第6話 孤児の家
孤児の家
通報のあった孤児院にリアトリス率いる小隊が馬で駆け付けると近辺の建物は無残にも半壊か倒壊し、通りの石畳には大きな陥没が点在している。早馬を送った聖警士達は、
馬上で悲惨な有様を見止めたリアトリスは、意図せず、手綱を握る両手に力が籠った。
「人命を最優先に対応してください」
「「「「「はい!」」」」」
小隊長の一声で、聖警士たちは、周囲の確認に塵尻になる。
リアトリス小隊長は、馬から降り、辺りに声をかける。
「誰か! 報告のできる方はいませんか!」
「私が」
孤児院前の街路樹にもたれ掛かるように座っていた隊員が腕を抑えながら立ち上がる。
「孤児院の管理者から最近引き取った子供の様子がおかしいと通報を受け、私合わせて十名の隊で駆け付けました。到着したときは、すでに落誕しており、孤児院の大人達だけでなく、養い子達も殺傷されていました。私たちは、どうにか魔生を食い止めようと尽力しましたが、力及ばず、取り逃がしました」
「分かりました。後は、私たちにお任せください。誰か! 彼の手当てを!」
リアトリスは、隊員に怪我人を任せると半壊した孤児院に向かう。玄関扉は、壁とドアを繋ぐ
「孤児院の人でしょうか」
後から付いてきた自身の副官が検分しながら尋ねる。
「ええ。きっとそうでしょう。それにしても…………」
アラスターが言葉を止めるのも無理はない。建物の中は、いたるところに血痕が飛び、一体何人が死んだのか分からないほどだ。廊下や部屋の中に聖警士の隊服を着た遺体も転がっている。
「小隊長、この孤児院、地下があります」
廊下の一番奥の扉は、地下室への入り口であった。窓がなく、暗い廊下をランタンの火で照らす。すると、ドアの向こうに何かを引きずったのか、かすれた血痕を発見する。ドアを開け、階段を照らすと、滴り落ちた丸い血痕と擦られ掠れた血痕が続いていた。階段を下り進むと広い空間にたどり着く。地下室は、掃除道具や樽などが乱雑に置かれている。足元を照らしながらゆっくり血痕をたどりある一角に着く。副官は、視野を確保しようと、ランタンを高く上げる。
「ここまでの状態を表現する言葉は、学のない私には、とても思いつきません」
ひたすらに暗闇が佇む場所にそれはあった。子供が遊びで人形の手足や頭を取り換えて作ったような人形が数体座っている。鉄さびの匂いを放つ人形は、どれも恐怖に染まった顔をしていた。
二人が孤児院から出ると道指し鳥を連れた隊員が走ってくる。
「小隊長! 魔生は、通りを南に向かったようです!」
鉄製の籠に入れられた小さな黄色い鳥は、一方向にピーピーとしきりに頭を上下させ鳴いている。
「わかりました。五名だけ連れていきます。後の人たちは、ここで人命救助をお願いします。それと……」
言葉を止めると突然、孤児院の屋根を見上げ、押し黙る。
「小隊長?」
じっと見つめ続けるのに痺れを切らした隊員が声をかける。
「…………すいません。孤児院の中には、誰も入らないよう封鎖もお願いします」
隊員たちに向き直り、細かく指示を出していく。
その様子を雲の切れ間から覗く太陽が見下ろしていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
町一番の大きな川であるドプル川は、街の北西から南西に横たわり、小さく蛇行しながら南に流れている。西側と東側を繋ぐ橋が全部で三つあり、それぞれ北橋、中央橋、南橋と呼ばれている。橋は、複数の半円アーチの土台構造が並びその上に道を敷くことで川を横断できるようにしていた。
最も南に位置する橋の下。そこには、煤けたワンピースを着た年端もいかない女児が居た。女児は、両腕で自分自身を強く抱きしめ、落ち着こうと必死になっている。理由も分からない焦燥感に心臓が破れてしまいそうだった。呼吸も粗く、深く息を吸い込もうとしても、心臓の鼓動に急かされて、長く吸い込めない。
ここはどこなの⁈ 先生や他の子たちはどこ⁈
頭を埋め尽くす疑問をどうにか押しやり、辺りの様子を伺う。自分は、どうやら、橋の土台部分にもたれるように座り込んでいたようだ。続いて、自身の状態を確認すべく視線を落とす。その瞬間、あ!っと声が飛び出す。スカートのすそ部分は、水面に浸かり濡れ膝辺りは、ひどく汚れている。まるで、煙突掃除をしたかのような有様に慌てて立ち上がる。ひざまで浸かるくらい川に入ると水につけ生地同士を強くこすり合わせる。夕食後吐いて迷惑をかけたのに飽き足らず、ワンピースを汚してしまったことに罪悪感が込み上げ、泣きそうになってしまう。
どうしよう! もらったばかりのワンピースなのに! こんなに汚しちゃった!
一通り、煤が落ちると絞り、広げ、汚れを確認する。いくらかマシになったかと思いながら目を凝らすと、スカート裾の茶色いシミに気付く。もう一度、浸しこするが色素が沈着してしまったのか全く薄くならない。ムキになってより力を込めて擦る。 その時、勢い余って自分の爪で指を切ってしまう。
「っ――いたぁい゛!」
痛みに急きたてられるように、何とか耐えていた涙がボロボロ零れ落ちる。たまらず、両手で顔を覆う。スカートの裾が水面に落ちる。次第に、生地が水を吸い込み、重くなるにつれ沈んでいく。女児は、肌がひりつくほどに強く涙を拭い、上ずった声で泣く。
「大丈夫ですか? どこか怪我をしてしまいましたか?」
女児は、突然聞こえた声に弾かれるように顔を上げる。真っ白なブラウスの上にインクブルーのジレを着た年若い青年が目の前に片膝を付いていた。
「大変です。指を切っていますね。お手をお貸しいただけますか?」
ごく自然に手を差し出し、女児を待つ。まるで王子様のような所作にさっきまでの沈んだ気持ちが一転、顔が赤くなるほどの恥ずかしさに包まれる。返事をするのも恥ずかしく感じ、もじもじと傷を触る。
「いけません。あまり触ると傷が広がってしまいます」
「あ」
するりと手を救い上げると傷を調べられる。
「良かった。浅く切っただけですね。少し、じっとしていてください」
女児が小さく頷くのを確認すると自身の袖を裂き始める。
「ダメ! きれいなお洋服なのに!」
引きつった声で女児は止めるも、気にせず簡易的な包帯を作る。
「構いませんよ。手を貸していただけますか」
悩む素振りをした後ゆっくりと手を乗せる。青年は、優しい手つきで巻き、少しきつく結ぶ。
「はい。出来ました。痛くはありませんか?」
「はぃ」
消えそうな声で答えた女児の顔は、より一層真っ赤に染まり顔から火が出そうになっている。
「良かった。もしお時間があれば、少しお話をしませんか?」
子供相手でも礼儀正しい応対に、舞い上がった心地になり、何度も頷き返す。
「ありがとうございます。小さなレディ、お名前を伺っても?」
「ミーナ」
女児は、顔を上げ、小さな声で名前を答える。
「ミーナ、可愛らしいお名前です」
柔らかく微笑み言われた言葉に、たまらず顔を伏せる。
「ここに来るまでのことは覚えていますか?」
「はい、えーと…………」
ミーナは、記憶を辿ろうと考え始めるが、何故か全く思い出せない。
青年は、その様子から次の質問へ変える。
「思い出せなくても、大丈夫ですよ。では、何を覚えていますか?」
「昨日の夜、ご飯の後に食べ物を戻して……みんなに迷惑かけて…………そのことは、覚えてるけど、その後からここで気づくまで覚えてない」
「教えてくれて、ありがとうございます。レディミーナ、一つお願いを聞いていただけませんか? 少しの間だけ目を閉じてください。よろしいですか?」
再び顔を上げ、小さく頷くと両目を閉じる。
「…………ありがとうございます」
感謝の言葉は、少し震え、女児は「大丈夫?」と声を掛けたくなるほどに、
青年は、女児の前に指先を向け、小さく唱える。
「
「やめろ」
突然、橋下に鋭く刺さる声が響く。ただの言葉であるはずだが、周りの空気が自身を押しとどめようとするかのように重くなる。小指一つ曲げられないほどの圧迫感をどうにか払いのけ、言葉の持ち主に視線を向ける。
そこには、ガーネットの髪の少女が仁王立ちでこちらを見つめていた。逆光で表情は確認できないが、大きく開かれた瞳のみが光っている。青年は、自分がしようとしていた
🔸用語メモ🔸
🔸孤児院
通報があった孤児院。生存者は、確認されなかった。
🔸ドプル川
町一番大きな川。ラントの町を東西に分け、橋が三つかかっている。水深が浅く、大人のひざ丈ほど。
🔹キャラクターメモ🔹
🔹アラスター・リアトリス
ラント官憲に出向中の名家の嫡男。魔生落誕の一報を受け、現場に向かった。南橋の橋下で宿主と思われる女児を確認した。
🔹ミーナ
孤児院の子供。最近、孤児院に入ったようである。
🔹ガーネットの髪の少女
リアトリスの行いを止めるため乱入したようである。
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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