第4話 ラントの町
巨木をしならせる
森が静まり返る中。
痛ましいことだ。自分が何かも分からず、ただ生まれた瞬間。心を占めた感情に突き動かされるままに暴れまわる。
握りしめる刃が胸を突き刺し沈み込む。滑らかな感触に少女は目を閉じる。
再び目を開くと真っ暗な空間。その中に唯一光る何かが浮かぶ。目の前に立つと、それは人一人が入れそうな大きさの球体だ。触れると外側が紙のように四散する。一枚一枚剥がれ落ち、空中に漂い出す。紙には、絵にしては精巧な情景が写る。
一枚、のどかな村落の外観。ひらけた牧草地。
二枚、年に一度のお祭り。衣装を着た男女が村唯一の石像の前で手を取り踊る。
三枚、子供たちは、未来を思い描きながら、祝宴を見つめる。
四枚、黒に近い紫のマントを着た者たち。顔は白い
五枚、マントの者たちは、村に火を放ち、形あるものすべてを破壊していく。
六枚、大人達は、一人ずつ、首を切られ、祭りの焚火にくべられる。
七枚、赤黒い血を咽喉から流す両親を泣きはらした顔で見つめる子供達。
八枚、数珠つなぎに縛られ村を後にする子供達。
九枚、薄明かりの中、燃え尽きた焚火に残る
十枚、焚火の周囲に黒い煙が立ち込め、巨体の何かが唸りを上げる。
手を一振りすると四枚目以降が目の前に静止する。一枚一枚を静かに見つめると両手を胸の前で上に向ける。ひらひらと落ち、
「
形が崩れ、燃え消えゆく様を
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ラントの町
俺が居たラノクの街から三日離れた隣町のラント。その小さな開業医の診察室に俺は居た。時間は午前十時頃。首元が涼しいのが久々でついさすってしまう。奴隷だとばれると、診てもらえないかもしれないからと、首枷を壊したため、少しばかり、落ち着かない。数か月前に嵌められた重みがいつの間にか馴染んでいたようだ。
「治りが速いですね。この分なら、あと一週間くらいで普通に歩けるようになるでしょう。痛み止めだけ出しておきます」
人のよさそうな
「どうも、ありがとうございます! 先生には、大変お世話になりました。いやー、もうほんとドジっ子でして、山中を歩いてるときに道から反れて、沢まで真っ逆さま! ある意味見事な転がり方でしたよ!」
不自然なくらいの大声で医者に答えるのは、俺を助けた
「そうですか、それは
医者は、薬棚を開きながら、世間話を始めた。
「詳しく聞くと、とても不可思議で。その雷は、同じ場所に何度も何度も落ち、直後に豪雨が降ったのに、何故か教会には一滴も降らず。おかげで焼け落ちてしまったらしいですよ。かつてその町に住んでいた蛮族が信仰していた邪神の呪いだと、もっぱらの噂になっているそうです」
同じ場所に落ちる雷なんて初めて聞いた。特定の場所に降らない雨も。そう言えば、町で葵と会った時。晴れてるのに雨が降ったことがあったなと思い返す。医者にその話をしようとした時。葵が、ぼそりとつぶやいた。
「信ずる者もいないのに、どう存在するって言うんだか」
「はい? 何か言いましたか?」
薬を取るため、後ろを向いていたからか、医者の耳には届かなかったらしい。
「へー、なんとも変な話ですね。先生、診察が終わったなら、
「そうでしたか。長話をしてしまい申し訳ありません。すぐに痛み止め出しますね」
ダレンは松葉杖をつきながら、廊下に出た葵の後を追った。葵が受付で支払いをする間、尽きることのない疑問が心に渦巻いていた。
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宿に戻り、小さな椅子に腰かける。小さいはずだが、成長期がまだきていないダレンの足は床につかない。葵は、幅の広い窓枠に座る。
「それじゃあ、怪我も大分治ってきたみたいだし、君の今後について相談しようか」
「ああ…分かった」
葵にこの街に担がれてきたのが五日前。未だ松葉杖が必要だが、初めの頃に比べればかなり良くなった。
「私は、事情があって旅をする身なわけ。だから、君をずっとは連れては行けない。君にとってどこか安全な場所があれば、どこでも寄ろうと思ってるんだけど、心当たりはない?」
「ない」
食い気味に返事をする。即答できてしまう自分の天涯孤独に
「即答かい」
「俺は、親父とばあちゃんと小さな村も無いような
「ほんとにぃ? すんごく困るんだけど」
葵は両手を窓枠について肩を落とし、どうしようかなぁと零す。
俺は、ずっと考えていたことを話そうと拳を握りしめる。
「っだ!……だから、俺も連れて行って欲しい」
「…………さっきの話聞いてた? 連れていけないの。君のことが無ければ、こっちは、今にでもこの町を出たいところなのに」
「子供を連れて行きたく無いのは分かる。でも、そうじゃないと俺は、また奴隷にされるかもしれないんだ!」
それらしい理由で食い下がる。本当の狙いを知ったらきっとこいつは、俺を置いて行く確信があった。
「奴隷にされるって、それは、無いでしょう。あんな形をとどめてない遺体じゃ、誰が誰かなんてわかんないよ。仮に君が生きてるとばれても、わざわざ追いかけるかね?……はっきり言うとね、私といるのは、ダレンが一人でいるのよりよっぽど危険が伴う。何も、君が面倒だから、置いていきたいわけじゃないよ」
葵は、窓枠から降りると、目線を合わせるため腰を折り、諭すように言葉を重ねる。ダレンは、まっすぐ見つめる瞳から目を逸らさないよう目頭に力を込めた。
「だったら! 俺の身の安全を保障しなくていい! 死んでも、あんたの所為にしない!」
覚悟は決めた。あの冷めた瞳に見つめられることへの覚悟は。
静かに聞いていた葵は、すっと立ち上がり、温度の無い目を落とす。内側を見透かすような眼差しに心が
「君さ、ちょっと楽観が過ぎるよ。死ぬって言っても、千差万別。楽に死ねるとは、限らない。いや、死んだ方がマシな目にも合う。それでも、ついてきたいの?」
神器を持ち、圧倒的な力量差で魔生に勝つような奴だ。俺が考え付かない道のりを歩んできたんだろう。父さんは、神器や加護を授かるのは、天に選ばれた者だけで、得た力に見合う運命が敷かれていると言っていた。きっと、ついて行くべきじゃない。父さんや、ばあちゃんは止めるだろう。でも、それでも、
「俺を!……俺を、守ってくれた人たちは」
ダレンは、上ずった言葉を零しながら、過去の風景を思い出していた。天井につくほどの高い本棚にずっしりと並べられた様々な言語で書かれた本。ろうそくの小さな火を頼りに、文字を書く父さん。山で取れたキノコや山菜で作る青臭いばあちゃんのスープ。たまに山から下りてくる黒い狼。鳥が
「もういなくなったんだ! この先は、俺を俺自身で守っていかないといけないんだ! だから、俺は、あんたと旅をして自分を守る術を学ぶことにした!」
そうだ。俺は、力を付けて、いつか……いつか必ず。
視界が滲んでちゃんと葵の顔を見られているかも分からない。伝う涙が冷え冷えと頬の熱を奪うのと、自分の心のうちでひどく冷え付いた何かが芽吹いたのを感じた。
ゴーンゴーン
足元から震えるような低い音が施錠された窓から聞こえてきた。
「何の音?」
葵は、窓に歩み寄ると窓を開け、身を乗り出す。
「鐘の音だ。それも、
ダレンは、袖で目元を拭うと杖をつきながら、窓枠に近づく。
「この辺りの街は、教会の御祈りの鐘か、警報の鐘以外鳴らすことを禁じられている。祈りの鐘は、もっと甲高い。だから、後者で間違いない」
下を覗くと道を歩く人々が近くの建物に慌てて入っていく。一分もしないうちに道は、人っ子一人いなくなった。
「へー、それじゃあ警報の鐘はどういったときに鳴らされるの?」
「分からない。鐘は、ただ市民に屋内に入るように指示するだけのものだ」
ダレンが答えると葵は、窓から
「おい! どうするつもりだ!」
「ダレン君、申し訳ないが、さっきの話は、また後にしようか。私はちょっとそこまで見てくるよ」
葵の視線の先、通りの遥か奥で建物が倒壊したのか、土ぼこりが上がっている。
「待て! 俺もついてく!」
無理を言うダレンに下から見上げ葵が答える。
「ダメに決まってんでしょー、君はお留守番。待ってる間、よく考えてなよ。この前よりもっとおっかない目に会う自分を。そうすれば、正気に戻れるよ」
🔹キャラクターメモ🔹
🔹ダレン
緋桜が助けた奴隷の少年。自分を守る術を学ぶため、同行を希望しているが、何か隠していることがありそうだ。
🔹
濃い紅の髪といぶし銀の瞳の少女。ダレンには、本名を名乗らず、偽名の
🔹開業医
壮年の眼鏡をかけた男性。ダレンの怪我を治療してくれている。雑談がてら、二人が居たラノクの町での不思議な出来事の話をした。
◇事象メモ◇
◇ラノクの異常気象
同じ場所にしか落ちない雷。一つの場所に全く降らない雨。
🔴語句メモ goo国語辞書より引用(小学館大辞泉)
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