上足を踏み込む時間も無い。だから、この件はそちらさんにお願いしたいと思ったけど、捜査するには確証が足りないって言うんでしょ?」


 奈落の申し子が何のことか、少女は尋ねようかと一瞬思ったが、話が逸れてしまうので、そのままに受け流す。


「ええ。私一人が信じ、教会に進言したところで、物的証拠がなければ、本腰を入れることは出来ません。私の隊程度ならある程度、融通はききますが」


「じゃあさ、孤児院のミーナ以外の生き残りが居て、その人物が行方不明だったら君の隊に捜査させてよ」


 行方不明者?


「お待ちください。どういうことですか? ミーナ以外の生存者がいると、より真実味が増すと考えるのですか?」


 少女の言動は、もう一人の生き残りが居るならば、何者かが企んだ可能性が高まることを意味している。しかし、何故…………


「実験をしてるんだ。観察しなきゃいかんでしょうが」


 実験の目的は、仮説を証明するため。ならば、当然の如く、経過から結果まで観察する。


「つまり孤児院の中にミーナを監視していた者が居たはずだと言いたいのですか?」


「当たりは付いてる」


 少女は再び剣先を水壁に浸す。すると新たに画が浮かび上がる。ミーナが夕食の席で吐いた場面。ミーナの他に、バケツを抱え駆け寄る子、水にぬらしたタオルを差し出す子、お下げ髪の女性が描かれている。女性の髪は、やや灰色がかった薄いピンク色。瞳を見た途端リアトリスは、少女が誰を疑っているのか理解した。


「この女性、瞳から全く感情が伺えません」


 のっぺりとした瞳。目の表面を反射した光の筋も確認できないくらい、感情が抜け落ちた風貌に見える。


「多分その女の心にも、あの芋虫が居るんだろう。ミーナ以上に過去を食いつぶされ、自我が消失している。その上何かしらの方法で、ただ他人の命令を実行するだけの存在に成り下がってるのさ」


 魔生を生み出すのに飽き足らず、他人を思いのままに動かす手段まで得ているのなら、皇国のみならず世界をも揺るがすことになり得る。もし、要職に就いた者が第三者の思い通りに動かせるならば、何が起こるのだろうか?


「そんで、このおさげちゃんの遺体が出てないなら、多分観察記録を持ち帰ったんじゃないかと思うわけ。だからさ、もし見つかんなかったら―」


「所長に進言します」


 少女が言い終わらぬうちにリアトリスは、自身が属するラント官憲かんけんの所長に上申することを了承した。


「孤児院内に、この女性とみられる遺体はありません」


 確認したのは複数の子供と成人男性の遺体だけで女性の遺体は一つも無かった。


「そう。それは、ありがとう。じゃあ、情報提供として、こっちも」


 また、水に一枚浮かび上がる。ミーナを連れてきた男が描かれた唯一の記憶紙。


「一介の孤児院がこんな実験を主導できるとは思えない。なら、連れてきた奴が怪しい。ミーナは、孤児院に来て日が浅いしね」


 大ぶりの宝石がはめ込まれた指輪を両手、全ての指に嵌めた背の高い男性。


「宝石付の指輪を持てるのならば、爵位持ちでしょうか。この国で華美な宝飾品は上流階級かその階級者が特別に許したもの達しか身につけられません」


 男性の身なりを細部まで観察する。ランプブラックのテールコートに同色のスラックス。ボルドーのベストは細かいアカンサスの刺繍が施されている。


「アカンサスの刺繍がある衣服は、かなり珍しいです。一般的には、家具やカーテン、壁紙、外壁によく使われる文様です。ミーナが着ているワンピースのレースと同じ図柄ですね」


「ああ。ミーナの記憶では、豪勢な箱で届いてた。多分、この男が送ったんだろう。晴れ着のつもりかね」


 アカンサスの刺繍が施された衣服が一般的で無いことからも、お抱えの仕立て屋に織らせたことが伺える。それにしても、孤児院が提出していた戸籍の覚書には、引き渡し人は未記載で出身地不明とあった。敢えて書かなかったのなら、なおのこと怪しく感じる。リアトリスは、男性の画から少女へ向き直る。


「上司に進言しますが、一つ問題があります。陰謀の証拠となるこれらを提供した貴方の素性が分からないことです。どこの誰とも分からぬ人の話を信憑性があるとは判断しないでしょう。容疑者が貴族となれば、尚更。私は、皇国を守護する聖警士としてあなたが何者か見極める必要があります」


 少女が示した証拠以外では、上司から捜査許可を得られないだろう。仮に、不明の女性職員が居ると言って捜査をしようにも、どこにもその女性が居たことを示す証拠が無ければ、端から無理である。それに、ここまでの話はすべて少女が与えた情報が真であるのを前提としている。リアトリスにあれらの画が現実に起こったことなのか?偽りなのか?を明らかにする手立てはない。何もかも、少女の善性を信じるしかないのだ。


「まあ、当然だわな」


 少女は懐に手を差し入れると手に乗るほどの小さな巾着を取り出す。


「一つ試しに明かしてみようか。耳にタコができるくらい念を押されたけど、私は、君の心根を信じてみるよ」


 引き絞られた口を開け、中から濡れ羽色の紋所もんどころを取り出す。〇と△の組み合わせで描かれた図形が一つある。内側まで金に塗りつぶされた一つの円の周りに、最も尖った角が円の中心に向くように計八個の三角が並び、円から光が広がる様をよく表している。


「我が名は、朱山あけやま緋桜ひさ。東の果て、深淵しんえんの海を越えた先から来た。呼び名は、三つ。ひさ、ひざくら、ひおう。好きなので呼んでくれて構わないよ」


「ご冗談ですか?」


「私は、自分の誠実さを示さなきゃならないのに、悪ふざけをするって言うの?」


 少女の答えに、リアトリスは言葉を失い、固まる。それも当然のこと。少女が示した事柄は、この三千年余り外界と一切関りを持たなかった国しか考えられなかった。

 日方ひなたの国。極東に位置するその島国は、ある理由から長年外国と交流を持たなかった。いいや、正しくは、持てなかった。理由は、二つある。一つ目は、日方の国土と領海を囲むように底が見えないほど深い堀があるのだ。その堀の幅は10キロにもなり、外洋と領海の海水が両サイドから滝のように常に流れ落ちている。その深さと幅故、深淵と呼ばれ、極東の海も深淵の海と呼ばれるようになった。二つ目は、神獣の存在である。外から、深淵に近づこうとすると深淵の底から、角を持った空を飛ぶ蛇が現れ追い払う。幾度もの試みをはじき返して来た深淵の向こうから、日方の国から来たのなら、それは間違いなく世紀の大事件となる。とりわけ、神に仕える者たちにとっては。


 リアトリスは、水の剣を創り出し、少女の眼前に向ける。少し残念そうな顔をしたのも一瞬。少女は、挑戦的な笑みを張り付ける。


「私を殺す気?」


「奈落の申し子を称える者は、皇教にとって滅すべき悪にほかなりません」


 どうしてこうまで、世は酷薄こくはくなのかと青年は憂いをたたえた目をした。



🔸用語メモ🔸

🔸日方の国

三千年余り、外界と交流が無かった極東に位置する島国。周囲を深淵と呼ばれる巨大な堀に囲まれ、外と内の出入りが出来ない。深淵には、神獣が住み、外から近づくものを追い払う。リアトリスは、奈落の申し子を称える者と言ったが、どういうことなのか?

🔸奈落の申し子

リアトリスが口にした名称。魔生の発生と何か関りがあるようだ。


🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)

🔴畏怖いふ:恐れ慄くこと。

🔴生きとし生けるもの:この世に生きているすべてのもの。あらゆる生物。

🔴紋所もんどころ:家々で定めている紋章。紋。家紋。定紋 (じょうもん) 。

🔴酷薄こくはく:残酷で非情なこと。また、そのさま。

🔴憂い:予測される悪い事態に対する心配、気遣い。嘆き悲しむこと。憂鬱で心が晴れないこと。

🔴湛える:液体などを一杯に満たす。ある表情を浮かべる。感情を顔に表す。

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