第3話 白日日和

白日日和はくじつびより


 霧が晴れた、清涼な川岸。ダレンは、魔生ましょうと女の戦いを固唾かたずをのんで見つめていた。


「ギャァウヴグゥゥルゥ!」


 女は、四方八方に伸ばされる黒く長い手を、最小限の動きで、確実にかわしていく。表情にも笑みが浮かんでいる。


「あんた、鈍間のろまもいいとこ。こりゃ、片腕落としたのは、良くなかったね。遅すぎで欠伸あくびが出ちゃう」


 ダレンが虚から出る時、魔生の目に突き刺した傷は、完全に修復されている。だが、女が真っ白な剣で切り落とした左腕はそのきざしがない。

 まさか、あの剣は、神器なのか? でも、そんな代物しろもの、どうやって。剣をよく見るとはばきから少し上あたりに、奇妙なくり貫きがある。あんなのじゃ簡単に折れてしまいそうだ。


「もうしまいにしようか。あんたもしんどいだろう?」


「ギャァッギャァッギャァッギャァッー!」


 魔生は、咆哮を上げながら、女に向かって突っ込んでいく。それなのに、ピクリとも躱そうとしない。それどころか、剣の刃を眼前で空に向ける。右手だけで柄を握り、腕を自身の胸に引き付ける。すると、刀身の付け根に開けられたひし形の穴から、鏡の瞳が覗く。

 金属の光沢こうたくが有りながら、陶器とうきのような滑らかさを感じさせる真っ白な片刃の剣。鎺の上部には、菱形ひしがたにくり貫かれたあな此方こちら彼方あちらを別つ唯一の窓として鎮座ちんざする。彼方からは、磨き抜かれた鏡の瞳が見据えている。


「天上に昇る白日はくびつかさどるは、この奇傑子きけつこひがの世を照らすは、我が宿世すくせとここにさだむ」


 刀身から立ち上る白炎はくえん岸壁がんぺきに打ち寄せる波の如く猛々たけだけしく、舞い上がるは、またたきに消える花弁と見紛みまがう。


「ギャァウヴグゥ! ギャァッギャァギャァッー!」


白日日和はくじつびより


 魔生の胸に吸い込まれるように剣が沈み込んでいく。


至純しじゅんなる余燼よじんよ、安寧に消えゆけ」


 胸の裂け目からたちどころに白炎が広がり、全身を包み込む。凄まじい勢いにも関わらず、熱気が感じられない不可思議な火。触れると途端に形を無くし、肉が、骨が散り消える。たった数秒で、巨体は、跡形もなく燃え尽きてしまった。骨どころか、灰すら残らなかった。何事も無かった風を装う苔むした石だけがすべてを見ていた。



🔹キャラクターメモ🔹

🔹鏡瞳の女

神器と思しき片刃の剣を持っている。剣は、刀身が真っ白で鎺から少し上あたりにひし形のくり貫きがある。


🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)

はばき:刀剣などの刀身が鍔 (つば) に接する部分にはめる鞘口 (さやぐち) 形の金具。

奇傑きけつ:一風変わった、すぐれた人物。

ひが:正常でないこと。妥当でないこと。まともでないこと。

至純しじゅん:まったくまじりけのないこと。この上なく純粋なこと。また、そのさま。

余燼よじん:火事などの、燃え残っている火。燃えさし。 事件などの一段落したあとに、なお残っているもの。また、その影響。

宿世すくせ: 過去の世。前世。前世からの因縁。宿縁。宿世しゅくせとも読む。

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