第12話

〜ストワード地区 西〜


「はあっ......」

デヴォンが自分の足を摩る。

(思ったよりも体力を削られる旅だ)

ザックたちになんとかついて行こうと必死に足を上げて進むが、限界が近い。

(早くシャフマの景色を見たいのに。僕は情けないな......)

ため息をついて、空を見上げる。

曇り。寒い。雪が降りそうだ。

デヴォンはローブの裾を下げて、腹と腰を冷やさないようにした。

(それにしても、ザックは何故すぐに帰りたがるんだろうか)

ストワードに居られない理由でもあるのか。デヴォンは彼の引き起こした事件について何も知らなかった。

(顔が見られたらいけないからと、街には寄り付かないし)

(やっぱり『差別』だろうか。シャフマ地区で生まれた人のことを、ストワード地区の人たちは見下すから)

(ザックはそれを気にしている......?)

デヴォンは出生こそ特殊だが、ひと目でストワード人の親から生まれたとわかる見た目をしている。

(統一国家になって20年、か)

旧三国の溝は、まだまだ深いものだった。


夜になり、雪が降ってきた。

デヴォンとザックが手のひらから火を出す。集めてきた枝に移すと、丁度良い焚き火になるのだ。

「便利なものじゃのう」

リュウガが寝転がってニヤニヤ笑う。

「あんたも魔法が使えるだろう。少しは貢献してくれよ」

「嫌じゃもん。我は疲れたから何もせんもん」

大きなしっぽで地面を叩く。炎が揺れて、消えそうになる。

「リュウガさん、炎が消えちゃいますよ」

「我に敬語を使うおぬしは、とっても良い子じゃのう。デボン」

「デヴォンです」

「ふん、発音が難しいんじゃ。改名せい」

「無茶苦茶ですね」

ヴァレリアが弓で仕留めた小動物を持ってきた。

「たまにはパン以外も食べたいよねー」

「あんた、すごいね」

ザックが言うと、リュウガが「そうじゃろう!」と大きな胸を張った。

「我の弟子じゃからのう!がっはっは!!」

「山で一人でも暮らせるように、一通りのことは習ったしー」

ヴァレリアが肉を切りながら言う。

「そういえばあんたたちはどうやって出会ったんだ?」

ザックの問いに、ヴァレリアが答える。

「んー。普通だよ?なんか、うちが道に迷ってたら師匠に見つかって、そのまま保護された感じ」

「保護?」

「あー、ちょっとね。家に帰れなくてさ」

「......君も」

デヴォンが小さく息を吸った。

「君も、両親がいない......?」

デヴォンの緑の瞳がヴァレリアを真っ直ぐに見る。

「......いるよー。いるけどさ」

ヴァレリアは後ろを向いたまま。

「いたらいいってもんじゃないじゃん?」


(そうかな)


(僕は、いたらいいと思うけど)


「......」


黙り込んだ2人を気まずく思ったザックが周りをキョロキョロ見回した。

「......あっ!焚き火の炎が消えかけているぜ。リュウガサン、今度はあんたがつけてくれよ」

「我はやらんと言った」

「魔族は人間よりも魔力が強いって言っていたじゃないか。簡単にできるんじゃないのか?」

リュウガの眉がピクリと動く。

「なんも分かっとらんのう!魔族にとって魔力は生命線。無駄使いするものじゃあないのじゃ」

この話題にはデヴォンが興味を持った。

「えっ!魔族と魔力の関係ですか!?僕に教えてください!」

「おぬし、声がでかいのう......。まぁ教えてやっても良いぞ。バレリア!肉はまだか」

「焼けたよー。はい」

3人の前に肉が置かれる。

「アリガトウ、ヴァレリアちゃん」

「なんか気色悪くなーい?」

「じゃあヴァレリア......」

ヴァレリアは小さく頷いて、リュウガの隣に座った。


「魔族にとって魔力は生命線じゃ。魔族はたしかに人間よりも多くの魔力を体に溜め込めるが、なくなったらしぬのじゃ」

「多くの魔族は魔力切れでしぬ。種族にも寄るが、500年経てば体の魔力を溜め込む機能が衰え、やがて魔力が0になってしぬということじゃな」

水を入れたコップを3人に見せる。

「このコップには今、水がたっぷり入っておる。溢れそうなくらいにな。これを......」

ごくごく......半分飲む。

「こんな風に使うと、半分になるじゃろう。また補給しなくてはならないのじゃ」

「人間はこのコップが我らよりも小さい個体がほとんどじゃ。じゃから、我らよりも魔力を溜め込むことができん。が、人間は我らとは違い......コップの水を使い切っても命に危険はないのじゃ」

リュウガはそう言って、水を飲み干した。

「ふうっ。我が魔力を無駄使いしない理由がわかったか?」

ザックが頷く。すかさずデヴォンが右手を上げた。

「質問いいですか!?」

「なんじゃ」

「補給はどうするんですか?」

「魔力の補給か。それはおぬしらが血を作るのと同じじゃな。食事や睡眠、適度な運動じゃ」

「それだけでなんとかなるものなのか」

「......ここ10年でおぬしらが『輸血』という医療を生み出したように、直接補給する方法もあるぞ」

リュウガがザックの頬を掴む。

「ぐっ!?」

「接吻じゃ。魔力を多く蓄えた魔族、人間の唾液を啜る」

ザックの顔が真っ青になる。リュウガの胸板に手を当てて、必死に逃げようとするが、力では敵わない。

「ふはははは!今はやらんわい!!!」

手を離され、安堵するザック。

「おぬしは相当高い魔力を持っておるからのう。もし我の魔力が不足したら、おぬしの魔力を貰うことになるぞ」

「こ、今後も俺が焚き火を作るよ」

ザックは後ずさりながら言った。

対してデヴォンの好奇心は止まらない。

「何故、唾液を使うんですか!?唾液にしか魔力は含まれていないんですか!?」

「......別に、『魔力を保持しているもの』ならなんでもいいわい」

「何でも?じゃあ、血でも?汗でも?」

「体液に限った話ではない......」

リュウガが下唇を噛み締めた。そんな表情は見たことがない。ザックとデヴォンが顔を見合わせる。

「......」

らしくもなく、星空に目をやり......。俯いた。


「......たまに、極稀にだが」


「本人の自覚がなく、魔力が溢れてしまう人間がおる」


「さっきの例で言えば、コップから水が溢れて止まらなくなるといったところか」


「......そうしたら、どうなると思う?」


神妙な声での問いに、デヴォンは考える。しかし、答えは出なかった。見たことがないのだ。

「人間では耐えきれないほどの苦痛を味わうのじゃ。魔族でも魔力が溢れることは苦しい。が、人間は吐き出すことができんからのう......」

「どうするんですか、そうなったら」

デヴォンが聞く。

「......そうじゃのう。どうするのが正解なのか......」

リュウガにも分からないことがあるのだ。何百年も生きていても、分からないことが。

デヴォンは彼の表情の裏に、抱えきれない過去があることを悟って口を閉じた。

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