第3章『西へ』
第10話
「な、なんだと!?テリーナが……!?」
「は……はい!落雷後ののご自宅で倒れておりまして……!」
「っ……!」
アントワーヌは、重い背広を脱ぎ捨てて現場に戻る。
一時間前、落雷直後に廃墟となった自宅は見た。そのときには中に誰もいなかったはずだ。だが、まだ犯人が近くにいてテリーナを襲ったのかもしれない。
そう思うと、居ても立ってもいられなかったのだ。
「テリーナ!」
現場には既に救急隊が駆けつけており、意識を失ったテリーナを車に乗せようとしているところだった。
「アントワーヌさん!」
「はあっ……はあっ……息は、あるのか!?」
「大丈夫です。意識を失っているだけです。すぐに病院で治療をしますから安心してください」
「病院には連れて行かない!レモーネに……」
言いかけて、ハッと口を閉じる。
20年前、大陸がシャフマを中心に二分し、戦争になったあの頃。
頼っていたのは……人名救助において確実だったのは、白魔法だった。
アントワーヌも何度かレモーネやアレストの騎士団から治療を受けたことがある。
(瀕死の状態でも、治療できるのが白魔法だ)
だが、今は。ストワード地区では魔法は全面禁止だ。理由は、弟だった。彼が暴走したきっかけは魔法と知ったから。
アントワーヌは、その場に立ち尽くしてしまった。レモーネの白魔法を使えば娘は確実に目を覚ますだろう。しかし、魔法を禁じたのは自分である。魔法抜きの医療を信じるべきだ。分かってはいる、が……。
「一旦、ボクが引き取るのだ。ボクの娘なのだからな……」
可能性の高い方に、賭けたい。それが親心だった。
アントワーヌはレモーネと共に、半壊した自宅の一番奥の部屋……レモーネの自室……に入る。鍵は閉められなかった。扉が半分なくなっていたからだ。
周囲に人がいないことを確認し、レモーネは小さな声で呪文を唱える。
(シャフマの言葉なのだ)
呪文は旧シャフマ語だ。しかも古代語なので、シャフマ語を勉強しているアントワーヌにも意味は分からない。
「……!?」
突然、レモーネの詠唱が止まる。
「衝撃が来ます!危ないです!旦那様!」
驚いて伏せる。その直後、レモーネの体が何かを打ち返した衝撃波を放った。
「なっ!?なにが起きたのだ!?」
「白魔法が反射しました。対魔法……強い黒魔法のバリアがテリーナの体に貼られています」
レモーネが警戒しながらテリーナに近づく。眠っているだけのように見えるが、何者かが彼女に乗り移っているのかもしれない。
「……まさか」
レモーネの目が金色のランプを映す。
「このランプの封印が解かれたのですか……!?」
だとしたら、目の前にいる娘はランプに封印されていた存在に乗り移られているはずだ。
「出てきなさい!オーダムの魔女が相手です!娘を離しなさい!」
レモーネが両手を前に突き出し、息をととのえる。
(一瞬で仕留めなくては……!)
ジリジリと近づく。アントワーヌも自然と息を潜めていた。
しかし
「……お母様?お父様?」
目を開いたのは、いつもの優しい顔をした娘だった。
翌日、ストワード地区の新聞の一面には、大統領の自宅に魔法で雷を落とした男の指名手配とアントワーヌ夫妻、そしてテリーナの無事を祝う写真が載った。
「で、体はなんともないわけー?」
「はい、ヴァレリアさん。なんだか意識がなくなったことは覚えているのだけれど」
テリーナとヴァレリアはいつもの喫茶店でお茶を飲んでいた。
「ボーデン?ってやつじゃない?なんか、雷落ちた後にも小さい衝撃があるって聞いたことあるようなないようなー?」
「お医者様にもそう言われたのだわ」
「じゃあいーじゃん。父さんたちも無事みたいだしー」
「そうなのだわ!良かったのだわ!」
テリーナがニコニコと笑う。それを見てヴァレリアも微笑んだ。
ヴァレリアがおもむろに席を立つ。
「じゃあ、うちは師匠のとこ行ってくるから。また一週間くらい野宿だわー」
「また!?すごいのだわ。私も行きたいのだわ!」
「あんたにはまだ早いよー」
「なっ!私の方が年上なのだわ!もう22なのだわー!」
「あはははっ!」
ヴァレリアが長いスカートを脱ぎ捨てる。その下には、野戦用の黒いスパッツを身につけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます