第13話
ザック、デヴォン、ヴァレリアが眠ったことを確認して、リュウガが一人テントを出る。
リュウガは、ザックに初めて出会ったとき、その体から異様なほどの魔力を感じていた。
(溢れるやもしれん)
見張らなければ、そう直観的に思ったのだ。
「もう、あのようなことは起こしたくないからのう」
250年前、リュウガは赤く長い髪を下ろし、尖った耳を隠して人間に紛れて暮らしていた。
彼は当時でも珍しい純粋な魔族だった。父親も母親も魔族だ。故に、膨大な魔力を体に溜めることが出来た。
故郷の魔族の村を離れて人間の村に住んだのは気まぐれだった。一種の遊びでもあった。老いが遅い体ではひとつの村に長く留まることはできなかったが、それも長い旅のようで楽しかった。
しかし、その気まぐれな旅は50年で幕を閉じることになる。
〜250年前 フートテチの田舎の村〜
リュウガはいつもの旅でするように、この村でも田んぼの様子を見たり空き地で遊ぶ子どもたちを眺めたりして過ごしていた。
着物で出歩く大男に声をかけるものはなかなかいない。しかし、皆はリュウガを雑に扱うことはなかった。彼が村で暮らすようになってから、疫病や水害の被害がなくなったのだ。
「リュウガ様は神様なのかもしれん」
そんな噂まで流れた。
「ありがたいことだ」
(......感謝をされるのは悪くないのう)
リュウガは魔族だ。人間と違うことができる。
彼はこの力を誇りに思っていたし、実際に村のために使っていた。
ある日、橋を渡っていると
「た、助けてください......!」
か細い女の声がした。リュウガは反射的に上から川を覗き込む。前日の雨で水位が上がり、流れが速くなっている。そこに女性が落ちたのだ。
「くっ......!」
この人間の体で救えるか分からない。そう判断したリュウガは、龍の姿に変化する。女は流されかけて意識が朦朧としていたが、なんとか救い出すことができた。
人間の姿になり、声をかける。
「医者に連れて行く。抱き上げるが、痛いところがあったらすぐに言え」
女は目を閉じたまま頷いた。
2日後、その女がリュウガに礼を言いに来た。
「ありがとうございます。助けてくださったのはあなたですね。何かお礼をさせてください」
「お礼と言われてものう......。特に思いつかんわ」
「では、お料理を作りますね」
「お料理?」
「お風呂も私が沸かします」
「お風呂......」
「お洗濯も致しましょう」
「お洗濯......」
リュウガは見た目こそ20代後半の人間だが、既に50年生きている。様々な村で、様々な人間の関係を見ている。
(それは婚姻した女のすることじゃろう......)
女の真摯な視線に射抜かれては、そんなことは言えなかったが。
女の名前はオヒナ。16歳の娘だと言う。
「世話をしてくれるのは助かるが、オヒナにも家族がおるじゃろう」
数日経っても帰らないオヒナにそう言うと、彼女はふるふると首を横に振った。
「私には家族はおりません。疫病で1年前に亡くなりました」
リュウガが村に住む前は、村は疫病で毎日何人もの死者を出していたのだ。
「誰もいない家は寂しくて......それでリュウガ様のところに入り浸ってしまったのです。黙っていて、ごめんなさい」
泣きそうな声で言う。リュウガは胸が痛くなった。
「いや......そういう理由なら、ここにおってもいい。我も助かっておるのじゃ」
オヒナは何度も謝り、何度も感謝の言葉を述べて頭を下げた。
一緒に暮らすうちに、リュウガはオヒナに対して特別な感情を抱くようになった。
彼女は健気だった。細腕で畑仕事を頑張り、毎日リュウガの役に立とうとした。
(婚姻、か)
オヒナが17歳になった日、リュウガはオヒナに思いを告げた。後先なんて、種族の壁なんて、考えられなかった。彼はオヒナを手放すことの方が怖かったのだ。
「わ、私も......あなたのことが......」
リュウガにとって、愛した存在が人間だということはどうだって良かった。彼は人間も魔族も同じ生物だと思っていた。分かり合える、と。どちらが劣っているなどと考えることが不毛だと。
そう、思っていたのだ。
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