第11話
〜ストワード 大統領自宅隣の高級ホテル〜
「お客様、ワインのお味はいかがですか?」
脳を直接刺激するような低音の男の声に顔を上げ、女が声の主にうっとりと目を細める。
ホテルの入口近くのバーでストワード人の女2人が座ってワインを飲んでいる。
「いい味だわ。それにお店の雰囲気も素敵」
男が紫の瞳を女に向ける。
「気に入っていただけて良かったです」
女2人は顔を見合わせ、声を潜めて目の前の男の話をする。
「背が高くてドキドキしちゃう」
「あの紫の瞳も綺麗ね。何歳かしら……」
「20代後半じゃないかしら?30代でもおかしくないけれど」
(19なんだが……)
会話を耳に入れていない振りをしながらワイングラスを整える男は……つい最近ワインの味を覚えた19歳の若者……『カルロ』だ。
(この仕事をする上では大人に見られた方がいろいろと得だと父さんは言っていたが、毎日言われると苦しいものだな)
「そういえば、あの男のことを覚えてる?」
「どの男?」
「ほら、一週間前に私たちに傘をどうぞだなんて言ってきた男よ。キザったらしくて細い体の。なんだかこの人に顔つきが似ていない?」
「たしかにそうね。目元や髪の色がそっくりだわ」
(……まさか、アイツか?)
そんなわけが無い。アイツはシャフマから出たことはないのだ。自分は18ですぐにストワードへ飛び出してホテルでいろいろな仕事をしているが、彼は違うはずだ。
(家の酒場で手伝いをしているはずだ)
―カルロ、兄ちゃんが良いことを教えてやろう。
―良いこと?なんだ?
―良い女の見分け方さ。まずは……。
「チッ……」
パリンッ、とグラスが割れる音。女2人がギョッと顔を上げる。
「……すみません。お気になさらず」
頭を下げるが、目には殺意が宿ったままだ。
「……でも、あの男」
「そうそう。ふふっ、訛りが、ね」
「酷かったわよね。シャフマ訛り」
―バキッ!!!!!
机が真っ二つに折れる。
「「きゃっ!?」」
上に乗っていたワイングラスが落ち、真っ赤な中身がカルロの胸を濡らした。
「お客様、あまりそういった話は」
カルロの言葉は優しかったが、声色には明確な怒りが込められていた。2人の女は目を泳がせ、「そ、そうよね」「楽しいバーですもの」と口元に手を当てる。
(シャフマ『訛り』か。まだまだ酷いものだな。ストワード地区の人間の意識は)
自分も1年前、ストワードの高級ホテルで働くことになったとき……散々な扱いを受けた。
「シャフマ人だからストワードの言葉は喋れないだろう」「シャフマ人になんてストワードの料理を作らせるな」「シャフマ人は汚いから部屋に入るな」「シャフマ人は……」
「……」
彼は『兄』とはなるべく関わりたくないと思っている。だが、シャフマ人だから雑にあしらってもいいというのは違う。
(兄貴……今どこにいるんだ……)
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