第62話王太子の愛妾side


「……一緒に逃げよう」


「本気で言ってるの?」


「勿論だ」


「私は王太子の愛妾よ?」


「だが今は逃亡の身だ」


「国外に脱出して、そこから再起するのが王太子の狙いだわ」


「他国が王太子殿下の味方などするものか」


「そんなの分からないわ!正当な王と王位継承権を持つ王太子がいるのよ!?」


「陛下や殿下を引き合いに出すよりも、国を乗っ取った方が早い」


「正当性がないわ!」


「そんなもの後から付け加えれば問題ない。『自国民の保護のために暴徒と化した民衆を鎮圧する』とでも言えばいい」


「……他国が許さないわよ」


「他国も巻き込めば問題ない。我が国を侵略した後で分け前を分割すればいいだけだ」


「祖国が亡国になるのを見過ごすの?」


「君の復讐は果たされるだろう」



 その通りだった。

 名前を変え、年齢を偽り、経歴まで偽証した。

 全ては、祖国に対する復讐のため。王家と貴族に報復するために生きてきた。


「まだ……残ってるわ」


は無理だ。諦めろ」


「諦めろですって!?」


「そうだ」


 ここまできて復讐を諦めろというのか。

 彼らの殺された一族の仇を討つために生き永らえてきた私に……。


「アイリス。もう分かっている筈だ。スタンリー公爵家を滅ぼす事が出来ない事は」


「勝算は低い……でも、やってみなければ分からないでしょう」


「公爵家は君の存在を察知している」


「それはそうでしょう。私は王太子の愛妾だもの」


「その事じゃない。君がハミルトン侯爵家所縁だという事だ」


「……」


「スタンリー公爵家の密偵は王宮だけじゃない。他の貴族屋敷にも潜りこんでいた。もっとも、君がハミルトン侯爵家の直系だという事までは気付いていないだろう。だが、これ以上、王家と行動を供にすればいずれバレる」


「それはどうかしら……」



 私の正体がバレる?

 それこそ有り得ない。

 普通に考えて私が誰かなんて分かるはずがない。


 昔馴染みは誰一人私の正体に気付かなかった。


 お茶会で親しくしていた友人達。

 夜会で何でもダンスを踊った男性達。

 あんなにも熱烈にプロポーズしてきた求婚者達。


 王宮で会っても私に気付く者はいなかった。

 





 

「長かった……ここまで来るのに長い年月を要したわ」


 この国の全てに復讐を果たすためだけに生きた。

 なのに肝心のあの男に復讐出来ななんて……。


 


 シャロン・ハミルトン。

 ハミルトンの名前を持つ者は、もういない。


 

 あれから四十年。

 ハミルトン侯爵家が族滅に遭った日から全てが奪われた。


 名前も、未来も、命も――




 

 


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