第8話 魔生と宿主

魔生ましょう宿主やどぬし


「小隊長。本当によろしいのですか?」


 副官の声にリアトリスの意識が呼び戻される。立て続けの任務に少し疲れが出たのか、ボーっとしてしまったようだ。


「はい。一度した約束を違えはしません。それに……確かめたいこともありますから」


 リアトリスは、不安がる副官ににこやかに答え、視線を先ほど、自分を負かした相手に戻す。


「こっちは、いつでもいいよ」


 少女は剣を杖のように地面に刺し、片手は腰辺りに当て退屈そうに話しかけた。


「はい。念のため、私が持つ情報をお教えしましょう。この魔生は、平均的な魔生より、小型ですが、その分、素早いです。捕まえるのに一苦労しました」


「それは、ご苦労様。悪いね、せっかくの努力を無駄にして」


 聖警士せいきょうし達の感情があっけらかんとした反応をする少女の態度に逆撫でられる。ひと悶着起きそうな空気を防ぐようにリアトリスは、言葉を続ける。


「本当に、宿主を殺さずとも、魔生を絶えさせることが出来るのですか?」


 未だ、少女の言葉を信じきれない。念を押すように問いかける。


「魔生は、宿主が生きる限り、よみがえる。通説は、その通り。では、何故宿主が生きてる限り、蘇るのだろうか? それを明らかにするには、宿主と魔生を繋ぐ濁縁とは、何か?から切り崩すのが手っ取り早い」


「濁縁ですか。私の認識は、宿主と魔生を繋ぐ実体のない線です。魔生が倒されたとき、魔生側の繋目つなぎめから再生します。しかし、宿主が死亡した場合は再生しません。なので、魔生退治には、宿主の死が必須となります。例外は、宿主死亡時に落誕する余燼よじんだけです」


 通常、濁縁は宿主の胸の中心と魔生の胸の中心を結んでいる。それぞれの濁縁と胸の接着点を繋目と呼ぶ。


「教本通りの説明ありがとう。そう、奴らは、繋目から再生していく。まるで、宿主から栄養を頂戴ちょうだいするように。濁縁とは、言うなれば、へその緒と相違ない」


 濁縁とへその緒。似ても似つかないものを並べ、少女は、続ける。


「魔生は、宿主の心の闇。言い換えて、負の感情から形成される。そして、その負の感情は、何から生まれているのか?」


 リアトリスは、数瞬思案し答える。


「体験だと思います。宿主となる者は、多くが精神的、身体的に負荷のかかる経験をしています。そういった体験に起因する負の感情から生まれるのでしょう」


「そう。つまり、何が言えるか?…………その体験を忘れてしまえば、魔生は消える」


 理屈は、理解できるが、全く突拍子もない方法にリアトリスは驚きを隠せない。


「まさか! そんなことが出来るのですか⁉」


「出来るよ。だから、あの子を殺す必要は無い」


 少女の視線の先には、部下たちの後ろから、不安そうな目を向けるミーナが居る。


「それにさ、あんたも不自然に思ってんでしょ? 宿主にまるで見えない」


「ええ。発見当初は、朦朧もうろうとしていましたが、魔生を抑え込んだ後は、意識が戻り、会話も可能でした」


 一般的に、宿主は、魔生が落誕すると精神に異常をきたし、恐慌状態に陥る。そのため、声かけには、まるで反応しない。大抵は、周囲の生物に異常なまでの凶暴性を発揮する。


「あたしに任せてくれるなら、それも分かるよ」


 リアトリスは、少女に向き直りもう一度繰り返す。


「本当にミーナを殺さずに済みますか?」


「言わずもがな。さっさと解きなよ」


 少女は、これ以上待てないと言うように急かす。


「待ってください。先ほども言いましたが、あの魔生はとても素早いのです。解放した途端、逃げるかもしれません」


「大丈夫、大丈夫。絶対逃げないから。離したら、あたしに向かってくるから」


 一切の迷い無い眼差しにリアトリスは、納得せざるを得なかった。


「分かりました。あなたを信じましょう」


 リアトリスは、胸の中心に掌を当てると静かに唱える。


入相いりあいの鐘」


 橋下にて魔生を押さえつけていた流麗な流れが滝のように落ちる。ともに落下した魔生は、しっかりと足で着地する。


「キャルキャルキャル」


 魔生は、兎のような跳躍に適した足と長い耳を持っている。唇を突き破り生えた牙と鎌のような爪が無ければ、愛くるしい兎のようだ。瞳は黒一色。その中に、燻銀いぶしぎんの鏡のみが写り込んでいる。


「キャッキャッキャッキャッ!」


 魔生が少女を目掛け飛び込む。肉を裂こうと両手の爪を正面に構え、一飛びで距離を詰める。少女は、体を捻りながら前方に倒れ込む。すると片足を突いたまま上体が仰け反り、魔生の両腕の下に入り込む。刺したままの剣を反対側の腕でつかむと素早く引き抜き両腕を一纏めに切り落とすと回転の勢いのまま魔生の正面から脱する。


「アギャー! アギャー!」


 魔生は、胴体を地面に打ち付け勢いのままズザザーと滑る。残った足で立ち上がろうとするが、上体を起こすことが出来ず、足のみがせわしなく地面を蹴っている。

 少女は、パシャンパシャンと軽く水をかき分け魔生の正面に立つ。魔生は、性懲りもなく牙をむき噛みつこうとする。それを鼻上にダンッと鞘を立て口を閉じさせる。


「良い子にしなよ。すぐに終わるからさ」


 少女は、刃を真上に向け、刀身のくり貫きから片目を覗かせる。


「天上に昇る白日はくびを司るは、この奇傑子きけつこひがの世を照らすは、我が宿世すくせとここにさだむ。白日日和はくじつびより


 はばきから剣先に向かい白炎が昇りあがる。確かに燃え盛っているはずなのに、まるで温度を感じない。舞い上がる白いは、水面に触れても消えることなく水中に沈み消える。

 リアトリスは、菱形の窓から見据える瞳の奥。そこに何が閉じ込められているのか片鱗へんりんを掴みかけた。しかし、どういった訳か、頭に浮かんだそれは、すぐに霧散し掴めなくなってしまう。得体のしれない力によって隠されてしまった。

 少女は、剣を片手で逆さに持ち変えると背中側から胸の中心を一息に貫いた。魔生は、声も上げず、自身の体が崩れていくのを感じていた。



🔸用語メモ🔸

🔸魔生ましょう

宿主の心の闇(負の感情)から生まれる。宿主が生きる限り何度でも復活すると言われている。また、復活する際は、など主と魔生を繋ぐ濁縁を通して魔生側の繋目から再生する。少女は、魔生を生み出す心の闇(負の感情)を抱える要因となった記憶を消し去ることで、魔生のみを消滅させることが出来ると言い張っている。

🔸宿主やどぬし

魔生を生み出す者。通常、魔生を落誕させると精神に異常をきたす。生物に強烈な嫌悪を示し、非常に攻撃的になる。何故か、ミーナは意思疎通が出来、一見普通に見える。何か原因があるのだろうか?

🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)

🔴入相いりあい:日が山の端に入るころ。日の暮れるころ。たそがれ時。夕暮れ。

🔴入相いりあいの鐘:日暮れ時に寺でつく鐘。また、その音。晩鐘。

🔴片鱗へんりん:1枚のうろこ。 多くの中のほんの少しの部分。一端。

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