第7話 決闘
決闘
リアトリスは、ミーナが両目を閉じたのを確認すると胸ポケットからガラス片を取り出す。結晶越しにミーナを見ると胸の中心から黒い髪の毛のような糸が漂っている。疑いの余地は無い。これは、濁縁だ。魔生と宿主を繋ぐ、生命線。息が抜けそうになるのを寸でのところで唇を結ぶ。これからの自分の所業を思い、やるせなさに胸に穴が開きそうになる。
魔生を倒すには、神器か加護が必須である。それ以上に、常識とされることがある。宿主が生きる限り、魔生は、復活する。神器や加護で一時的に消滅させても、宿主が生きる限り、個人差はあれど数か月から数年の間に再び落誕する。そのため、必ず宿主を殺さねばならない。加えて、魔生を宿した途端、宿主は加護か神器による致命傷でなければ死亡しない。他の武器で怪我を負っても、死に至ることは無い。条件付きの不死とも言える。そのため、聖警士では、宿主を発見した場合は如何なる理由があり、魔生を宿したとしても粛清することが厳命されている。
非常に悲しく、憤りを禁じ得ないことです。年端もいかない子供に未来を捨てさせる。それが、私の役目であることが。このような不条理が当たり前なことが。世界の至る所で人々が嘆きを忘れるくらいありふれていることが。
「…………ありがとうございます」
せめて痛みを感じるまでもなく眠るように。
リアトリスは、手をかざした。覚悟の上、言葉を紡いだ。紡ごうとした。それをある声が押し止めた。特段声が大きかったわけではない。にも拘らず、鼓膜が怯えるように震えた。それだけに留まらず、自身の心が酷く震えた。恥ずべき覚悟をその鏡の瞳に写されたからなのか。ただ、
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ジャバジャバ。
ぽたり、ぽたり、ちゃぷん。規則的な滴りが沈黙を彩る。
「なに?」
目を瞑っていたミーナは驚いて目を見開いている。
「心配いりませんよ、少し待っていてください」
リアトリスは優しく声をかけ、ミーナを背後に隠す。
ジャバジャバ。
「どこに行った!」
「橋の下に降りました!」
「馬鹿! 降りるな! 誰も降りるなと小隊長から厳命があっただろう!」
橋の上から部下たちの声と慌ただしく近づく足音が聞こえる。橋の封鎖を突破した人物を追ってきたのだろう。リアトリスは、声を掛けた相手に視線を向ける。自分よりは若く見え、小柄だ。自身より頭一つ分以上低い。おそらく150㎝くらいだろうか。それなのに、言いようのない圧迫感を覚える。
ジャバジャバ。
「私は、ラント官憲所属のリアトリスです。先ほど、孤児院の屋根に居た方ですね。申し訳ありませんが、只今、諸事情故、橋を封鎖しています。速やかに、お引き取り願えませんか?」
ぽたり、ぽたり。
「お勤めご苦労様です。しかし、この場に用あり。その願いは聞き届けられない」
ちゃぷん。
少女は、両腕を胸のあたりで組み、頭をわずかに傾けている。
「……
少女は、顔をこちらに向けたまま、真上を指さす。橋の裏を。
ぽたり、ぽたり、ちゃぷん。ジャバン。
「キャルキャルキャル……」
絶え間なく水滴を落とす橋の裏。ジャバジャバと流水が異形の化け物を押さえつけている。常に対流しその流れで拘束しているようであった。
「あの魔生を退治すること」
「お腰のものを使おうとも、宿主が生きている限りは、何度でも蘇ります。それとも、そうならないとおっしゃいますか?」
「ならないとも」
リアトリスは、真意を見通そうと再び白い神器に視線を落とす。皇国には、全く記録されていない。正体不明の神器。各神器に特性があれど、宿主を殺さずとも魔生を完全に消滅させる報告は無い。
「その言葉を信じろとおっしゃいますか? 私は、貴方が何者かも分かりません。にもかかわらず、信じられると?」
「信ずる必要は無い。私は信認を必要としない」
剣を鞘から抜き、片手で構え、一方の手は鞘の口に沿える。
「小隊長!」
橋の上から様子を伺っていた部下たちが痺れを切らし、飛び降りてくる。
「命令に従わず、申し訳ありません」
「構いません。私も予想外です」
隊員たちが剣を抜き、少女を囲む。
「手を引いていただけませんか? 私は、確証が無いことはしません」
「くどい」
聖警士達は、じりじりと間合いを詰める。一触即発となったその時、リアトリスが言葉を発した。
「先ほども言いましたが、正体を明かしもしない貴方を信用することは出来ません。しかし、あなたも引くつもりが無いのなら、仕方ありません」
リアトリスは、ミーナを部下に任せ向き直る。少女は、目を見張る。
「…………へぇ、あたしと勝負するってわけ? はっきり言うと意外。数に物を言わせると思ってた」
「無駄に部下を危険に曝したりしません。それにこの方があなたに後から不平を言われないと思いまして」
「……良いよ。受けようじゃないか」
リアトリスは、自身の副官に目配せする。副官は、小隊長の元へ走り寄る。
「小隊長、本当によろしいのですか?」
「はい。これが最良だと思います」
副官は、承知しましたと答え、二人の間に立ち、ルールを提案する。
「一本勝負。一方が急所を押えられたと判断した場合、速やかに勝敗を決めます。よろしいですか?」
「異存なし」
「私もそれで構いません」
副官は、手を正面に下げ、二人の中間に立つ。
「では、正々堂々、はじめ!」
開始の合図と共に、少女は、水面に引っ掛けた切っ先を勢いよく振り上げ、飛沫で相手に目隠しをする。リアトリスは、視界から一瞬で消えた相手を目と耳を集中させ、探す。
この決闘相手、見かけは私よりも年下に見えますが、それを疑いたくなるほど、場数を踏んでいます。舐めてかかると手酷いしっぺ返しを貰いそうです。
「
川の中から大きな魚のような生き物が甲高い鳴き声を上げ飛び上がる。大きな背びれに上下に動く尾ひれ。体は、水で出来ているのか日光に当たると水面のようにキラキラ光り、空中を水中のように縦横無尽に泳ぎ回る。
「姿を消しても無駄です。この子は、すぐにあなたを見つけ出します」
大きな魚は、カツカツと音を出し始め、周囲を泳ぎ回る。すると突然、橋の上へと飛び上がる。
「先に言っておきますが、打撃や斬撃は、効果がありませんよ。水で出来ていますから、何度でも修復できます」
そうこう言っていると、少女が追い立てられるように、橋の上から川に飛び降りる。バシャンと音を立て、着地すると少女は、正体を確認しようと見上げる。
「何それ?」
「以前、ヴィネリアで目にした水生生物を模倣して作ってみました」
「ピューイピューイ!」
「へー、加護で
バシャンと川から新たにイルカ2頭が飛び上がり少女に突進する。それを姿勢を低くすることで躱す。行きつく暇もなく別の一頭が頭上から突撃を仕掛ける。イルカたちは、お互いに連携を取るように途切れの無い攻撃を続ける。少女は、水面擦れ擦れを横に飛び、そのまま距離を取るべく橋下から出る。リアトリスは、イルカ達を呼び戻し、一時の静寂が訪れる。
「厄介この上ないな、こいつら」
「よろしければ、この辺で手を引いていただけませんか? 今なら、負けたことには、なりませんよ」
沈黙が数秒流れたかと思うと、
「あっはっはっは! 何? あたしを笑いで負かそうとしてる? それとも…………まさか、もう勝ったとでも?」
「……困った方ですね」
リアトリスがつぶやくと、イルカたちは、再び少女に突進を仕掛ける。左右上下からの突進を足場の悪い水中で少女は、回避し続ける。徐々に、追いつめられ、上に逃げようと高く飛び上がる。
リアトリスは、この時を待っていたとばかりに両手を少女に向ける。
「
真下の川から少女に向かって激流が上る。まともに受ければ、ひとたまりもない水の塊を前に、少女は、刃を突きの形に構える。
「
「なんですか、あれは⁉」
戦いを見守っている部下たちが騒々しく騒ぎ立てる。
「水が…………蒸発するでもなく……火の粉に変化している?」
視界を埋め尽くす白い花弁のような火の粉の中。リアトリスは、首元に当てられた冷えた感触に、自身の負けを知った。
「見事なものですね。あなたは、本当に何者ですか」
「言わなーい」
いたずらが成功した子供のように少女は、にやりと笑った。
「分かりましたよ。匿名希望のレディ」
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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